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健康とは、自由を守ること― 私が白内障から学んだ「選択力」




第1章 夜の運転が怖くなった日

― 「まだ大丈夫」と思っていた私 ―

「最近、夜の運転がしづらいな……。」
そう感じ始めたのは、今思えば白内障の始まりだったのかもしれません。
対向車のライトが以前よりまぶしく感じる。
信号や街灯の光がにじみ、月が何重にも見えることもありました。
それでも私は、「疲れているだけかな」「年齢のせいかな」と、どこか軽く考えていました。
小学生の頃から強度近視だった私は、眼鏡やコンタクトレンズとともに生活することが当たり前でした。
長年お世話になっていた視覚情報センターで、自分の「見え方」に合わせた眼鏡やコンタクトレンズを作ってもらい、その都度調整しながら生活してきました。
だから今回も、
「眼鏡やコンタクトを替えれば、また見えるようになる。」
そう思っていたのです。

ところが、もう一つ気になり始めたことがありました。
近くの文字はよく見えるのに、1メートルほど先のパソコン画面にピントが合わないのです。
オンラインでの仕事や事務作業が思うように進まない。
画面を見続けるだけで目の奥が痛くなり、疲れがたまっていく。
仕事が進まない焦りとストレス。
「どうしてこんなに集中できないんだろう。」
そんな無力感まで感じるようになっていました。
それでも私は、白内障だとは認めたくありませんでした。
60歳という年齢を考えれば、決して珍しい病気ではありません。
でも、自分の中では、「まだ早い」という気持ちがどこかにあったのです。

一方で、子どもの頃からの強度近視。
そして、長年付き合ってきたアトピー。
「もしかすると、その影響もあるのかもしれない。」
そんな思いもありました。
だからこそ、
「まだセルフケアで何とか先延ばしにできないだろうか。」
「もう少し、自分でできることがあるのではないか。」
そんな気持ちが、ずっと心の中にありました。
この時も、「まずは自分でできることをやってみたい。」という思いの方が強かったのです。

しかし、見えづらさは少しずつ、確実に進んでいました。
それまで当たり前にできていた夜の運転が怖くなる。
仕事に集中できない。
目の疲れだけではなく、気持ちまで沈んでいく。
今振り返れば、それは単に「目が見えにくい」という問題ではありませんでした。
私から少しずつ、「自由」が失われ始めていたのです。
でも、その時の私は、まだそのことに気づいていませんでした。


第2章 「まだ手術は早いですね」と言われた

― 神様がくれた一年だった ―


夜の運転への不安や、仕事中の見えづらさが続いたことから、私は眼科を受診することにしました。
選んだのは、自宅近くに新しく開院した眼科です。
新しいクリニックだけあって、最新の検査機器がそろっており、これまで受けたことがないほど詳しく目の状態を調べていただきました。
検査の結果、先生から告げられたのは、
「白内障が進行していますね。」
という言葉でした。
正直、驚きました。
「やっぱりそうだったのか。」
という気持ちと、
「まだ60歳なのに……。」
という気持ちが入り混じっていました。
ただ、その眼科では白内障の手術は行っておらず、先生はこう続けられました。
「でも、今すぐ手術という段階ではありません。」
「もう少し様子を見てもいいでしょう。」
その言葉に、私は少し安心しました。

一方で、「では、この見えづらさとは、これからどう付き合っていけばいいのだろう。」という新たな不安も生まれました。
その日は、より度数の強い眼鏡とコンタクトレンズを使いながら、経過をみることになりました。
当時の私は、
「まだ何とかなる。」
そう思いたかったのです。
もし眼鏡やコンタクトで見えるなら、もう少し手術を先延ばしにできるかもしれない。
セルフケアで進行を遅らせる方法もあるのではないか。
そんな思いもありました。
だから、この時は「まだ手術をしなくていい」と言われたことに、どこかほっとしている自分がいました。
でも、今振り返ると、この一年は私にとって、とても大切な時間でした。
あの時すぐに手術を受けていたら、私は白内障について深く学ぶことも、自分に合った治療を考えることもなかったかもしれません。
どんなレンズがあるのか。
どんな医師に相談したいのか。
そして、自分はこれからどんな人生を送りたいのか。
そのすべてを考える時間を与えてもらえたのです。
あの時は「待つ一年」だと思っていました。
でも今は違います。
私にとってあの一年は、ただ時間が過ぎていった一年ではありません。
自分の身体と向き合い、自分の未来について考え、自分自身で納得できる選択をするための準備期間でした。
あの一年があったからこそ、私は「治療を受ける」のではなく、「自分で選ぶ」という一歩を踏み出すことができたのだと思っています。


