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古事記から見えてくる教養としての神道

1.古事記って何?

古事記(ふることふみ)は、「日本の成り立ち」について、はじめて記された歴史書、哲学書です。
話し言葉として使われてきた「やまとことば」ですが、文化をうまく引き継いで行くには、当時は物語風にして口述による伝承しかなく、それも時代に応じ、人に伝えられる度に変化していくこととなり、正確に伝わらないという弊害も多く、正しく文化を繋ぐための文字が必要になってきました。
その頃(多分3世紀ぐらい)に、中国から漢字と仏教が輸入されて、これをうまく使いこなすための方法をいろいろと工夫して、漢字の「音読み」「訓読み」「借字(万葉仮名)」「ひらがな、カタカナ」が作られ、それを組み合わせて、文字として活用されるようになりました。
これも日本が海外の文化を取り込み活用していくという得意技のひとつであると思います。
漢字翻訳、使用マニュアルとして、まず、漢字の持つ意味を大事にしつつ、「やまとことば」の意味するところとすり合わせ、綿密な言語体系を確立したということです。

【余談】
ちょうど、明治維新の時期にも西洋文化を日本にとり入れるために英語やオランダ語を漢字の意味を考えながら漢字熟語とし当てはめ、翻訳された本が、西洋から東洋の国々への文化の橋渡しの役割が果たされたという歴史もあります。
当時は、中国やベトナム、インドなどの国も西洋に学ばなければ植民地支配から逃れられないことから多くの留学生を受け入れ指導してきているのです。
芸術、文化、美術、政治、経済、哲学、止揚、物理、倫理などは日本で作られた熟語です。

2.古事記成立の時代背景

 古事記を記すことなった時代背景は、天智天皇から天武天皇という奈良時代に、大和王権と言われた政治体制が「日本」という国家体制へと生まれ変わっていくに従って、当時の国際的地位の向上を意識し、国家としての威信をかけて、文化的基盤の充実を国の内外に示す必要に迫られた。それの象徴が、日本書紀であり、国分寺・国分尼寺の造成であり、東大寺の大仏であった。
  国家的大事業(冠位十二階、大宝律令など)が、50年という短い期間内にすべて完成していることを顧みると、当時の人々の真剣な取り組みの表れと見て良いかと思われます。
 「古事記」は正当性の拠り所として作成され、「日本書紀」は、「一書に曰く・・」というように、民族により違うものを羅列して示したものとなっているます。
 律令制を導入するに関して、その正当性の拠り所として編纂されたものが古事記であり、聖徳太子から隋への書簡「日出国の天使より日はいる国の天使へ・・・」にもそれが示されています。こんな失礼な書簡を受けた隋は、多分、大いに怒っていただろうが、当時の朝鮮半島を巡る国際状況を判断して、日本を敵としないよう、国益を損なう恐れを感じて、反論しないことにしたようです。聖徳太子の国際状況をみながらタイミングをはかったことも大事な要件でした。
当時の国家としては何万人単位で海外派兵できる程度に軍事組織も持っていたことも知られていたということです。

3.「神成りませり」という意味

古事記は、借字で書かれており、字がどういう発音するかが判れば、多少のニュアンスの違いはあって、内容は現在でもそのまま容易に理解できるものです。
例えば、最初の部分「天地開闢(てんちかいびゃく)」の部分

『天地(あめつち)初(はじ)めに発(お)こりたる之(の)時高天原(たかあまはら)に於(おいて)神成りまし名は天之御中主(あめのみなかぬし)の神 次に高御産巣日(たかみむすび)の神次に神産巣日(かむむすび)の神此(こ)の三柱(みはしら)の神者(は)並びて独(ひと)り神と成り坐(ま)して而(しかるに)身を隠す』

 ここでは宇宙の本体である天之御中主が登場し、さらに、二体の相反する陰と陽の神様である、高御産巣日と神産巣日が登場しますが、これもいずれも「神がなりませリ」と表現されていて、さらに「しかるに身を隠す」と表現されているところが重要なところです。「身を隠す」とは人の形をしていない、人には見えない、という意味にとることができます。

