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どす黒くて儚い、短い夢・第二話〈手〉

静かな夜の銀座中央通り。
165cmでハイヒールを履いた私が見上げる大きさの彼は身振り手振りで一生懸命話しかけてきた。

インバウンド向けのダサくてどうでもいい和風ディスプレイにも「あれ、どういう意図なんですかね」などと笑いながら、歩いていける距離にある彼の家への近道を説明したりしながら少し離れて歩いた。

何かのロケみたいに静かで誰もいない夜の雨上がりの銀座は、おばさん風俗嬢と若い実業家という、おかしな組み合わせの2人だけの世界のように見えた。

過去に体の関係はあってもそれは客と嬢だからノーカウント。
共通点は背が高い事と肌の色が白いことだけ。
そんな、二度と会うことがないであろう、お互い使い捨ての関係でも、不思議と、その、いつもと違う空気は新鮮だった。
雨上がりの空に出た月を見て彼は「月が綺麗ですね」と言った。さっき話していた文豪の話の続きだと思って彼の方を見ると「ゆりこさんはもっと綺麗だけど」と笑った。
キザなセリフを言ってみたい年頃の彼が微笑ましくて、思わず笑ってしまった。


部屋に着き、テーブルを挟んで、さっきよりも色々な話をした。
離婚の経緯や、外国人の元嫁がしつこく説得してきた結婚がやっぱり失敗だったということ、元嫁の執着の酷さや、離婚前に生まれたばかりの子供の話、仕事の内容やこれまでの経歴などなど。

プレゼンのように大きなテレビモニターを使っていろんなものを見せてくれて、今日届いたばかりという、発表前のその後にバズったMVも見せてくれたが、そもそも流行っているらしい彼の副業のジャンルに関して興味もない私にはなにひとつ、ピンと来なかった。

……そんなに有名な人がもう会わないであろう風俗嬢にそんなことまで話していいの?まあ、私は言いふらしたりはしないけど、そういうの危ないよ?
それに、もう会わない相手にそんなことまで話すなんてこの人大丈夫?

──そんなことを思いながら東京タワーを見下ろすベランダで一服して、お茶も飲み終わり

「では、お邪魔しました。今日はご馳走様でした。誘ってくれてありがとう。またお店で会えたらいいね……」

そんな挨拶をして立ち上がると、離れた場所から私の名前を呼び
「ゆりこさん!僕、エッチがしたいです!」と言った

何かのマンガみたいなテンションでの「僕、エッチがしたいです!」に思わず笑ってしまった。

「やっぱり男の子ね。けど、するならお店で呼んでねって伝えてあったでしょ」
なんて言いかけると、初めて会った時と同じ、私の顔よりも大きくて湿った彼の手が初めて私の手に触れた。

こんな大きな体と手で襲われたらひとたまりもないのはわかっているけれど
ずっと大きな体で生きている彼自身もそれは理解していて、体は離れたまま一歩も動かない彼と、そのままプロレスかなにかの試合前の握手のような形になり、そこからはいかにエッチしたいかを熱弁され……

さっきまでの落ち着いた若い紳士が、今の、できるだけ遠くから手を伸ばして握手をしたままエッチしたいと熱弁する青年に変わった様子のその落差に思わず笑ってしまい、
焼肉奢ってもらったし、ここは次の指名に繋げるかと風俗嬢モードに切り替えた。

大きく一歩、彼のパーソナルスペースに急速に踏み込んでから目を見つめ「一緒に、お風呂だけ入る?」と言うと
さっきまで私に興味がないどころかがっかりしている様子なのに紳士的だった彼は、面白いほど頷き「僕、ほんとはずっと我慢してました!」とまたサモエドのような笑顔でバンザイをして力強くハグをした。
ハイヒールを脱いだ私は、外で見た時よりもより一層、大きな彼の体に顔まで埋もれて持ち上げられてしまった。


再会する前に誘われた旅行も無料で行く気はなかったし、冷静な目で見たら多分がっかりされると思って「再会した時にその気があればまた誘ってください」と返していたのに、この時の私はもう心のどこかで帰りたくないと思っていた。

それが無料だとか高額だとかどうでもよくなって、当たり前のことなのに、こちらの世界に慣れていない私には、そう思うこと自体が新鮮だった。

そのあとはお風呂に入るだけの為に服を脱いだはずなのに、裸で抱き合ってそのままどちらからともなく自然にベッドに行ってしまった。

そしてまた、一般的には良くないとされている「前戯のないセックス」に突入した。
前戯ばかりでそれに演技をするのが仕事だったからか、私は前戯をされるのが苦痛で
特に舐められるのが嫌だったから、彼の前戯のない、私と同世代よりも硬いのに遅漏で……トレーニングのように汗だくで動き続けるちょっと特殊な若いセックスでまたイった。

そうして彼がイクまで私は身動きが取れないまま何度もイかされ、朝まで何度も寝たり起きたりしながら、夢と現実の間を行ったり来たりしながら、気がつけばまたセックスしていた。

いろんな話もして、旅行の誘いも行くことにして、次の会う日の約束をしていない場合は私は縁が切れたと思って連絡先は消すという、自分ルールのようなものも伝えて、次の約束もした。

そして翌日、彼が仕事に向かうタクシーで、オフィス街である私の最寄駅まで遠回りして送ってもらい、沢山の通勤する人たちが忙しなく行き来する中、まるでトレンディドラマのオープニングみたいにキスをしてお別れした。



……こういうのって何年ぶりだろう.…..

