坂口安吾の「27歳」を読んで。矢田津世子は恋人だったのか?|芸術家の恋人たち
早逝の小説家 矢田津世子は坂口安吾の恋人であったと言われる。それは坂口安吾の自伝的小説「27歳」で二人が恋仲であったと語っているからであろう。
しかし、その内容は安吾の独り相撲のような気配を感じさせる。
矢田津世子は安吾より一つ年下で秋田県生まれである。本格的に文学にのめり込んでいったのは、20代前半であり、安吾と知り合ったのは25歳の時だった。
当時「女流作家」という肩書が流行り出した頃だが、津世子はまた駆け出しの部類だった。

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銀座のバーで知り合いに紹介され、お互いの自宅を行き来し交際が始まるが、津世子にはすでに恋人のようなパトロン(新聞社の部長)がいたのだった。
津世子は美人だった。
生まれたときは大きすぎる目に赤毛の癖っ毛で、とても秋田美人にはなれないと両親は嘆いたそうだが、成長するにつれ津世子は美しくなっていった。
化粧をしてないような爽やかな風貌で、人目を引いた。
気位の高い少年のようであり、クラムスコイの「忘れえぬ女・見知らぬ女」に似ていると言われた。

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また、松竹少女歌劇の男役スター オリエ津阪にも似ていると言われた。

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どうやら津世子はコケティッシュなグラマー美人ではなく、凛としたタイプの美人だったようだ。
そのため津世子は高校時代は兄の学友たちから何度も交際を申し込まれ、高校卒業後就職した銀行の頭取の息子からは求婚された。
その結婚が嫌で実兄の転勤に伴って、名古屋に移ったそうだ。そこで津世子は文学に目覚め、数年後東京に戻って本格的に活動を始める。
作家活動をしても勿論津世子はモテた。先輩、同輩の女性作家はそれが気に入らず、津世子に嫌味を言っていた。近所住み家族付き合いをしていた林芙美子でさえ、はっきり名前こそ挙げないが、文章力もないのに容姿の美しさだけで作品が採用されていると苦言を呈していた。
しかし、女性であるということは残念なことにどの分野でも桎梏である。
自分が成し遂げたいことに、美貌がステップとなるなら、その道具を使うべきであろう。それに当時は美人ではなくとも、女性という武器を使って、編集者や名の上がっている作家に媚を売る女性作家も多かったとか。
美男美女に生まれたのなら、自分の大望のために、そのギフトを利用すべきだ。それに津世子は後年「神楽坂」で文学界で認められたのだから大したものである。
安吾も美しき津世子にグイグイと惹かれて、密な付き合いをしたり、疎遠になったりしていたようだが、「27歳」によると肉体関係はなかったと言っている。それが本当なら、交際していて枕を共にしていないカップルを恋人と呼べるのだろうか。
男の純情なのか、肉体関係のある付き合いは堕落なのか、津世子には別格の愛情を見せたかったのか・・・・。
安吾は津世子との交際中もある程度の付き合いのある女性と寝ていたので、そちらの女性の方が「恋人」と呼ぶのにふさわしいのではないか。
安吾と津世子はKissはしたが、それは終焉の口づけであったそうなので、プラトニックな関係であったのだろう。
肉体関係がなくとも愛は育むことはできるが、若い二人にとっては不自然である。津世子が恋人であったのではなく、津世子に恋をしていたといったほうがしっくりくるのではないだろうか。
「ガラス越しの恋」とまではいかないにせよ、「片想い」という感じがしてくる。人は年を取ると好きな相手ができても「片想い」でいることを好むそうだ。安吾はこのときにすでに老成していたのかもしれない。
