だいたい、山口市民はバリそばとチキンチキンごぼうで育つ。
東京の人が「ソウルフード」と聞いて思い浮かべるのは何だろう。
もんじゃ焼きだろうか。それとも深川めしか。
山口市民の場合、この問いは意外に難しい。
ふぐは下関だし、瓦そばは川棚だ。山口市には国宝の五重塔はあるけれど、「これぞ全国区」という食べ物は、案外ない。
だから、「山口市の名物は?」と聞かれると、ちょっと考えてから「バリそばかな」と答える。

この「かな」が実に山口市民らしい。
声高に名物を主張しない。
だけど、休日の昼になると、なぜか家族の誰かが言う。
「バリそばでも食べに行く?」
それで全会一致になる。
山口市のバリそばは、長崎の皿うどんによく似ていると言われる。
でも、地元の人にその話をすると、「まあ、似ちょるけどねえ」と言いながら、最後には「でも違う」と言う。
この「でも違う」を説明するのは難しい。
県外の人には伝わりにくいが、山口市民には説明しなくても分かる。
そういう食べ物である。
私が好きなのは春来軒の持ち帰りだ。
ここで面白いのは、持ち帰りなのに鍋を持参する人がいることだ。
ラーメン屋へ鍋を持って行くという文化は、全国的にはあまり見かけない。
ところが山口市では、それがごく自然だったりする。
鍋を差し出すと、お店の人が熱々のあんをたっぷり入れてくれる。

家に帰って麺へかける。
最初はパリパリ。
しばらくすると、あんを吸って少し柔らかくなる。
どちらが好きかという話になると、これまた意見が分かれる。
このあたりになると、もはや食べ物というより宗派である。
一方で、山口市民にはもう一つ、ほぼ全員が共有している味がある。
チキンチキンごぼうだ。

これは学校給食の人気メニューとして知られている。
私の記憶では、献立表に「チキンチキンごぼう」と書いてある日は、朝から教室が少し浮き足立っていた。
休み時間に話題になる献立など、そう多くはない。
給食の時間になると、おかわりをめぐってじゃんけん大会が始まる。
不思議なのは、大人になってから食べるチキンチキンごぼうは、どれも少し違うことだ。
スーパーにもある。
居酒屋にもある。
レシピもネットで見つかる。
でも、「あの味」とは違う。
あれは、四時間目を終えて、お腹をすかせた状態で、アルミの食器に盛られたから、おいしかったのかもしれない。アルマイトの小皿や給食当番の白衣まで含めて、チキンチキンごぼうだったのである。
そう考えると、ソウルフードというのは、料理そのものではないのだろう。
食べた場所や、一緒にいた人まで含めて、記憶に残る。
山口市には「しっちょる鍋」という料理もある。
市町村合併の頃に誕生した、新しい郷土料理だ。
ところが、「知っちょる?」と聞かれても、「名前だけは」という人が案外多い。山口の様々な食材を入れた鍋料理だが、給食でしか見たことない上に、正直子どもに人気でもない。
名物は作ることができる。
でも、ソウルフードは作れない。
休日に家族で食べたバリそば。
給食で友達と競ったチキンチキンごぼう。
そういう時間が何十年も積み重なって、初めて「山口市の味」になる。
だから今でも、ときどき思う。
「ああ、久しぶりにバリそばでも食べに行くか。」
そんな一言が、山口市では案外、いちばん郷土愛にあふれているのかもしれない。
