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平成に残してきたもの『日記:2024.10.8』

やらなければいけないことをただの「予定」として扱うことを決めた昨日。思い立ったらすぐ行動を心に決めて眠りについた。
そして迎えた今日は、朝でも少し暖かく、布団から出ることが嫌ではなかった。だがなんだかよく分からない夢を見ていてその最中に起きたので、久し振りに夢占いアプリを開こうとスマホを開いた。すると昨日申請していた書類の結果が不承認で、昨日終わっていたはずだった「予定」が今日に持ち越されていた。私はそれを見て今日の夢をどこかに吹っ飛ばしてしまった。

2本の電話と書類の記入。これはやらなければいけないことや面倒なことや辛いことやつまらないことではなく、ただの予定である。そのしきたりをフレンチトーストを焼く前に卵液に浸すパンのように体に充分に染み込ませて、淡々と予定をこなす。
以外と上手くいった。感情が無ければ人は無駄な体力を使わないのだと、良くない結論に至ってしまった。

それから母の内職を手伝った。母はプロの内職ラーなのでいつも囚人のように内職をしている。「ママ刑務所と同じ働き方だわ」と何度聞いたことか。母は来世は内職をこなした分以上に幸せになって欲しいと思う。

今季のドラマを観ながら内職を行なった。母がダイニングテーブルで私はちゃぶ台。テレビの操作をするのはテレビに近い私はである。母は目を凝らす内職をするので、母が観ている字幕タイプの韓国ドラマは観れない。私が好いてやまない日本のドラマを再生するのだった。

録画していたドラマがどれも面白過ぎて、私と母の手が何度も止まった。面白く、また1台詞逃すと追い付けないほど緻密な内容であることから何度も何度もテレビに目を向けた。母は自分が観たかったドラマではなくても手を止めた。来週分の録画続行を検討する回だったが、無事全作品が2話録画への出場権を獲得した。

私達は令和のドラマを観漁った後、母が昼に録画している平成のドラマを観ることにした。

平成だ。平成過ぎる。
懐かしさと、今では大御所俳優の少年少女感と、呆れるほどドキドキする恋愛模様。私達平成生まれはこの世界に生きていて、この世界に憧れを持って大人になってきたのだと思い出させる作品だった。

今この作品が世に「現代のラブストーリー」として提出してされるのは難しいのかもしれない。今になってみれば歯痒いわざとらしさや登場人物のあり得ない行動や言動が目立って「現実味」というのが抜けているからだ。
さらに、コンプラだハラスメントだどうのこうのと、何かしら指摘する要素がある。1話だけでもここは今の時代ならダメなんだろうと思うところがたくさんあった。

でもそれで良いのに。ドラマなんだから、作品なんだから、全部嘘なんだから。私はいつも思っている。

映像作品において、私達が平成に置いて来てしまったのは、わざとらしさと刺激と胸が高鳴るようなファンタジーだ。こんなことあるわけないだろ、が、人々をどれだけ救って心を昂らせ次の日の職場や学校でのトピックになったことか。嘘の世界はそれがあるから面白い。その全てが否定されるこの現代に、平成の楽しさは残っていない。苦悩、差別、憤慨、たくさんの現実から成り立つのが令和のドラマだ。私はなんだか、言葉に出来ない、納得のいかなさをずっと持っている。

平成ドラマを見返して、改めて面白いドラマとは何かを考えさせられた1日だった。

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