『DTOPIA』 安堂ホセ
─ 第百七十二回芥川賞受賞作 ─
三月の文藝春秋を買い、私は興奮していた。一応小説家を目指している意味においての前進となる行動なのだ。
普段は、図書館で借りて読んでいるので、返す期日があるから時間を作り完読する。
だが、自分の所有物となると、いつでも会える恋人のように、最初は張り切って読むのだが、途中から御座成りになるのだった。
喫茶店に行き読書家の雰囲気まで演出したのに。内容があまりにも日常とかけ離れていて、入り込めなかった。
長い年月を生きすぎて新鮮さを忘れているのか?
読み続けられない想像力の欠如。疲れました。序盤の展開もだらだらで、私はガッカリして途中で読むのを辞めました。目に付く場所に鎮座させていたのです。
それは、季節の変わり目でもあり、私の身体は変化に馴れなければならない繁忙期。要するに小説を読むだけの余裕が備わっていなかったのです。
昨日から桜が咲いて、私の身体はようやく春を受け入れ落ち着いています。
ようやく私の『DTOPIA 』を完読。初読から2ヶ月もかかってしまいました。
一気に読みました。ラストの文章が最高です。共感しました。私たちの祖先の血の繋がりとしての生きる為の進化。
私は、世界がひとつになるには、血の混血しかないと予々思う処がありました。
それは、宗教の曼陀羅のように世界を巡ります。
鶏頭からの解放。平和を望む努力の証。男と女の意味などなど。
暴力から暴を外す『生きる力』なので、きっとそれは『愛の力』にもなり、『努力する精神の葛藤』かも知れません。
巷に起こっている血生臭い事件。それは、昔からあった事で、今が異常ではないのに、私たちは恰かも特別な事のように捉えている。
現実を真っ正面から視ている小説なんだろうと思う。
でも、それはあって欲しくない事で、私たちは平和に暮らしたい。
憎んだり、傷付けたりしない。自然な生きるものとして、この地球上に存在したいのだ。
春になれば恋をして、卵を温め子供を慈しみたい感情。巣作りの愉しさ。
生きるって素晴らしい❗
みたいに純粋な性。安堂さんは、それを文章で過激に表現している。
私たちは見た目で判断してはいけない。鶏頭ではいけない。
だからと言って馬鹿正直に信じてもいけない。この世界は弱肉強食。
強く強い精神力で切磋琢磨しているのだ。愛という名の元に。
─ 『DTOPIA 』より ─
