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どす黒くて儚い、短い夢・第四話〈神が現れる夢〉

その日から、私は彼にカレーを作って持って行ったりすることが多くなり、いつのまにかそれは、私自身の趣味のようになっていた。

何を作ったら喜んでくれるだろう?
ひとりで簡単に食べられるものはなんだろう?
何が好きかな?

彼に対して育ち盛りの息子への愛情のようなものが芽生えて、そのおかげで料理も上達した(と、思いたい)。
りんごを剥いて渡したり、季節の野菜をとり入れたり、定番のきんぴらごぼうやおひたし、茄子の揚げ浸しなどなど、少しでも体と心に優しいものをとせっせと作った。

ドロドロしたものは真空パックマシンを買って、売り物のようにして冷凍したり、パッケージショップに行き使い捨てのプラケースも買ったりして、見た目も市販品のような本格的な仕上がりにするのも楽しかった。
もともと何事もハマると突き詰めるタイプなので、自由な作り置き作りはずっとしていたかった。

毎週毎週
作り置きを渡して、何度もエッチして、マッサージして、ご飯を作って、帰る。

何て都合の良い女だろう。しかも、性に関してはレジェンドクラスの人気嬢。
こんなの初めてだよ!
もう、他の人じゃだめだ!
AVに出たら絶対買うから教えて!
などなどみんなに言われるレベルのセックス職人を貸し切り。

それが回数無制限に生で中で好き放題。
自分がすれば何をしても喜ぶし、自分以外にはイかせられないのにすぐイく。体力があるから何度でも対応してくれて、終わったらマッサージしてくれて、そのうちに回復したらまた舐めてくれる。

そりゃあ……
やりたい盛りで人間関係に疲れてる若い経営者は手放したくないよね。
お金に換算したら毎週貸し切りで◯◯万円分+お店じゃできないことし放題。
そしてそこには愛情があるから細かい気遣いどころじゃない、そのまま撮影したら「ハード純愛」みたいな、新しいジャンルのAVになりそうなプレイを自らしてくるんだもの。

……と
そんな生活に自らもハマっているうちに、
私は他の男性が生理的に無理になっている自分に気がついた。


過去の反動かのように、他の男性とは客として触れ合うどころか、仕事関係の人もナンパみたいなことをしてくる人も全ての男性が嫌になると、取り急ぎ困るのは収入。

昼間の仕事も契約が切れるし、昔の仕事の不労所得も減る一方だし、気まぐれでやっていたエステサロンもあまり宣伝もしていなくて家賃や経費がかかるだけ。
今までに貯まった貯金は減る一方なのに、今更急に節約はできないし……いつかは底を尽きる。

手っ取り早いのはやはり風俗。
節約しつつ、3か月くらい、今までのように昼夜問わず働けば一年はこの生活ができる。

──けれど、彼を知る前のような良い嬢にはなれない……


風俗店にはいわゆる[高級店]というジャンルがあり、客層も手取りも圧倒的に大衆店よりも良いのに、何で嬢はみんな高級店に行かないんだ?と思われるかもしれませんが……
高級店とはギラギラした女性が行くところではなく、
私がいたその店では、整形丸出しや低身長は面接の前に写真の段階で落とされる。

見た目は地味目だけど綺麗な爪や、ツヤツヤの黒髪や、コンサバだけど質の良い服や靴、何もしてない天然モノを装うための美容注射や肌磨きのエステなどなど……店のカラーにもよるが、その店では「上級な普通」がよしとされており
更には、本指名といってリピーターがつかないと仕事はなくなる。いつもニコニコして風俗嬢に見えない人たちの弱肉強食の世界。

あくまでも
「普段は声をかけられない、会社や電車で見かけて気になってしまうような、自分好みのちょっと綺麗な女性が自分を求め、理想を超えたどエロいことをしてくる」というのが根底にあるサービスの基本なので
私も外でいくらお金を使っても風俗バレすることはなく、裏ではコツコツとAVを見て需要やトレンドを探ったり、淫語の勉強などもしていた。

高級店とは、初対面で恋してしまうほどの笑顔と色気ムンムンで清楚な女性が
プレイになるとあなたの目を見つめながらいろんな表情で、素人では考えられないような淫語を吐きながら自分を求め、腰を振ってくるという、運命すら感じて本気になってしまうほどの桃源郷である。

