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これから 第一話


 遠野直太朗の頭はさっきからある問題の為にずっと高速で回転していた。耳には砂が流れるようは雑音が絶えず鳴っていた。どうしても彼には解決しなくてはならない問題があった。それを頭の中だけで解決しようとするのは迂闊であった。しかしその迂闊さを承知しながらも敢えて考えずには居られない程、彼の精神は切羽詰まっていた。一度考え出した頭は次から次へと連想を呼びぐるぐる廻った。すると気分が悪くなったので彼は書斎の床へ仰向けになった。
 心臓がとくとくと脈打っている。

「先生、如何しました? 具合でも悪いんですか?」
 そこへ書生の島田がひょいと顔を出した。彼は二週間前に信州から上京してきた学生で、腰の悪い婆さんに変わって力仕事を頼んでいる。何故か学校へは行かず毎日家にいてぶらぶらしている。
「うん、ちょっと心持が悪くてね」
「医者でも呼びましょうか」
「いや、それ程の事でもないさ」
「そうですか。私はちょっと出掛けてきますよ」
 そう言って島田は出て行った。

 どれぐらい経っただろうか? 彼が漸くうつらうつらし始めたとき玄関口の方で人を呼ぶ声がする。直太朗は息を潜めて出ようか居留守を使おうか迷った。
 すると島田の声がした。戻って来たようだ。
「……これはどうもご苦労様です。何か御用で?」
「実は広報を持ってきたのですが、生憎お留守のようでしたので」若い女の声だ。
「可笑しいな。先生がいるはずなのに。さては先生、居留守を使ったな。どうもすいません。先生は非常に内気な性分で、人前に出られないんですよ。いい歳してねえ」
「あら、そうなんですの。おほほほ。では御免遊ばせ」
 女は笑いながら帰って行ったようだ。
 直太朗は三十二年の弱点を暴かれたようで大いに癪に障った。
 呑気に玄関口から上がってきた島田を捕まえる。
「島田君。知らない人に余計な事を言わなくていい。それに丁度出ようとしてた処に君が来たんだ。邪推されちゃ困る」
「ありゃ聞こえてましたか。こりゃ失礼しました。しかし先生、少しは近所付き合いもしなくっちゃいけませんぜ」
 直太朗はそれ以上口を聞くのも厭だったので心配そうに見つめる島田を捨て置き、そのまま書斎に引っ込んでしまった。

 書斎に引っ込み安楽椅子に座った直太朗は再び考え始めた。彼は考えることが現代的知識人の崇高な責務であると信じて疑わなかった。考え過ぎることによって生じる苦痛も知識人としての自分の人生に対する租税であるとして甘受していた。
 やがて直太朗の頭は高速で回転し始めた。その頭は段々と熱を帯びて火を吹き出した。
 このまま頭が回り続ければ畢竟狂うに違いない。
 どうせ狂うのだったら更に光速度で回転して、この世のあらゆることを考え尽くしてやろうと直太朗は心に決めた。


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島風ひゅーが 素晴らしい記事ですね♪