その時の私は昼間の仕事もしていて、ちょこちょことした専門的な仕事の積み重ねだけども、風俗をやる前は3つの会社を経営する経営者だった。

風俗をやる前は結婚もしていて、沢山の社員スタッフと子なしの主夫を抱える大黒柱だった。

仕事に没頭し、遠方にいる学生時代からの親友に子供が生まれた時も「今は大変だろうから」という口実でお祝いだけ送って仕事を優先していた。
そんなある日、沢山の人前でする講演の終わりに不在着信に気がついて、呑気に挨拶やら次の営業やら名刺交換などして、帰りの喫煙所で一服しながら不在着信にかけ直すと、親友の兄から、親友が亡くなったことを知らされた。

私は、講演用の白いジャケットという場違いな服装のまま電車に乗り、駅員さんに教えてもらうがままに彼女の地元へ向かった。
そのあと、彼女の結婚式ぶりに再会したお兄さんから、生まれたばかりの彼女の子供が急死して「私がいてあげないとまだ何もできないのにかわいそうだから」と後追いだったことを知らされた。

──涙も出なかった。
その時の記憶はあまりないけれど
ただ、自分は何やってるんだろうとだけ思った。

あとは、耳の下に残る内出血がちらりと見えた時に、想像してたのと違うんだななんて思った事くらいしか覚えていない。
私にできるのはその内出血を隠すための花を、親友だった抜け殻の顔の周りに置くことだけだった。

ひと通り済んだ後
心配した当時の旦那が車で迎えに来てくれて、東京に戻り、高速を降りてからはその足で会社に寄り、何もなかったようにまた仕事に戻った。

それから日に日に、今まで活力にもなっていたはずの、バイトの給料だけで月400万を捻出し続ける気の抜けなさや忙しさだけでなく、上がっていく知名度までも全てが嫌になり、やめるにもお金もかかるし、いっその事もう全てを終わりにしようかとも思い始めた。

終わりにする選択に関しても悲観的な感情は全くなく「コンビニに行こうかな」程度の軽い認識で、すれ違う通行人の顔が鉛筆で塗りつぶされたように見えていたけれど
──それを誰かに話したら、私の限界が知られるのが怖くて、誰にも言えなかった。
当時の私は必死に平然を装っていた。そして、限界が知られるくらいなら死んだ方がましだと本気で思っていた。

けれど、親友の両親の反応を思い返して、私の親に同じ思いをさせたくはないとも思い、何を終わりにしたいのかを書き出した。
・自分じゃないとできない仕事はもう嫌だ
・他人からストレスを受けるのはもう嫌だ
・時間に追われたくない
・けれども生きていくなら生活水準は落とせない
......と、いう事で
誰でもすぐにできて、自分がいなくてもいい高収入の風俗を始めつつ、社員たちが自分から辞めると言うのを待ちながらフェイドアウトするように会社をしまう準備をして
風俗で稼いだ分も、数えていないけど2000万以上は費やしつつ、やっと自由になれたところだった。

誰でもよくて気分ひとつで休めて高額を手に入れられる状況はとても心地よく、また元来のアセクシャルと不感症が良い働きをして更に居心地が良かった。
いざとなったら死ねばいいと思っていたので怖いものはなかったし、会社経営で得た作り笑いと人心掌握術で取り繕いながらもこの世は全員敵だった。
「悪魔は天使の顔をしてやってくる」とは私のことだと思っていたが
振り返ると、当時の私は悪魔のふりをすることで生き延びようとしていた、天使だったのかもしれない。


──────────

……デートして、朝まで何度もセックスして、未来の約束をして、キスしてお別れ.…
そこにお金のやり取りがないのは多分、15年振りくらいだったと思う。
それも前回は一目惚れから真っ直ぐに口説いて来た元夫と、そんな元夫を見習って[人間とはこういうものだ]と信じて演じていた頃の自分。

──本当に?これは現実ではない?
もしかしたら、私は最初に死にたいと思った時にあっさり死んでいて、かわいそうだと思った神様が今更になって見せてくれた、遅い遅い、遅すぎる春の夢だと思った。


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