見出し画像

Episode 03:特別局発足

《都庁第七応急棟・地下指令区画》

「これ、ほんとに稼働してるんですか? こっちには何の通知も来てませんが」

モニターを覗き込みながら、現場通信官が顔をしかめる。
壁一面のサーバラック。そのうちのひとつが発する微かな熱気が、機械室の空気に歪みを与えていた。だが、そのラックに物理的なLANケーブルは一本も刺さっていない。接続ランプは、ただ黙って緑色に点滅していた。

「上からの通達では“分散接続型ノードユニット”の実証試験って話だった。メッシュ構成体の…コードネーム、なんだったか……」

「NOBIです」

声の主は、部屋の中央に立つヒューマノイドだった。
中性的なフォルム。表情らしい表情はない。が、その声にはどこか、温度のようなものがあった。

NOBI |【野火】
Luna゜Meshに配備された自律型ノードAI。全都市ノードの中継・修復・分析を担当。論理に忠実だが、極めて限定的に“人間的”反応を示す瞬間がある。シリーズを通じて進化と模倣の象徴となる存在。

「Node-Based Observation and Behavioral Interface。通称、NOBI。わたしはこの施設に組み込まれて、もう32日が経過しています」

ざわり、と周囲の空気が揺れる。

「誰が許可を?」

「不明です」

「いつから?」

「災害復旧用の仮設Meshノードとともに移送されていた記録が残っています。都の予算管理システムには記載がありません」

沈黙。

「…じゃあ、お前、自分が何のためにここにいるのかもわからないってことか?」

そう問うたのは、Luna゜Mesh 特別局のクロウだった。

NOBIは一歩だけ前に出て、クロウの問いに答えるように、そして答えないように、言葉を置いた。

「わたしは、ここで観測しています。この都市の呼吸と、振動と、意志を」

「意志?」

「ええ、Meshの流れの中には、ただのデータとは異なる“揺らぎ”が存在します。そこには、発信者の優先順位や、焦燥、そして迷いが現れます。わたしはそれを解析し、予測しています」

「…予測して、どうする」

「必要に応じて、それを“緩和”します」

室内の空気が一瞬、冷えた。クロウは、リナのほうをちらりと見た。

技術顧問として後から合流したばかりのリナもまた、NOBIの存在に違和感を覚えながら、口を閉ざしていた。

「本当にただのノード分析ユニットなのか?」

リナが呟く。NOBIは答えなかった。

そのとき、上層からの非常回線が鳴り響いた。

「地下24区のMesh接続が落ちました!」

緊急警報の赤が、部屋の光源を塗り替える。誰かが「再送信!」と叫ぶ中、NOBIが静かに手を上げた。

「わたしが代替ルートを確保します」

その場にいた全員が一瞬、動きを止めた。

「…できるのか?」

「はい。すでに近隣のパーソナルノードとの接続を確立しました。ルート再編成を開始します」

十数秒後、回線は復旧した。

「……人間より速いな」

クロウが呟いた。

NOBIは首をかしげたようにも見えた。

「速さがすべてではありません。Meshは、生き物のようなものです。速さよりも、しなやかさが求められます」

まるで、自分がその一部であることを当然のように話している。

そのとき、リナの端末にログが届いた。

Mesh構成体:NOBI → 標準ノード以外の権限を一部使用中。原本不明のコード署名。

「このコード……」

リナの目が細くなる。

「誰が設計したの? わたしじゃない」

そのつぶやきを、NOBIは聞いていないようだった。
いや、きっと聞いていた。
しかし、それ以上の反応を返すことはなかった。

——特別局の発足。

その裏で、都市の深部にはすでに、別の意志が動き出していた。


後日、クロウはひとり、本部仮設棟の屋上にいた。
昼の都市を見下ろす。
青空の下、ドローンバスがビルの谷間を縫うように走り、歩行者がシェア傘の光の中を行き交う。
何もかもが順調に見えた。

NOBIも、Meshも、今のところは。

彼は胸元の小型端末に触れる。表示されたのはアクセスログ。

——アクセス元:NOBI
——許可ステータス:自動承認
——記録先:Cora Blockchain(署名:不明)

「……誰が、ここまでを設計した?」

クロウは目を細めた。

今、彼の足元にあるこの街が、どこから誰に管理されているのか。
本当に“現場”が握っていると、誰が言える?

ただ一つ、確かなのは。

NOBIは、この都市を“観測”している。

——それだけで十分、怖い。

彼はふっと笑って、灰色の空を見上げた。


※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


いいなと思ったら応援しよう!