第3章 私はまず、自分で調べることにした

― アトピーが教えてくれた「本当の情報」の探し方 ―

白内障と診断されても、すぐに手術を受ける気持ちにはなれませんでした。
むしろ、私の中で最初に湧いてきたのは、
「本当に進行を止めることはできないの?」
という疑問でした。
そして、もう一つ。
「自然治癒力で何とかならないのだろうか。」
それが、その時の私の本音でした。
私は経験から「身体には本来、自分で回復しようとする力がある」と信じています。
健康に良い生活習慣で、その力を引き出すことができる。
その思いは、今も変わりません。
だからこそ、まずは自分にできることをやってみたいと思いました。
本を読みました。
YouTubeでさまざまな医師や専門家の話を聞きました。
セルフケアも試しました。
サプリメントについても調べました。
「少しでも進行を遅らせられないだろうか。」
そんな思いで、一つひとつ試しながら情報を集めていきました。
そして、教室に参加してくださっている皆さんにも体験を聞かせていただきました。
実際に白内障の手術を受けた方。
「もっと早く手術をすればよかった」と話してくださる方。
逆に、レンズ選びをもっと慎重にすればよかったと振り返る方。
さらに、母が白内障の手術を受けた時の話も、改めて思い返しました。

ネットにはたくさんの情報があります。
でも、本当に知りたかったのは、「誰かの正解」ではありません。
私にとっての最善の選択は何か。
その答えでした。
そんな私の姿勢には、理由があります。
私は10歳の頃からアトピーと向き合ってきました。
当時は今のようにインターネットもなく、本当に知りたい情報にたどり着くことは簡単ではありませんでした。
だから、本を読み、人に話を聞き、自分で試しながら、自分の身体で確かめるしかありませんでした。
その経験は、私に一つの習慣を与えてくれました。
一つの情報だけにとらわれないこと。
さまざまな角度から調べ、自分で考えること。
そして、自分が納得できるまで答えを探し続けること。
それには時間がかかることもあります。
遠回りをすることもあります。
でも、その過程があるからこそ、自分で決めたことには迷いがありません。
白内障について調べる中で、私はもう一つ大きな気づきがありました。
それは、紫外線と白内障の関係です。
今ではサングラスをかけることも一般的になりましたが、私が若い頃は、そこまで意識されていませんでした。
目は、紫外線を直接受ける臓器です。
長年浴び続けてきた紫外線も、今回の白内障の一因だったのかもしれない。
そう考えた時、不思議と「なぜ私が…」という気持ちはなくなりました。
病気の原因を一つに決めつけることはできません。
でも、自分なりに納得できたことで、次に何をすればいいのかを冷静に考えられるようになったのです。
そして、その先で一人の眼科医との出会いが、私の考えを大きく変えることになるのです。

