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探偵探偵団


 一体世の中に小説に出て来るような名探偵は実在するのだろうか?


 私は物好きが講じて古本、ことに誰も読まないような大正、昭和期の珍しい稀覯本を集めることをライフワークにしている。
 今日もこうして黴臭い本の山に埋もれて書庫の整理をしているとアルバイトとして雇っている大学生の上林恭平君がやって来た。
「大山先生、珍しい本を見つけて来ましたよ」
 彼は青白い頬を紅潮させながら一冊の本を差し出した。私は大学で史学科の非常勤講師をしているので先生と呼ばれている。上林君には助手として古本屋を巡り珍しい本の収集を手伝って貰っている。
 今はネットの時代とはいえ、古本屋に足を運ばなくては見つけらない稀覯本も数多く存在する。
 その中には見る人が見れば数十万という価格で取引されるような古本が廉価で売られているのだから浪漫がある。私も何度か廉価で購入した古本を十倍以上の価格で知人に譲り一寸した小金を手にしたことがある。これだから古本収集はやめられない。
 彼の持ってきたものは薄い小冊子である。同人誌のようなものだろうか?題名は「赤い月掌編集」とある。
「へえ随分薄い冊子だね。これが一体どうして珍しいんだい?」
 表紙には赤い満月が描かれている。
「先生、13頁を見てください。『窓辺には~』の所です」
 日焼けした頁をパラパラと捲ってみた。
 いくつかの掌編をまとめたものらしい。
 「2cmアパートメント」と書かれた掌編の次に「窓辺には笑ふ探偵赤い月」と書かれた掌編が書いてあった。
 短いのでものの五分も掛からず読んでしまった。
「なるほど」
 上林君がこれに注目した意味が分かった。彼は無類の探偵小説好きなのである。私も収集している古本の半分以上はミステリー小説で占められている。といっても上林君のような熱狂的なミステリファンという訳でなく蔵書もごく一部しか読んでいない。読むのはせいぜいポーや江戸川乱歩ぐらいである。
「……確かにこの掌編の作者は妙なことを書いてるね」
「ええ、こんなものを読むのは始めてです」
「奇を衒った物好きなんだろう。或いは狂人か……」
 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている……そんな言葉が不意に浮かんだ。一体誰の言葉だったろうか。
「僕が引っ掛ったのは江戸川乱歩が実在する探偵をモデルに明智小五郎を創り上げたというセリフです」
「それは作者の創作だろう。明智小五郎ならモデルは五代目神田伯龍ということは乱歩本人が小説で書いてるじゃないか」
「それは見かけ、風体のことでしょう。明智小五郎は登場する度に描写が変わってきてますし、探偵としてのモデルは他にあると思います」
 流石は上林君である。私も兼ね兼ね五代目神田伯龍が明智小五郎のモデルという話には違和感を持っていたのだ。
「君は知ってるのかい? 本当のモデルを」
「ええ日本で始めて私立探偵事務所を立ち上げた岩井三郎という人がいます。乱歩は作家になる前の二十五歳の時に岩井氏の事務所で働いていたことがあります」
「よく調べたね。だとしたらその岩井三郎という人が明智小五郎のモデルなんだね」
「恐らく岩井氏の事務所で働いた経験を元に探偵小説を書いたのは間違いないでしょう。しかし岩井氏と乱歩は年が二十九歳離れています。なのでモデルになった人物は二代目の岩井三郎ではないでしょうか?」
「二代目なんて、まるで歌舞伎役者じゃないか」
「ええウィキペディアで調べただけですが世襲制で三代目まで続いているようです」
「本当かい? どれどれ調べてみるか」
 私は早速机の上のパソコンの前に座るとスリープを解除し「岩井三郎」と検索してみた。

 以下の文章はウィキペディアからの引用である。

岩井 三郎(いわい さぶろう、1865年[1] - 1956年昭和31年〉10月30日)は、1895年明治28年)に創業された日本最古の探偵事務所「岩井三郎事務所」(現・株式会社ミリオン資料サービス)創業者。大正時代初期に起こったシーメンス事件の解決に寄与した探偵。なお、「岩井三郎」は明治時代の創業者から名前が3代継承された。

来歴

元警視庁警察官。司法主任として日清戦争当時にスパイの摘発を行った。退職後、私立探偵業として岩井三郎事務所を開業した。上述のシーメンス事件のほか、「花王歯磨密造事件」「古河炭鉱詐欺事件」「のちの満州馬賊伊達順之助による射殺事件」などの解決に寄与した。

「ふむ、君の言うことは本当らしいな。シーメンス事件というのは確かに聞いたことがあるぞ。では二代目というのはどうかな」

2代目岩井三郎は第二次世界大戦後より弁護士業を兼務しながら1956年昭和31年)まで事務所を営業。その後3代目岩井三郎に業務が引き継がれ、2年余りの期間警察予備隊情報将校を勤めた。

