どす黒くて儚い、短い夢・第六話〈転生〉
バカは死ななきゃ治らない?
バカは死んでも治らない?
……どっちでもいいけど、とにかく治らないらしい。
彼のおかげでバカな自分から人間に転生させて貰ったと思っていたのに、やっぱり治らなかった。
転生した私は人間的にだけでなく、頭もバカになっていたのかもしれない。
いざとなればちょっとやれば受かると思っていた資格試験にも落ちた。
このことはついに彼には言わずじまいで、彼はきっと「何もせず自分に依存していた哀れな口うるさい女」だと思っているだろう。
彼のおかげで人間になれたのに、そういう事を内緒にするところはまだ過去の自分を引きずっている。
全員敵ではないと教えられて納得してもまだ、どこから敵が来るかわからないと警戒して、大事なことは言わない。
……いや
本当は、本当の本心が言えない。
最近そういう特性に名前がある事を知ったんだけども、本心を口に出すと涙が出る病気?障害?があるらしい。
身も心も健康が売りの私は認めたくないので自分の特性だと思うことにしているが、診断したら恐らくそれなんだろう。
……とにかく、本心を口にすると涙が出て来るので言わなかった。
涙ぐんで「好き」……なんて言うのは漫画の中だけの話と思いきや、私は彼に好きだと言うたびに胸の奥と鼻の奥がツーンとなっていた。
号泣しながらセックスしたこともある。
彼はびっくりしたんじゃないかと思うけど、まず私がびっくりした。
なぜだかその時は号泣してしまった。
後から調べたらそれは「心がイク」という現象らしく、納得しつつ安心した。
そのくらい、私は彼にのめり込んでいた。
「心がイク」という体験をする前から、セックスは全てが彼に操られているようだった。
これまでの私なら信じられないけど、心の底から信頼して愛してる人の体で、彼のペースでオナホのように使われて何度かイかされたあとは体重をかけられただけでもビクビクしてしまう。
なのにピクリとも動けないから、もう自分の体じゃない。
彼のものになったという感覚で操り放題。
叩かれたり噛まれると嫌だし痛い……のにイク。
痛いし嫌なのに、そのうちにどこが痛いのかもわからなくなり、麻痺してくる。
イキすぎて意識が遠のくのに、それにも気が付かず、失神しかけてるのを起こされてまたイク。
気がつくと、正常位のままイキ続けて「ごめんなさいごめんなさい」と泣いて縋りながら呂律が回らないほどぶっ飛んでいた。
夢遊病に近い意識の中、特に不感症だと思っていたほど他の人でいくことのなかった私にしてみれば、セックス中の彼は世界でただ1人、私を操れる神くらいには信じきっていた。
薬などは2人とも興味もないし、そもそも私はMではないと思っていた。
見た目がSなのでむしろ昔から様付けで呼ばれることが多かったし、お客さんもMおじさんばかりで、塩対応でたまに笑うところがまた良いと言うコアなファンが増えるようなタイプだった。
ところがそんなドMと化した私に彼は追い打ちをかけるように笑って言う。
「こんな風になってる姿、おじさんたちが見たらどう思うかな」
その言葉を聞いて恥ずかしさと動揺で鳥肌のようになり、敏感になった皮膚の感触でまたイク。
それを見て彼は「今までいかせられなかったおじさんたちはこんな風になってる姿を見たらどう思うかな」と笑う。するとまた失神しかけた頭が少し正気に戻ってイってしまう。
「死んじゃうから止めて」と言うと「死ね」といわれ「はい」と言いながらまたイク。
──2人だけのこの世界で、神の言葉は絶対だ。
頭がおかしくなりすぎて、本当にこのまま殺して欲しいとも思った。彼のセックスは体だけじゃなくて本能まで操られていて
──今までずっと期待されて、全て自己責任で選択を繰り返してきた私にとっては、理性を奪われて誰かに操られることでこの世にある責任と重圧と期待や全ての嫌なことから解放されているような安心感とともに……心のどこかにはまだ、やっと穏便に死ねるという解放感や達成感があった。
今思えばそれは全ての失敗や責任を彼になすりつけて逃げるような……
社会人として成功できなかった自分への罰の後の解放を待つような感覚だったんだと思う。
だが当時はそんな事を繰り返していたから、彼と会うというだけで濡れる体になってしまった。