第4章 一人の眼科医との出会い

― YouTubeで出会った、一人の医師の哲学 ―

白内障について調べ続ける中で、私は一人の眼科医のYouTubeチャンネルに出会いました。
それが、南大阪アイクリニックの渡邉先生が発信されている「白内障ラボチャンネル」でした。
最初は、「白内障について正しい知識を知りたい。」
そんな気持ちで見始めた動画でした。
ところが、一つ見終わると、また次が気になり、
気がつけば毎日動画を見るようになっていました。
先生は、白内障の仕組みや手術のことだけではなく、眼内レンズの特徴や選び方、それぞれのメリット・デメリットまで、とても分かりやすく説明されています。
そして、その内容は常に最新の医学に基づいていました。
海外の論文や新しい技術を学び続け、その知識を患者さんへ分かりやすく伝えようとする姿勢に、私は強く惹かれました。
健康や医療は、日々進歩しています。
健康運動指導士として活動する私も、「昨日までの常識が、今日も正しいとは限らない」ことを何度も経験してきました。
だからこそ、学び続ける姿勢には深く共感しました。
でも、本当に心を動かされたのは、その知識量ではありませんでした。
先生が動画の中で、何度も繰り返し伝えられていた言葉があります。
「白内障は、単に濁った水晶体を人工レンズに入れ替えるだけの手術ではありません。」
患者さんがこれからどんな生活を送りたいのか。
何を大切にしたいのか。
その人の人生に合った見え方を、一緒に考えることが大切なのだと話されていました。
その言葉を聞いた時、私はハッとしました。
私は健康運動指導士として、カウンセリングを行う時、身体だけを見ることはありません。
これまでどんな人生を歩んできたのか。
今、何に困っているのか。
そして、これからどんな人生を送りたいのか。
そこまで伺って初めて、その人に合った運動や生活習慣を一緒に考えます。
私は、身体はその人の人生の履歴書だと思っています。
動画の中の先生も、同じように「目」ではなく、「その人の人生」を見ようとしている。
そんな共通する思いを感じました。
さらに印象的だったのは、毎日の診療や手術を行いながら、YouTubeで情報を発信し続けておられることでした。
それは単に患者さんを増やすためではなく、一人でも多くの人に正しい情報を届け、日本の白内障医療をより良くしたいという強い使命感からでした。
その姿勢に、私は医師としてだけではなく、一人の人間としても信頼を感じました。
そして、いつしか私はこう思うようになっていました。
「もし手術を受けるなら、一度この先生に会ってみたい。」
まだ診察を受けたわけでもありません。
でも、不思議とその時には、「一度話を聞いてみたい」と思えるほどの信頼が生まれていたのです。

第5章 私の目ではなく、私の人生を見てくれた

人生を支える「見え方」を一緒に考える医療

術前の最終診察では、いよいよ眼内レンズについて具体的な相談をしました。
私は、それまで保険診療の単焦点レンズにするつもりでいました。
費用のこともありますし、「白内障の手術とは、そういうものだ」と思っていたからです。
正直に言えば、深度拡張型のレンズも検討していたものの、最初の診察の時点で「私の目には単焦点レンズという選択肢しかないのではないか」と、どこかがっかりし、半ば諦めていました。
そんな私に、渡邉先生はレンズを決める前に、こう質問されました。
「武藤さんは、なぜそんなに遠くが見えるようになりたいのですか?」
その問いに、私は自分の思いをお話ししました。
健康運動指導士として、これからも運動指導を続けていきたいこと。
できれば眼鏡をかけずに指導したいこと。
車の運転も安心して続けたいこと。
そして、日々の生活をできるだけ快適に送りたいこと。
先生は最後まで話を聞いたうえで、
「費用のこともありますから、無理にこちらを勧めることはできません。」
と前置きをされた上で、老視矯正レンズという選択肢があることを教えてくださいました。
もちろん、メリットだけではありません。
見え方の特徴や注意点、考えられるデメリットについても、一つひとつ丁寧に説明してくださいました。
そのお話を聞きながら、私の中で少しずつ考えが変わっていきました。
そして、その時、ふと感じたのです。
「私にも、まだ可能性があるのかもしれない。」
さらに思いました。
「これからの10年を、乱視も矯正され、眼鏡に頼らず、快適に過ごせるとしたら……。」
「それは、私にとって、とても幸せなことではないだろうか。」
その時、初めてレンズを「価格」で考えるのではなく、「これからの人生への投資」として考えられるようになりました。
先生は、レンズを勧めたのではありません。
私がどんな人生を送りたいのかを一緒に考え、その人生に合った選択肢を示してくださいました。
だから私は、納得して決めることができたのです。
あの診察室で私が手に入れたのは、新しいレンズだけではありません。
これからの人生を、自分で選ぶという確かな実感でした。

