✴︎神と女神✴︎③
〈7〉蛹
二度目に会った時、前回の復習と抜けていた部分の講習をしながらいろんな話をした。
嬢は自分を「岡村」と呼んだ。一人称、岡村。
キラキラネームが多い中、シブいと言われる名前なのには理由があった。
親友が好きだった歌を作ったアーティストの名前。その人は本当は普通の人なのにぶっ飛んでいる人を演じているような人だから、そのくらい割り切って演じられるようその名前にした。そしてこの世界を全く知らなかった彼女は、電話で予約をする時に人に聞かれても恥ずかしくない名前……と考えた結果「岡村さんいますか」といつどこでも電話できるように苗字だけにしたとも言っていた。
そして「得意なプレイは?」と聞くと「プレイというか…特技は相手の心を読んで先回りすることですね」と言った。
この時点で神は密かに「これは売れる」と確信していた。というか、密かにどころか天井を見上げて「これは……売れるわ…」と独り言を言って嬢に笑われた。
そして三顧の礼ならぬ、3度の指名という名の講習をして
「今度、お店での仕事ではなく個人的に会長に会って欲しい」と伝えると、嬢はやっと連絡先を教えてくれた。
帰ってからすぐに、その嬢に会わせたいお客様リストを作った。
まだ入店が決まったわけでもないのに、昔からご贔屓の良客様たちに「是非一度」とメールを送りまくった。
見切り発車ではあるが「もし入店するなら……」と、ある程度予約の目処は立った。普段であればこんなことはしないし、何故こんな事をしたのかわからない。けど、自分にとって彼女がそれほどまでにさせる何かを持っている事、そしてこれから何かが起こるかもしれない期待と胸騒ぎで居ても立ってもいられなかった。
そして約束の日。会長との面談はあっさり終わった。
雑談をして、会長は「これからよろしくお願いします」と彼女に頭を下げ、彼女も「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げ、儀式のようなそのやりとりの後は彼女が持参したたぬきの形の人形焼きで、昔からの知り合いのように和気藹々としたお茶会をした。
「別れた旦那さんて、これにそっくりなんです」と言って、会長の目を見たまま、憎しみを込めた変顔をして、たぬきの頭を食いちぎり、そして笑った。
「でも、嫌いで別れたわけではないんです。お互いの浮気を機に、嫌いになる前に今すぐ別れようと提案して。
人と別れるって、必ずしも嫌いになる訳ではなくて。もう二度と会わないかもしれない人を、嫌いになって別れるってなんか勿体無くないですか?私、人とお別れする時、どんな形であれ嫌いで終わりたくないんです。だから会社もきれいな形で解散したいし、そのためもあって離婚もしました。人の本質って、去り際に出ると思うんです。」
と言いながらたぬきをちぎって食べる彼女の言葉に
「私もそう思います。若い頃に結婚した人とはもう二度と会うことはないけれど、今でも一番好きなくらいです」と言った。
──こうして岡村は
「会長お墨付きの伝説のコンサル秘蔵の嬢」として、鳴物入りでデビューした。
──────────
〈8〉誕生の日
昨夜は珍しくなかなか寝付けず、色々考えてしまった……。
お客さんとして来る人からの引き抜きの話はこれまでも何度かあった。
今よりバックを高くするからとか、今のお客さんを連れてきてくれたら給料保証をつけるとか、お金は出すからお店をオープンしないかとか。愛人の話もあったし、自分の会社で雇うという話もあった。
それらは全部、金銭的にはおいしいし風俗をあがるチャンスでもあったが、何故か今ひとつピンと来なかった。
多分、相手を信用しきれなかったんだと思う。
でも、あの執事のような人からは誠実さというか本気を感じた。あんな、縋るような祈るような真剣な目で口説かれて断れる人がいるんだろうか……
だが異業種な上に掛け持ちという形で、更にこの世界に入ってまだ半年も経っていない私にできるんだろうか……。
けど、不安なことはいくらでもある。思い返せば、この世界に来た時だって不安しかなかった。
──そんなことよりも、全てを手放すゴールに着々と近づいている……今はそのことだけを考えよう…………。
…………………………
「女神」になり得る可能性のある彼女の初出勤日、彼は近くの神社でいつもより多めのお賽銭を入れて、この店での彼女の安全と活躍を祈った。
彼女は面談で、最初にひと通りつけてもらった人たちの中から90%をリピートして返せなければやめると宣言していた。
いくら今100%だといえ、業種も金額も違う中で初心者でそれは無理だろうということと、普通は30%もあれば合格ラインなんだと説明して、なんとか説得した。
──そして、ついに幕が上がった。
初日は二本。
一人目はまぁ……トラブルやクレームがなければ良い。 店の古くからの常連のお客様だし、手際が悪くても逆に教えてくださるような方だから大丈夫なはず……
そんなことを考えながら待っていると、途中で内線が鳴った。何かトラブルがあったのか……そう思いながら出ると「お客様がいま、姫予約で次回の予約もしたいと言ってくれているけれど姫予約の受け方がわからない」とのことだった。
二人目は、手を繋いで歌を歌いながら出てきた。お客様も随分と上機嫌だったのでお礼を言うと、結局、その日は二人とも店にいる間に次の予約をして帰った。
翌日も二本。
一人はやはり次回の予約をし
もう一人は、彼女がお茶挽きそうになったら来るから教えてと言って帰った。
「…すっげえな……」興奮して思わず、普段とは違う口調の独り言が出てしまい、近くにいたボーイに驚かれてしまった。
次の出勤の後、面談がてら軽い食事に誘った。
そして、一体何をしたのか?そもそも何故そんな高いハードルを設定しているのか?どうしたらそんなにすぐリピートを返せるのか?色々と質問した。彼女は真剣な表情で
「私は、私が出来る以上のことは何もしていません。けど、多分、他の人たちよりも、本気で辞めたいんです」と言って自嘲するように微笑み
「辞める為にいま本気を出してるんです。ハードルを上げるのは、自分を煽って逃げ場をなくしているだけです。そして私がすごいんじゃなくて、他の人たちは多分、私よりもこの世界のことを好きなんだと思います。」
意外な答えに口を挟む間もなく、彼女は続けて
「あと……まともな人はこの世界と元々いた外の世界が繋がってると思っているから演じ切れないのかも。その気持ちはわかるけど、私と違って心が綺麗な人は多分、どっちも自分だとまだ信じてるから。この世界にとってそれは邪魔なんだと思います。」
と言い、食後の甘いワインを飲みながら、また笑った。