 残念ながらいくら検索しても、それ以上二代目岩井三郎に関する情報は出て来なかった。
「成程。乱歩がモデルにした可能性があるというのは分かった。しかしこれとあの小説とはどう関係してるんだい?」
「僕はこの二代目岩井三郎という人を、乱歩が明智小五郎のモデルにしたのではないかと思います。この掌編に明智小五郎が煙草屋に住んでいる噂を聞いたという描写がありますが、これは二代目岩井三郎のことを言っているのではないでしょうか」
「うーん、私にはどうも牽強付会のように思えるけれど……」
「先生、この小説にはもう一つ仕掛けがあります。乱歩を読んでいれば御存知かと思いますが」
 残念ながら私には上林君のいう仕掛けという意味が分からなかった。もう一度掌編に目を通してみる。
「……もしかして緑川婆さんという記述かい?  声優の緑川光じゃないだろうね」
 私には緑川という名前から件の声優しか連想しなかった。しかしそれがどう乱歩と関連しているのだろう?
「ええ、緑川は当たってますが声優じゃないです。いいですか、『黒蜥蜴』という乱歩の代表作があるじゃないですか」
 私は何年も前に読んだ「黒蜥蜴」の内容を思い出して思わず手を打った。
「そうか。黒蜥蜴は緑川夫人が化けていたのだね」
 何故こんな簡単なことを見過ごしたのだろう。
「ええその通りです。僕はこの小説内小説で笑島の台詞が『あの婆さんの正体は黒』で終わっている理由が何となく分かります。恐らくここまで書けば『黒蜥蜴』を読んだ人なら言わんとしていることが分かるだろうと……そう思ったのではないでしょうか?」
 上林君の勿体ぶった言い方はまるで探偵にでもなったかのように得意そうであった。或いはそういう風に作者が仕向けたとも考えられるのではないだろうか。私には上林君のいう主意がよく分からなかったのだが……。
「降参だよ上林君。私にはよく分からない」
「先生、僕はこう思うのです。明智小五郎と不倶戴天の敵であった黒蜥蜴とは怨讐を越えて深く愛し合っていた。この掌編の中に『八百屋で長芋を品定め』という記述がありますがこれは八百長を暗示している。つまり煙草屋の婆さんは変装術の得意な黒蜥蜴の化けた姿であり、明智小五郎のモデルになった二代目岩井三郎とは夫婦関係にあった……僕はこう推理します」
「成程。君の説なら矛盾なくこの掌編の謎を説明できるね。すると黒蜥蜴は明智小五郎と同じく実在したということか」
「はい、しかしそのことを小説に書くことは出来なかった。何故なら黒蜥蜴とは国際的女スパイでありその存在は国家機密であった……というのは僕の勝手な妄想ですがね」
 そう言って上林君は楽しそうに笑った。
「ははは。実に面白い考察だね。しかしあながち妄想とは言えないかもしれない」
 私はもう一度パソコン画面を開いた。ウィキペディアの先ほどの頁をクリックする。

2代目岩井三郎は第二次世界大戦後より弁護士業を兼務しながら1956年昭和31年)まで事務所を営業。その後3代目岩井三郎に業務が引き継がれ、2年余りの期間警察予備隊情報将校を勤めた。

「二代目岩井三郎が二年余りの期間、警察予備隊情報将校を勤めたという記述があるね。つまり本当にスパイのようなものさ。なら妻である黒蜥蜴もスパイだったと考えるのは決して不自然ではない。当時は冷戦真っ只中だしGHQとも絡んでいるかもしれない」
「成程。僕にはそこは気付きませんでした。……先生、僕はこの妄想が当たっているかどうか確かめたい」
「確かめる? 一体どうするつもりだい?」
「この小説に出て来る煙草屋が実在するか実地で調べてみたいと思います。その前の2cmアパートメントという掌編には煙草屋は根津の下町辺りとあります」
「うん、残っている可能性は低いが調べてみる価値はあるだろう。私は二代目岩井三郎と警察予備隊の関係について調べてみるよ」
「ええ、よろしくお願いします」
「それにしても一冊の古本からとんでもない展開になったものだね」
「ええ先生、僕は今とてもわくわくしています。こうして世に出ることなく、古本屋の片隅に埋もれた稀覯本にどんな秘密が隠されているのか……」
「さながら我々は探偵探偵団とでもいうべきか。或いはこの本の作者の術中に嵌まってる可能性もあるがね」
 長年古本を収集してきた私だが、この奇妙な本には何か得体の知れないものがあると私の嗅覚は告げていた。

 とにかく私と上林君はこの奇妙な本について詳しく調べることになったのである。



ムーミンママさんのこちらの作品から着想を得ました


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島風ひゅーが 素晴らしい記事ですね♪