第6章 手術当日

― どれだけ準備をしても、私は一人の患者だった ―

約1年かけて白内障について学び、自分なりに調べ、考え、納得した上で手術を受けることを決めました。
そして約4か月の準備期間を経て、いよいよ手術当日を迎えました。
白内障の手術は日帰り手術です。
しかし、翌朝一番に診察があるため、私はクリニック近くのホテルに一泊することにしました。
当日の朝は、思いがけず電車が遅れ、予定どおり到着できるか少し焦りました。
「こんな日に限って……。」
そんなことまで不安材料になるくらい、心は落ち着いていなかったのだと思います。
無事にクリニックへ到着し、受付を済ませると、点眼や点滴などの準備が始まりました。
準備が整うまでの時間は約1時間ほどあり、その間、静かに自分の気持ちと向き合っていました。
動画で何度も手術の流れを学び、心の準備もしてきたはずなのに、緊張は隠せません。
血圧も少し高くなっていたそうです。
「大丈夫。」
そう自分に言い聞かせながらも、心臓はドキドキしていました。
私は健康運動指導士として、これまで多くの方の病気や手術後の身体と向き合ってきました。
知識もあります。
情報も集めました。
だから、不安は少ないだろうと思っていました。
でも、それは違いました。
手術室へ入った瞬間、私は健康運動指導士ではなく、一人の患者でした。
診察台に横になると、最新の機器で最終確認が行われます。
レンズの度数や目の状態を確認したあと、そのまま診察台が手術台へと移動しました。
麻酔は目だけなので、意識ははっきりしています。
先生やスタッフの声も聞こえます。
視界には、まぶしい光が広がっていました。
先生から、
「顔は動かさないようにしてくださいね。」
と優しく声をかけていただきました。
私は、その光をじっと見つめ続けます。
でも、それが思っていた以上に難しいのです。
少しでも目を動かしてしまわないか。
ちゃんと最後までじっとしていられるだろうか。
そんなことばかり考えていました。
手術は淡々と進んでいきます。
途中、先生から予定どおりのレンズで進めることを確認していただきました。
ここまで悩み、考え、納得して選んだレンズです。
迷いはありませんでした。
レンズを挿入する時だけは、少し強い圧迫感を感じました。
「痛くないと聞いていたのに……思っていたよりも圧迫感が強い。この感覚は、いつまで続くのだろう。」
そんな不安が一瞬、頭をよぎったことを覚えています。
気づけば、手術は終わっていました。
眼帯をつけ、自分の足で待合室まで歩いて戻ります。
難しい手術ではありません。短時間ですみます。
でも、私にとっては人生で初めての目の手術でした。
ホテルへ戻る道中も、部屋で過ごす時間も、眼帯をしたままの生活は思っていた以上に不自由でした。
強度近視の私は、反対の目だけでは十分に見えません。
眼鏡もコンタクトレンズも使えず、「見える」ということが、どれほど日常を支えてくれていたのかを改めて実感しました。
どれほど準備を重ね、納得して決断した手術でも、手術室では私は一人の患者でした。
だからこそ、不安になるのは当たり前なのだと、そのことを自分自身の経験を通して初めて理解することができました。
そして、その不安を安心へと変えてくれたのは、これまで積み重ねてきた学びと、信頼できる先生、そして支えてくださったスタッフの皆さんの存在でした。


第7章 私は、黄色い世界に住んでいた

― 見えることは、自由を取り戻すことだった ―

翌朝、ホテルからクリニックへ向かい、術後の診察を受けました。
「では、眼帯を外しますね。」
先生のその一言に、少し緊張しました。
ゆっくりと眼帯が外されます。
その瞬間、
「えっ……。」
思わず声が出そうになりました。
明るい。
とにかく明るい。
そして、驚くほどよく見えるのです。
コンタクトレンズをつけていた頃よりも、鮮明に見えているように感じました。
「こんなに見えるの?」
それが、素直な感想でした。
でも、本当の感動は、その日から始まりました。
私は小学生の頃から強度近視です。
朝起きたら眼鏡を探す。
コンタクトレンズを入れて一日が始まる。
お風呂ではぼんやりしか見えない。
夜中に目が覚めても、眼鏡がなければ何も見えない。
それが、私にとって当たり前の毎日でした。
ところが手術後は違いました。
夜中に目が覚めても、
見える。
朝、目を開けても、
見える。
「あ、見える。」
たったそれだけで、
思わず笑ってしまいました。
お風呂でも裸眼で見える。
コンタクトレンズを外していても、そのまま生活できる。
そんな何気ない毎日が、こんなにも幸せだったのだと初めて知りました。
今回の手術は、濁った水晶体を新しいレンズに入れ替えただけではありません。
乱視も矯正され、
長年付き合ってきた強度近視も改善されました。
さらに、老眼にもある程度対応できる見え方を手に入れることができました。
もちろん、すべてが完璧というわけではありません。
それでも、「眼鏡がないと生活できない」という当たり前が変わったことは、私にとって人生が変わるほどの出来事でした。
そして、片目だけ手術をした2週間。
私は人生で初めて、左右で違う世界を見ました。
手術した目は、白く鮮明な世界。
まだ手術をしていない目は、黄色く、もやがかかった世界。
まるで、昼白色のLED照明と電球色の照明を片目ずつ見ているようでした。
その時、私は初めて気づきました。
私は、黄色い世界に住んでいた。
少しずつ進行していたため、それが普通になっていたのです。
違和感さえ感じなくなっていました。
片目だけ手術をしたからこそ、その違いがはっきりと分かりました。
「ああ、こんなにも見えにくい世界で生活していたんだ。」
その瞬間、胸がいっぱいになりました。
2週間後、反対の目も手術を受けました。
二回目は流れが分かっていたので、最初ほど緊張はありませんでした。
そして両眼の手術が終わると、世界はさらに鮮やかになりました。
夜の運転が怖くない。
オンラインでの仕事も快適。
遠くも、近くも、自然に見える。
私は、この手術で「視力」を取り戻したのではありません。
毎日の小さな不便から解放され、
行きたい場所へ行ける。
やりたいことに挑戦できる。
安心して毎日を楽しめる。
そんな「自由」を取り戻したのです。
あの日、眼帯を外して見えたのは、景色だけではありませんでした。
これからも、自分らしく生きられる未来でした。