そりゃ、奥さんや恋人に隠れていく人も多いはずだ。
……けど、奥様や恋人の立場の方は安心してください。
嬢が客に提供するのは体でも心でもなく「時間」。
その時間に何を言おうとあくまでも演技であって「棒が生えてて喋る金」としか見ていないし、旦那様や彼氏も嬢を「全自動で動く穴」としか思っていません。
プレイ中に嬢の言う「愛してる」や「このまま私の中にちょうだい」は直訳すると「さっさとイって終わりにしろ」であり、恋人とするようなネットリじっくりと時間をかけて前戯して更にイクのを我慢する、外の世界で言うところの「良いセックス」は特に「暗黙の了解」のある風俗では一番嫌われます。

奥様や恋人が「現実」であれば、風俗は「夢」ではなく「虚構」です。喋るオナホに心はありません。
あくまでも私たちの仕事は「体を売ること」ではなく「時間を売ること」であり、私たちの体は「レンタル」です。


そんな、非日常を通り越して一般女性が見たら白々しくて笑ってしまうような虚構の世界に戻ったとしても、また一流の演技ができる自信も勇気もなく……
それでも、コアなファンがいてくれたおかげで週一程度働けば普通のOLさん以上は稼げると悩みつつも、やはり彼しか見えなくなっていた。

束縛とは無縁に見える彼は何事も「自由にしていい」と言うが、自分の体が汚れるのはなんとも思わなかったのに、他の男性と交わるのは彼を汚されるようで嫌だった。
その最中も、口では自由にしていいと言いつつも体中に無数のキスマークでマーキングする彼をかわいいとすら思っていた。


そんなある日
旅先でもパソコンで仕事のチェックをしている最中の彼と元嫁の話になり、半分仕事に気を取られたのか、はっきり元嫁とは言わないものの「朝から晩までなんでもしてくれた」という言葉に我慢していた糸が切れてしまった。

だって私は週に何時間かしか会えないじゃない
なんでもしてあげたくても私にはその時間をくれないじゃない
──私ならもっと、あなたが望むことをしてあげられるのに……そのチャンスさえくれないのに、なんで元嫁だけがしてくれたみたいな事言うの?

その言葉を飲み込み
「もういい、次は大谷翔◯(仮)に結婚してもらう」と言った。
大谷翔◯にしたら知らないところで知らない人からとんだとばっちりなんだけども、彼が大谷選手のファンだったのもあり
とにかく、彼よりも圧倒的にすごい人に貰ってもらうからもう知らないと言いたかった。

バカみたいな発言に彼はキーボードを打つ手を止め、真顔で
「俺が大谷になるかもしれない」「俺は、知らない大谷と違って、今すぐにでもゆりこさんを養える」と言った。

素直な女子ならきっとここで喜びを全身であらわしてうまくいく。
だが、私はまだ人間になりきれていない未完成な生き物だった。 
そう言いながらも今まさに仕事をしている彼に
「じゃあ、私が養ってあげようか?」と言ってしまった。

……今の自分にはできないくせに。

そして、帰ってから自己嫌悪で泣き、前の店で知り合ったお姉さん──
──バブル時代に旦那さんのDVからボロボロになりながら逃げて、逃げながら自殺を考えたけど途中で実家に預けてきた子供のことを思って踏みとどまり、
逃げてきた先にある住み込み寮のあるソープに入って身を潜めながら実家に送金し続けて、子供が成人したのを機に年下の年収400万くらいのサラリーマンと結婚して引退した先輩に泣きながら電話をした。

話はずれてしまうが
風俗は誇れる仕事ではない。
けど、そこでしか生き延びられなかった人がいるのも事実。
底辺であり、地獄とも揶揄されるその仕事に救われた人は確かにいる。
立派な仕事だとは思わないし、プライドを持ってやる仕事でもない。
それでも、誰かの役に立つ仕事ではある。

それだけは断言できる。
何故ならばそれは彼女だけでなく、私もまたその「救われたうちの一人」だから。


#創作大賞2026
#恋愛小説部門


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