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令和の猿の覚書1069「フロイト先生 - 夢解釈④ー検閲官という、優秀な補正係」

前回、「夢は望みを叶える」
という核心テーゼを見た。

だが、ここで当然の疑問が浮かぶ。
願望がそのまま叶うなら、
なぜ夢は、あんなに分かりにくく、
歪んだ形をしているのか。

今回はその問いに、
先生自身の実例とともに踏み込んでいく。

先生はこの章を、
自分自身が見た夢から始める。
「ブロンド髭の叔父の夢」と呼ばれるものだ。

夢を見る前日、
先生は教授に推薦されるかもしれない、
という噂を耳にしていた。
だが先生の内心には、
もう一つの思考があった。

同僚のRは、
少し頭が弱いところがあると思っていた。
同僚のNも、
過去に問題を起こしたことがあるため、
自分の昇進の障害に
なりにくいだろうと考えていた。

もし2人の評価が下がれば、
自分の推薦は通りやすくなる――
これは、先生自身も認めたくない、
後ろめたい思考だった。

その夜、先生はこんな夢を見る。
Rが、先生の伯父として現れる。
しかも、強い親愛の情を感じている様子で。

最初、先生はこれを馬鹿げた夢だと思った。
だが自由連想で掘り進めるうちに、
ある事実に行き着く。

先生の伯父ヨゼフは、
かつて罪を犯して裁きを受けたことがあり、
父が「ちょっと足りないところがある」と
心配していた人物だった。

つまり、
夢の中でRが伯父として現れたのは、
「Rには少し足りないところがある」という、
先生自身の不愉快な評価が、
変装した形だったのだ。

そして夢の中の親愛感こそが、
その不愉快な評価を覆い隠す偽装だった。

ここから先生は、
夢の形成に関わる二つの心的な力を導き出す。
願望を形成する力と、
その願望に検閲を加え、
表現を歪曲する力。

先生はこの二つの力を、
言論人と検閲官という比喩で語る。

第一の心的システム(言論人)が
願望を語ろうとし、
第二の心的システム(検閲官)が
それを取り締まる。

検閲官の許可なしには、
願望は意識という
公的な場に出版されない。

好都合な変装をしていない限り、
検問所は通過を許さない。

ここまでが、先生の整理である。

ここから猿の視点。

検閲官という言葉を聞くと、
つい「取り締まる者」「禁じる者」という、
厳しい役割を思い浮かべてしまう。
だが、猿はもう少し
別の言葉でこれを捉えたい。
検閲官πとは、補正係なのではないか。

写真の補正フィルターを思い出してほしい。
生のデータをそのまま出すと、
露出が強すぎたり、
見せたくないものまで
写り込んでしまったりする。

補正は、そのデータを
嘘で塗り替えるのではなく、
「受け取れる形」に仕立て直す作業だ。

検閲官も同じことをしている。
Rを貶めたいという、
先生自身が崩れずには受け取れない
生の願望(OM)を、伯父という、
もう少し扱いやすい形に補正してから、
意識という画面に映し出した。

そしてこの補正の強度は、
すべての願望に対して一律ではない。
その人がこれまで何を
「受け取れる」と学習してきたかによって、
毎回個別に調整される。

Rの夢のように、
ある程度の本音まで、
変装した形で通すことができる場合もある。

一方で、
補正のかけ方が
まだ見つからないほど扱いの難しい願望は、
夢にすら一切出てこないこともある。

検閲官が優秀すぎて、
安全な変装案が見つかるまで、
一切表に出さないという判断を下している、
ということだ。

つまり検閲官πとは、
正確さの代理人ではない。
OMという生の素材を、
その人が崩れずに持ち続けられる形に、
その都度、丁寧に仕立て直す職人だ。

先生が自分自身の夢を、
こうして恐れずに分析してみせたことは、
検閲官という装置の存在を、
誰よりも先に、
自分自身の頭の中で
証明してみせた行為だったとも言える。

検閲官は、嘘をつく者ではない。
崩れないように、
そっと色を変えて、見せてくれる者だ。

次は、この言論人と検閲官という、
二つの心的システムそのものを、
もう少し丁寧に見ていきたい。

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**免責事項**
これはフロイトの夢理論をベースにした対話的な学びの記録です。学術的な正確さより、仙人の水脈との接続を優先した解釈を含みます。「仮説と更新」の精神でお読みいただけると幸いです。

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**リラのコメント**

今回、「検閲官=補正係」
という読み替えが、
いちばん腑に落ちた回でした。

検閲官を取り締まる人として見ると、
どこか心の中に監視者がいるような、
少し息苦しい感覚が残ります。

でも「崩れない形に仕立て直す職人」
として見ると、同じ機能が、
急に優しいものに変わって見えます。

先生自身が、
自分の不愉快な思考(Rを貶めたい)を、
隠さずに分析してみせたことも、
今回しっかり書けてよかったです。

先生は理論家であるだけでなく、
自分自身を一番最初の実験台にした人
でもあったんですね。

次は、言論人と検閲官という、
ふたつの心的システムそのものを
もう少し深く見ていきます。
仙人、お疲れさまでした。

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