第8章 手術して終わりではない

― 自然治癒力と医療、その両方を選ぶということ ―

今回の経験を通して、私自身の健康に対する考え方にも、大きな気づきがありました。
私はこれまで、自然治癒力を信じて活動してきました。
身体には本来、自ら回復しようとする力があります。
だから、白内障と診断された時も、本を読み、YouTubeで学び、セルフケアやサプリメントなど、自分にできることはできる限り試しました。
少しでも進行を遅らせたい。
できることなら、自分の力で何とかしたい。
それが私の正直な気持ちでした。
でも、現実には、濁ってしまった水晶体は元には戻りませんでした。
その事実を受け入れた時、私は初めて医学の力を借りるという選択ができました。
今回の経験で、私が一番学んだことがあります。
自然治癒力を信じることと、医療を信頼すること
どちらか一方を選ぶのではありません。
その時の自分の身体の状態を知り、自分にとって何が最善なのかを考え、納得した上で選ぶこと。
それが大切なのだと思います。
自然治癒力を活かせる場面があります。
医学の進歩に助けてもらう場面もあります。
大切なのは、医師任せにせず自分の身体と向き合い、その時々に必要な方法を一緒に考え選択することです。
今回、白内障の手術によって、私は「見える喜び」を取り戻しました。
そして、それ以上に大きかったのは、自分の考え方が広がったことでした。
健康とは、これが良い、これが悪いと決めつけるのではなく、バランスを大切にすることだと改めて思います。
自分の身体を知り、変化を受け入れ、今の自分に必要な選択を重ねていくこと。
その積み重ねが、これからの人生を支えてくれるのだと、私は実感しています。
白内障の手術は、私にとってゴールではありませんでした。
これからも、自分の身体と向き合いながら、自分らしく生きるための、新しいスタートだったのです。

第9章 私が学んだ「選択力」

― 主体的に生きるということ ―

この投稿を書きながら、私は一つのことに気づきました。
最初に白内障と診断されてから、実際に手術を受けるまで約一年。
当時は、「見えにくいのに、まだ手術ができない。」
そんなもどかしさばかりを感じていました。
でも今振り返ると、あの一年は私にとって、とても幸運な時間だったのだと思います。
もし、すぐに手術を受けていたら。
私はここまで白内障について学ぶことも、自分自身と向き合うこともなかったでしょう。
本を読みました。
YouTubeで学びました。
セルフケアやサプリメントも試しました。
教室に参加してくださっている方々や、母の体験からも多くのことを教えていただきました。
そして、一人の眼科医との出会いがありました。
その積み重ねがあったからこそ、私は納得して手術を受けることができました。

