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アドベンチャーワールドでペンギンを選んだ三女が教えてくれた“執着”という気づき

先日、ある記事を書いていたとき、ふとアドベンチャーワールドでの出来事を思い出しました。
家族旅行の思い出の中に、三女が「パンダではなくペンギン」を選んだ小さな出来事があります。
でも、あの一瞬にこそ、「集諦(しったい)」という仏教の教えが宿っていたのです。

子どもはいつも、大人が忘れかけた真理を教えてくれます。今日はそんな話です。

今年の4月、私たち家族は熊本からフェリーを使って、和歌山の「アドベンチャーワールド」へ行きました。

アドベンチャーワールドといえば、やっぱりパンダ。
白浜町もパンダ推しで、あちらこちらにパンダのモチーフやグッズが溢れていました。

私たちも例に漏れず、パンダのぬいぐるみやキーホルダー、写真スポットでたくさんの思い出を作りました。
それぞれお土産を選ぶ中で、ある出来事がありました。


三女が選んだのは、まさかの「ペンギン」のぬいぐるみ。

「えっ、ここまで来て、パンダじゃないの?」
思わずそう感じた自分がいました。

たしかにショーにはペンギンも登場していましたが、目玉は明らかにパンダ。
「せっかくここまで来たんだから、記念になる“パンダ”を選んでほしい」
そんな気持ちが自然と湧き上がっていました。

でも三女は、何度も何度もペンギンを抱きしめていました。
「ペンペン、これにする!」と揺るがない目で言うその姿に、私は心を打たれ、ペンギンのぬいぐるみを買いました。

それから1ヶ月以上経った今でも、三女は寝るときに必ずそのペンギンを抱いて眠っています。


ここで私は、ふと「集諦(しったい)」のことを思い出しました。

仏教の四諦(したい)の2つ目「集諦」は、**“苦しみの原因は自分の中にある執着や欲望である”**という教え。

あのとき、執着していたのは三女ではなく、私の方だったのです。

「ここまで来たんだから、パンダを選んでほしい」
「みんなパンダを買っているから、そっちが“正解”だろう」

そんな“正しさ”を押しつけたがっていた自分に気づきました。

でも三女は、誰の意見にも惑わされず、自分の心に従って選んだ。
それが、たまたまペンギンだったというだけの話。

彼女は最初から自由で、執着とは無縁でした。


仏教的に言えば、子どもの方が悟っているのかもしれません。
私たち大人こそ、選択肢が多くなり、正しさに囚われ、執着し、苦しむ。

「手放すこと」
「自分の欲望やこだわりに気づくこと」

その難しさと尊さを、三女のぬいぐるみ選びが教えてくれました。


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