 また、高御産巣日と神産巣日は、色と空、光と影、プラスとマイナス、N極とS極、陽子と電子などを想像するとまさに、ビッグバーンからの真空のエネルギーによって拡張している宇宙の様子を表しているようにも想像される。

 天之御中主は宇宙(ユニバース)そのものであり、すべてが神の御仏の中の存在であり、その中から全てのものが因果を通じて「成る」と考えてみれば、宇宙の中のすべての物質が神と同等の、主従関係のない神と同格であり、言い換えれば、山も、海も、川も森も全てが神と繋がっていることが判ります。「自然」とは、「自ら然り」ということですので、「みずからの意思であるがまま存在している」と解釈するとうまくできた言葉と思います。
これもスピノザの「汎神論」と同じような概念で、例えれば「宇宙は真っ白なシーツのようなもの」と考えると、シーツが皺に「なる」ように、神が成り、山や川が成り、シーツに色が付けられる、というイメージが浮かび上がります。
 命が宇宙の根底にあると解釈すると、「もの」に非ず、「心」に非ず。
ものにも成り得るし、心にも成り得る。

●「高天原」=生命界(命で出来ている世界)
●「成りませる」=「造る」でも「生む」でもない。
●「造る」とは、造るものと造られるものとがあることを意味する。
造った方がご主人、造られた方が下僕となる。
下僕は作ったものの意志に無条件に従わなければならない。
そういう主従関係が生じることになる。

 一方、西洋の神(God)の場合は、もともと支配者であるエホバ神がいて、それ以外のすべてのものを「私が創った」と言われているので、創られた人間などは、神に従うしかありません。そういう意味で、西洋の神と東洋(日本)の神とは異なる存在であり、それゆえ神の概念も異なります
 キリスト教、イスラム教では、天地の造り主がエホバでありアラーの神であり、神の意志が、人間にとって真理・正義・善悪の基準となる。だから「主よ、許したまえ!」と言うことになる。
「創造感」=「造り主の思想」ということなので、作ったものと造られたもの⇒合入れない=二元対立の関係が出てくるということになります。

4.「修理固成」という意味

 古事記の最初の方に、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神により淤能碁呂島(おのごろじま)が作られる場面があり、大変重要なことが書かれています。
 
「故(かれ)、ニ柱の神、天の浮橋(うきはし)に立ちて、その沼矛(ぬまほこ)を指し下して畫(か)きたまへば、鹽(しお)こをろこをろに畫(か)き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末(さき)より垂(したたり)り落つる鹽(しお)、累(かさ)なり積(つ)もりて島と成りき。これ淤能碁呂島(おのごろじま)なり。」
(現代語訳)
「伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛で渾沌とした地上を畫き混ぜる。このとき、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった」
 伊邪那岐、伊邪那美が地上にて、いろんな神を産み、大地を作り始めるための地上の土台を築いたということですが、これを淤能碁呂島と言います。
淤能碁呂は、「自ずところころ回る島」ということですから、銀河系の惑星の誕生であり、地球が生まれる瞬間のような場面を想像させます。
  
 地球は、無芯の軸を中心に自転しています。無芯の軸とは、人間的に言うと人生観、社会観、自分の使命感などというものです。この無芯の価値基準に自らの言動を律していく、自らの行動に自覚的に枠を嵌めて動くこと。「我、何を成すべきか」という自覚的行為が自転です。
 では、公転とはなにか?社会秩序、道徳であり、自らの天命を知ったうえで行うべき行動のことです。人は「秩序と自覚ある行為」を行うことを自ら由(よし)とする考え方を自転と公転で揶揄しています。
「自由」とは、「みずからよしとする」ということですから、西洋の哲学で言う「選択の自由」とは異なり、「自ら律するところ(天命)で、他者から束縛を受けないところの活動」を意味すると解釈できます。

5.まとめ

 古事記の「出だし」だけの部分の解説なのですが、はやり日本最古の書き物としての重みも深みもあり、書き残されたものを受け取る側として、出来るだけ重く、深く、心して受け取る必要があるかと思いました。
昔の人が、どんなことを伝えたかったのか、想像しながら少しだけ推察してみました。

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