彼曰く、初期からそうだったとのことなので最初から無意識に刷り込まれていたのかもしれない。
そしてその洗脳に近いセックスで私は本当に洗脳されてしまっていた。
だからこそ、余計に他の男性とするなんてことは考えただけで鳥肌が立つ程嫌になっていた。
こうして洗脳状態の偏った狭い世界しか知らない人間とは愚かなもので「自分がこうなんだから相手もそうだろう」と思い込んでしまう。
私が他の男性に嫌悪しているんだから彼もきっと他の女性が嫌なはず。
私がこんなに彼に心酔しているんだからきっと彼もそうに違いない。私の心と体は彼のものなんだから、彼の心と体も私のものに違いない……と。
いままでお世辞のような綺麗事しか言われたことがなかった私は、外の綺麗な声は一切信じないのに……彼の声は全て信じた。
しかも彼は普段はとても優しくて、忙しい中でも普通の男性ができないような事をしてくれる。
……それはきっと、私が彼を心から愛する信者であるように、彼もまた私の事を愛しているからだ……
なんて、本気で思った。
当時の私は、もしも彼と2人でどちらかが生きるか死ぬか選ばなくてはならない場面があったとしたら率先して「私でお願いします!」と言っていたと思う。
……いや、もしかしたら今でもそれは変わらないかもしれない。
某宗教団体の死刑になった教祖をいまだに尊師と呼んで敬愛する人の気持ちはちょっとわかる。
心から愛して信じた人がどうなろうとも、どんな仕打ちを受けようと、やはり愛した過去に変わりはないのだから、相手を否定するということは自分を否定したことになり、そうなったら身も心も置き場がない。それならばいっそ元気よく「私が死にます!」と言うだろう。
その思考は正解ではないが間違ってはいないと思う。
.....が、私はそのうちに
「私が会いたいんだから彼も会いたいはず」になり
「私に時間があるんだから彼も時間を作れるはず」になり
「時間があるはずなのに会わないのは他に女がいるからだ」に変わった。
疑い始めたらあれも怪しいこれも怪しいと次々と出て来る。被害妄想ってやつ。
普通の人ならばここでSNSなどを漁るんだと思うけど、彼は私を「SNSをやらないところも好きだ」と言っていた。
余計に怪しい。
そこに答えがあるから隠せてラッキーだと思っているのかもしれない.....
けど、私にそれはできなかった。
私が探ればきっとすぐに知りたくないことを知ってしまう。ならば知らなければいい。
なによりも答えを探るよりも彼の言葉を信じたかったから、ネットで検索したりSNSを見るようなことはしたくなかった。
恋は盲目というけれど、物理的に縛ることもできれば、感情から来る衝動を縛って心の目をつぶらせることもできる。
けれどもそこに潔白があるならば、見ておいた方があんなに拗らせることはなかったのかもしれない……と今でも思うが真相は闇の中。それでいい。
何故なら彼は、私のそんなところが好きだと言った。
だから私は、永遠にそれを信じてる方が、きっと幸せだ。
とはいえ、モヤモヤは消えず──
予定を聞くたびに「旅行に行ってるのかもしれない」「他の女性とデートかも」「そういえば最近私とはレストランに行ってない」などと思い始め、
ことあるごとに「他の人と旅行じゃないなら我慢する」とか「パパ活みたいなことしてないならいいよ」と言うようになった。
その度に、彼は何も言わない。
何も言わないということは図星なんだと解釈し、そのもやもやした黒いものは私の心に着々と積もっていった。
けど、それでも変わらず探ることはしなかった。
当時はTwitterが主流で、私も昔、仕事の宣伝で使っていたアカウントはあるはずだけど……。
パスワードも何もかも忘れたし、今更ログインする気もなく、何よりも、それをしたら終わりだと思った。
その反面、彼が答えてくれない限り答えがないのだから、モヤモヤする気持ちから来る、私の中に積もり積もった黒いものを巻き込んで無音で渦巻く真っ黒な靄は日に日に大きくなっていった。
──それでも私は、この幸せな世界を壊したくない一心で、怪しんでは信じるを繰り返した。
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