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自縛霊

旧国道から外れた山林の奥深くに、朽ち果てた祠のようなものが佇んでいる。

地元の人間ですらその存在を消し去りたかったのか、地図には載っていない。

かつてこの集落で行われていた「憑き物払い」と、それに伴う凄絶な私刑があったが、もう今に伝える者もほとんどいない、因習の終着駅である。

この地域には古くから、凶作や疫病の原因を村民のいずれかに求め、それを「異形のものが憑りついたせい」として集落全体で徹底的に迫害する因習が存在した。

どのくらい前のことか判然としないが、ある飢饉の年に、その標的となった村の娘がこの山奥へと連行され、生きたまま四肢を拘束された。

村人により、水をかけられ、石を投げられ、木の棒で殴られた。

痛みや恐怖で泣き叫ばれてはたまらぬと、口にはきつく猿轡がされた。

村の占いで吉が出るまで、拘束が継続される決まりである。

占いは、1日に1回行われ、吉、半、凶のいずれかとなっている。

3回に1回は吉が出るので、大半は、ぼろぼろになりつつも生きて帰ることが許された。

ところが、この娘のときだけは、何回占いを行おうとも、吉が出ることはなかった。

村人は、来る日も来る日も、水をかけ、石を投げ、木の棒で殴った。

その中には、娘と将来を誓い合った男の姿もあった。

男が娘を棒で殴った時、娘の顎にあたり猿轡が外れた。

口から血をふきだしながら、小さい声で何やら呻いていた。何と言ったか判然としないが、何かしらの呪詛に相違ない。開いているのかもわからない腫れた目で、男を見ながら、苦痛の末に娘は絶命した。

その理不尽な死が引き金となり、男への、村人への底知れぬ憎悪が集落の土地そのものを変質させ、物理的な質量を伴う、悍ましい力が、空間を覆う「怨念」として定着したのである。

怨念とは単なる精神的な残滓ではない。それは強烈な無念と、閉鎖社会が生み出した悪意が、行き場を失い滲み出した一種の瓦斯である。

穢れた土地に足を踏み入れた者は、まず嗅覚を侵される。

腐った血と肉の混ざり合った悪臭が大気に満ち、風があろうとなかろうと、堅牢な建物の中であろうと、どこからともなく臭いがする。

次に、無数の細い囁き声が鼓膜を揺らす。

娘の恨みの声ではない。

それは、娘をなぶり殺した当時の村人たちの「もっと呪え、もっと苦しめ」という狂気の和音である。

この場所に入り込んだ者が辿る結末は悲惨である。怨念は侵入者の精神に直接作用し、まず論理的思考を奪う。

被害者は、自身が因習の「生贄」に選ばれたという強烈な被害妄想に囚われ、やがて肉体には、かつて娘が縛り付けられた縄の跡が、内出血となって浮かび上がる。

目は腫れ、石を投げられたような痕や、棒で殴られたような傷が体中に発生する。

完全に思考能力がなくなると、自らの足で山奥へ向かい、どこからともなく縄を取り出し、自分自身を木や岩に拘束する。

どうやったらそのような状態になるかはわからないが、他人に縛られたようにしか見えないという。

そして、血を吹き出しながら呪詛を吐くのだろう。

最も恐るべきは、この怨念がかつての因習を引き継ぎ、「次の生贄」を求めて伝染するという点だ。

どこからかこの話を聞きつけたものが現れては、近隣住民に助けを求めるということが後を絶たない。

住民は不憫に思いはするが、発症してしまってはどうしてやることもできない。

被害者に、食事と寝る場所を提供するのみ、である。

そして気づいた時には、姿が見えなくなっている。

住民はその山奥へ行くことは決してない。

実際に山奥へ向かったか、縄で四肢を拘束されているか。

それを知る者はいない。


 了





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