✴︎銀河鉄道を書いた夜✴︎
コングラボードとか出てくるあのnoteからのお知らせに
【今日でnoteをはじめて2年が経ちました】的なのが出てきた。
2年とは言っても、最初の一年半は4本程度しか書いていないんだけども嬉しい。なので、note童貞卒業の記事
【銀河鉄道な夜】を、削って足して今の感じに書き直してみた。既に読んだよって方も多いかと思いますが…優しい人はお暇な時にでもぜひ✨
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国鉄で運転士をしていた祖父の影響か、小さい頃から電車が好きな女の子だった。
うつるんですが出る遥か前に祖母から忘年会の景品かなにかの平べったくて四角いカメラを貰い、ウッキウキで当時まだ走っていた寝台列車やオレンジの中央線、営団地下鉄の写真を撮りに行った。
そのカメラで初めて撮った写真も電車で
当時はフィルムの使い方も現像の出し方も車両の種類も知らないチビ撮り鉄だったが、付き添い人が鉄オタもびっくりの運転士だというのに
当時はただ、ワクワクするその姿と空気をカメラの中に閉じ込めて、自分だけのものにしたかった。
それから何年か経ち
今度は新幹線に乗りたい欲を抑えきれず、学校の帰りに見かけた車内販売の人の後をつけ、入って行ったドアの前で何分か悩んだ後、思い切ってノックした。
いきなりアポ無しで「私もやりたいです」と履歴書も持たずに来たチェリーレッドのドクターマーチンを履くJKに、当時の車内販売をまとめていた社員のおじさんは暖かく対応してくれて
「本当は高校生の年齢は採らないんだけど、君は面白いからこのまま縁が切れてしまうのは寂しいな」と言ってくれ
ストッキングを履く事と口紅を塗る事、高校生とは言わない事、メインはグリーン車のお茶出し限定を条件にその日そのまま乗車することになった。
当時は携帯電話もないので電話を借りて親に電話をし、私の突拍子もない行動に慣れていた家族はあっさり了承し、その日からグリーン車アテンダントという名の乗り鉄になった。
とはいえ、最初の3日は先輩の乗車にくっついていくという研修で
先輩は私とは違う種類の、清楚系でとても可愛くて親切な大学生だった。
大人と子供の間だった私はたった3、4歳ほどの歳の差に「大人が一緒だから大丈夫」と安心した。
そしていざ乗車。
東京駅〜高崎駅の2時間の往復は何もかもが新鮮で、もともと乗り物酔いをする私はビュッフェで提供されるハヤシライスのデミグラスソースのにおいも相まって見事に酔った。
ほとんどの時間は控え室的な手のひらサイズの窓しかない部屋の中にいるのでそれも悪かった。
先輩たちに、外が見えなくても進行方向を向いてると酔わないよとか、世の中には酔い止めというものがあるというのを教えてもらい
帰りに薬局でストッキングと安い口紅と酔い止めを買って帰宅した。
そして3回目の乗車、研修最後の日
どうしても吐いてしまうのを所長である例のおじさんに伝えて、辞めたくないけど辞めたい事を伝えた。
その日は例のかわいい先輩が急遽お休みになったため、最初で最後の1人乗車は穴埋めとしてなんとか役目を果たしてから辞めようと思った。
…が
なぜかその日から全く酔わなくなっていた。
それから長い期間、ちょこちょこ趣味と実益を兼ねた乗り鉄をしながら
新潟から来るお弁当担当のおばちゃんたちに可愛がられて全種類のお弁当を制覇したり
他の地方を行き来する人たちからもっと遠い地方のお弁当をもらったり、当時発売した柿の種チョコを貰ったりして
やたら陽気で異色な、赤いドクターマチンで前髪が指2本分くらいしかないJKは憧れの車両や駅で素敵な大人たちに囲まれてみんなに餌付けされていた。
振り返るとあの楽しい思い出は、
「新幹線のあの車内販売の中にいた夢」のような感覚になる時もある。
思えば新幹線に憧れたのは小学校の頃。
祖父の持っていた田舎の家の二階の窓から見える新幹線の高架。
なだらかに上っていくその橋は夜になると車両の灯しか見えなくなる。
駅を出て、滑走路のような高架橋を段々と上昇するように加速しながら走るその姿は私には銀河鉄道999に見えていた。
幼少期に999のアニメで育った私はその中に哲郎とメーテルと車掌さんがいる様で、近くにあるのに手の届かない、見えているのに違う世界として窓から見える銀河鉄道を眺めてうっとりしていた。
あれからもっと月日が経ち、私を悩ませたデミグラスソースのにおいの充満するビュッフェ車両も、目が痛くなる喫煙車両も、グリーン車のコーヒーサービスも無くなって、ついに車内販売もなくなった。
祖父も亡くなり、例の家の窓からはマンションやビルしか見えなくなって
ついに取り壊して更地になった。
あの日、私が見た銀河鉄道のように
銀河鉄道の中に行きたいと強く願って、あの時ドアをノックした思い出はキラキラして
ワクワクしたその姿はあのカメラでは閉じ込めることはできなかったけど、大人と子供の間に見た夢はいつまでも綺麗なままで、憧れた姿のまま私の心に今もちゃんと残っている。
