✴︎身長250㎝の頃✴︎チ部
何度か書いているんだが、うちの父ラオウは自然体の時は身長10mなんだけども、人間体の時(※)は181㎝で昭和20年代生まれにしては珍しかった。
※大豪院の者は外の生活に合わせてマリオのようにきのこや亀を使って伸び縮みします
なので、小さい頃から会う人会う人「お父さん大きいねー」と言われて育った。
お祭りや動物園などにいくと肩車をされているので、同じ高さには誰もいない。
上野動物園も、大きなお祭りも、花火も、常に特等席で誰よりも見晴らしの良い位置から見ていた。
そのおかげで、他の人は当然無理だと思うような、月や空でも自分なら手が届くと思っている節がある。
他の人の不可能は自分にとっては「頑張ればいけるかも」な世界。
自信過剰だと思われたらそれはそれで別にいいんだけども、よく考えて欲しい。
先程も、ラオウの肩車でと書いた通り、私は「自分1人の力で」とは言ってない。
そしてここで、男塾のあの梯子を思い出して欲しい。

男塾の頭脳・田沢と、不運の男・松尾の魅せどころの手前のこのシーン。
八連制覇の途中、橋ががあると思ったらなかった。
そこで、一号生みんなで人間梯子となる伝説の「人橋」……
うちのお兄たんの大豪院邪鬼(成長期当時身長8m)も実家で
「あれはボクでも1人だったら無理寄りの無理で泣いちゃうかも。ぴえん通り越してぱおんだお」と母に言っていた通り、無理だと思う。
そう……
私はいくら身長が4メートルあろうとも
3社の社長やってた過去があろうとも
レジェンドだった過去があろうとも
12歳年下に養ってもらってた過去があろうとも
実は婚約破棄もしてるから実質バツ2だろうとも……一応、人間である。
人間は1人では何もできないのはアダムとイブが証明してる。
人間を人間たらしめるものとは……
それは、AIがいくら発達しようとも敵わないであろう「感情」と「行動」である。
その感情は喜怒哀楽に加えて愛情や憎悪、嫉妬、突き詰めれば【恥】となる。
恥を知ればそれは経験となり、改善できるものはして、忘れられるようなものは過去となる。
だが、昇華しきれないその恥は何になるか……
それは【黒歴史】となり
黒歴史を持つもの同士の時の輪が交わり、急激なインフレーションが起きてビッグバンのようなものができた時、それはやがて悲劇や喜劇という【創作】という宇宙となるのではないかと思う。
それを見せびらかすという【行動】こそ、人間が最も芸術に近づく瞬間であると私は信じる。
その最も尊い瞬間に服なんてものは邪魔でしかない。
全裸で……
──と、言いたいところですが。
チ部発足時に山本🐍内さんにもらったゆりゆりこTシャツを着て、あの祭りに
リーダーなのか監督なのかわからないけどなんか美味しいポジションで参加します。
【日程】
2026.5.4(日・祝)12:00〜17:00
【会場】
東京ビッグサイト・文学フリマ東京42

──ついに、カウントダウンが始まった。
私一人じゃ見られない、身長250cmの世界を見せてくれるメンバーは……
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