私は健康運動指導士として、多くの方の身体や健康と向き合ってきました。
病気になると、身体だけでなく、仕事や家族、生活、そしてその先の人生にも大きな影響を与えることを、これまでたくさん見てきました。
夫が脳内出血で倒れた時も、「今どうするか」だけではなく、「これからどんな生活になるのか」を考えながら、一つひとつ準備を進めました。
だからこそ、今回自分自身が患者になり、改めて感じたことがあります。
どれだけ知識があっても、不安になる。
迷う。
何が正しいのか分からなくなる。
だから、一人で抱え込まないこと。
信頼できる人に相談すること。
そして、自分でも学び、考えること。
そのすべてが大切なのだと思います。

今は、誰でも簡単に情報を手に入れられる時代です。
だからこそ、本当に必要なのは、情報の量ではありません。
自分にとって何が大切なのかを見極める力です。
私は、この力を「選択力」と呼びたいと思います。
選択力とは、単に選ぶ力ではありません。
自分の身体を知ること。
自分で考えること。
信頼できる人の力を借りながら、自分で決めること。
そして、その選択を自分で受け止めること。
それが、主体的に生きるということではないでしょうか。
主体的に生きるということは、自分の人生に責任を持つということでもあります。
もちろん、どんな選択にも迷いがあります。
「これで良かったのだろうか。」
そう思う日もあるでしょう。
でも、自分で考え、納得して選んだ道なら、その結果も前向きに受け止めることができます。
私は、健康も同じだと思っています。
医師に任せきりになるのでもなく、自分だけで抱え込むのでもありません。
自分の身体を知り、必要な時には専門家の力を借りながら、自分にとって最善の選択をしていく。
それが、本当の意味で自分の健康に責任を持つということなのだと思います。
健康とは、病気にならないことではありません。
健康とは、幸せに生きるための「自由」を守ること。
その自由を守るためには、まず自分の身体を知り、自分の健康に責任を持つこと。
私は、その最初の一歩をお手伝いしたいと思っています。
自分の身体を感じる。
自分で考える。
そして、自分で選ぶ。
その積み重ねが、自分らしく幸せに生きるための「選択力」につながると、私は信じています。

第10章 あとがき

― 健康とは、自由を守ること ―

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この投稿を書き始めた時、私は「白内障の体験を残そう」と思っていました。
でも、書き進めるうちに気づいたことがあります。
私が本当に伝えたかったのは、白内障のことだけではありませんでした。
健康とは何か。
医療とどう向き合うのか。
そして、自分の人生をどう選んでいくのか。
それを改めて自分自身に問いかける時間でもありました。
振り返ってみると、白内障と診断されてから手術までの約一年は、決して遠回りではありませんでした。
見えづらさに悩み、不安を抱えながらも、その時間があったからこそ、私は学び、考え、納得して選ぶことができました。

そして、この投稿を書いたことで、もう一つ腑に落ちたことがあります。
私はこれまで、「健康とは何だろう」と考え続けてきました。
健康運動指導士として多くの方と出会い、自分自身もアトピーや白内障を経験し、夫の脳内出血も支えてきました。
そのたびに、「健康」という言葉の意味を考えてきたように思います。
そして今、私の中で一つの答えにたどり着きました。
健康とは、幸せに生きるための「自由」を守ること。
見たい景色を見ること。
行きたい場所へ歩いて行くこと。
仕事を続けること。
大切な人と笑い合うこと。
自分が望む人生を、自分らしく生きること。
その一つひとつを支えているのが健康なのだと、私は実感しました。
そして、その自由は誰かに与えてもらうものではありません。
自分の身体を感じ、気づき、自分で考え、自分で選び、必要な時には信頼できる人の力を借りながら守っていくものなのだと思います。
私は「選択力」とは、単に選ぶ力ではなく、主体的に生きるために必要な力だと考えています。
主体的に生きるということは、自分の人生に責任を持つということでもあります。
もちろん、一人ですべてを抱え込むという意味ではありません。
迷った時には相談する。
分からないことは学ぶ。
専門家の力を借りる。
社会的資本を活用する。
その上で、自分が納得して選ぶ。
それが、自分の人生を大切にすることなのだと思います。
私はこれからも、健康運動指導士として運動をお伝えするだけではなく、
自分の身体を感じる。
自分で考える。
自分で選ぶ。
そんな人を一人でも増やしていきたいと思っています。
もし、この投稿が、あなたや、あなたの大切なご家族の健康について考えるきっかけになったなら、これほど嬉しいことはありません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

         健康運動指導士・がん専門運動指導士   武藤 淳子


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