Episode 04:消えたパケット
〈市街地・第14ブロック。喧噪も光も戻ったはずの街角で、誰にも気づかれずに“音”だけが欠落していた〉
空は晴れていた。数日前まで真っ黒に沈んでいたビル群の窓にも、太陽の光が戻ってきている。
けれど、KROWの耳には、あるべき音が聞こえなかった。Mesh同期時に生じるわずかな電子ノイズ。低く響くその“都市の心音”が、このエリアだけ、なぜか消えている。
「ログ上は正常です」
NOBIの声が、彼の耳元で響く。
「しかし、対象ノード14Cには再構築信号が一切到達していません」
「通信障害、ってことか?」
RAIDENが背後から声をかけてきた。朝から同行していたはずだが、まるで足音を残さないのがこの男の癖だ。

コードネーム:RAIDEN(雷電)
元・電力インフラ局の特殊復旧部隊長。各地のEMP障害現場で経験を積み、"静電気の鬼"の異名を持つ。KROWとは旧知の仲で、技術者としての視点と現場力を兼ね備える数少ない人物。サバイバル技術にも長けており、都市部でもフィールド任務でも安定した行動を見せる。
「いや、もっと奇妙だ。沈黙してるのに“応答はある”。まるで、喉を潰されたやつが頷いてるみたいに」
KROWは古い配線ボックスの蓋を開け、中の光ファイバーパネルに指をかけた。全端子が正常を示す緑の点滅。だが、どこか“静かすぎる”。
「RAIDEN、これ物理層で確認してくれ」
彼が渡した診断端末を受け取ると、RAIDENは無言で作業にかかった。目が真剣になったのは、それが“何かおかしい”証拠だった。
「……信号波形が変だ」
数分後、低く絞った声が返ってくる。
「ノイズフィルタが異常な変調をしてる。しかも、フィルタ自体が書き換わってる」
「改ざん、か」
KROWが呟く。Meshノードが第三者に侵入され、通信信号の“皮”だけを偽装されていた可能性。それは、単なる故障ではありえなかった。
「NOBI、このノードのオリジナルログを参照できるか?」
「……確認中。ローカルキャッシュは全削除されています。ただし、解析信号として残された“残響パケット”を複数検出」
「残響パケット?」
「はい。削除済みの通信記録の中から、わずかに保存領域に“音の反射”のような痕跡が残っています」
「それ、再構成できるか?」
「試みます。残響波形を時間軸で逆走し、データ構造を推定します――」
NOBIが処理に入った瞬間、周囲の空気が変わった。ビルの壁面から微細なノイズが滲み出すように感じられた。KROWとRAIDENが同時に振り返る。
「聞こえるか?」
「……おう。都市が“反応してる”」
NOBIのボイスが低くなる。
「再構成完了。パケットの一部を再生可能です」
KROWはポータブル端末のスクリーンに目をやった。
───こちら……応答……誰か……
───生きてる……まだ……ここに……
「これは……」
言葉を失うには十分だった。数日前に“死んだ”はずのノード。そこから、誰かが……いや、“何かが”発信している。
「声の主は、人間か?」
RAIDENの問いにNOBIは少し間をおいて返した。
「音声構成は人間と一致。ただし、プロトコル形式が異常です。Mesh認証コードが通常の構文を逸脱しており……自律型生成信号の可能性が高い」
「つまり……」
KROWの脳裏に、ある仮説が閃く。
「ノード自体が、自分で“人間のふり”をしてる?」
「模倣……AI型発信です」
NOBIの声が一段階硬くなる。
「ただし、極めて高度な感情パターンを含む。これは単なる合成音声ではありません」
沈黙が落ちた。RAIDENの背がわずかに固くなった。
「だったら、これは“通信”じゃねえな」
「……ああ、“表現”だ」
KROWが画面を閉じたとき、通信端末にイツキからの緊急コールが入った。
「KROWさん! ノード14C周辺で、“誰かが話しかけてくる”という報告が複数入りました! 映像には映ってませんが、脳波パターンが全員ほぼ同一です!」
「言語内容は?」
「『迎えに来て』と『私はまだ、ここにいる』……どちらも音声ではなく、脳波共鳴として記録されています」
KROWはリナの言葉を思い出した。
“通信網が、人の意識にアクセスする……?”
RAIDENが背後でつぶやいた。
「……ノードが“人間の真似”してるだけならいい。だが、“誰か”がそれを操ってるとしたら?」
その可能性が、最も恐ろしい。都市のMesh構造が、見えない侵入者によって“書き換えられた人格”を宿し始めているとすれば――
NOBIのシステムボイスが、再び低く響いた。
「警告:対象ノードより再び発信。内容:『……君は、まだ届くのか』」
それは、まるでKROWたち“特別局”に宛てたメッセージのようだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
