【続いてる写経 2321日め】『夏帆』は”ハルキ”というより”ばなな”なテイストだけど…
眼精疲労と思しき頭痛は、最近小説の類を読み続けているためかもしれません。
というわけで、新刊が出るたび何となく買ってしまう村上春樹氏の最新作、『夏帆』を読了いたしました。
ちなみに、西荻窪の今野書店さんで購入したら、特典の「ありくいとジャガー」ステッカーをいただけましたよ。なかなか素敵です。
ちなみに、読んでいない人は、読む前に他人の感想を読まない方が絶対いいでしょう。一気に楽しみが減ると思います。
というわけで以下、感想はネタバレを含みます。
オビにある通り、小説の概要はこんな感じ。
私はこの世界の出口を見つけなくてはならないー。
「正直いって、君みたいな醜い相手は初めてだよ」
26歳の絵本作家、夏帆は初対面の男にいきなりこう告げられた。
とびきり美しくも賢くもなく、ただ少しばかり好奇心の強い彼女は、怒りよりもショックよりも、ただ純粋に驚いた。
ーこの男はいったい何を告げようとしているのだろう?
しかしそれから彼女の周りでは、実にさまざまな奇妙な出来事が起こりはじめる。
女性を主人公にした初の長編小説。
つまり、相手の美醜をつく大変失礼な、男性の衝撃的な発言から始まります。
てっきりこの男性とのなんやかんやの話か、美醜に悩む女性を描くのかと思ったら、違いました。
完全に裏切られました。
全体的に「26歳の絵本作家」という設定が効いていると思います。
ファンタジックなのはいつもの村上ワールドではありますが、どちらかというとメルヘンチックな感じが漂うのです。
それこそ「赤ずきんちゃん」や「ヘンゼルとグレーテル」のような、純粋なる存在が突然安全を脅かされるような感じ。
さらに驚いたのは、ハルキ先生お得意のエロティックな場面や、恋愛対象としてのセクシーな女性が登場しないのです。
正直、この部分はセールスに影響するのではないでしょうかね。余計お世話ですが。
ただし、アイコンとしてのセクシーな美女は登場します。それが夏帆の”母親”。そして、まさにこの”母”と”娘”の関係性がメインテーマだったことは、物語が進むと判明していきます。
「母と娘」の関係は、”よしもとばなな”さんが(どちらかというと健全な形で)描いてきた主題と思います。なのでおとぎ話のような『夏帆』の世界観は”ばなな”ワールドに近いものを感じました。
でも振り返ってみると、主題が「母と娘」だったとしたら、ツッコミ足りないというか、少なくとも女性の主人公として、自分は”夏帆”に思い入れを強くすることができなかったのです。
そもそも”夏帆”の設定が、
・とびきり美しくも賢くもなく
・少しばかり好奇心が強い
だけれども、
・絵本作家としてそこそこ成功している
・日常にさほど不満をもって過ごしていたわけではない
そこへブラインド・デートで出会った相手にひどい言葉を投げつけられて、その後から”ありくい”が出てきたり、ブラジルのジャングルと繋がってしまい引っ越しを余儀なくされ、世界が変わってしまう。
ところが、そんな突飛な経験がまた彼女の創作意欲に繋がったりして、結果オーライ感があるのです。もちろん”夏帆”自身は必死になって、困っていたりするのだけど、なんとなくふわっとしすぎている。
母親に対しても、さほど葛藤があったように思えない。どちらかというと父親を案じてのこと。
結果、”夏帆”の思いには、肩入れできないで終わってしまったのです。
中央線人として、舞台の”武蔵境”に親近感はあったけれども。
「”毒親”っぽい母と娘」の関係性をテーマにした、インパクト強いお話は世の中にたくさんあるので、ストレートに描かなかったところに妙味があるのかもしれません。
たとえ日々満ち足りているようであっても、
誰しも、過去のトラウマと戦わねばならない時が来る。
用心せよ。
そんなメッセージが込められているのかもしれません。
もう少し、いつもの記号的なイメージの重層感が欲しかったなぁ。
とろりと夢みがちな大人の雰囲気では、今回はなかった。
