【note】主夫とおうち報道部、実は似ている説を検証します
はいどうも
嫁さん🐑大好き主夫です
先日、自分の文章の書き方を細かく解説したものを公開したところ、同じ書き方をするてん子さんからも同様の解説記事が公開されました
※注
書いてる本人達はオーディオコメンタリーみたいな気分になっています
面白いくらいにニコイチになってるこの2つの記事
共通してる部分を抽出再構成して、まとめっぽい文章を新たに起こすかしら
そんな事を考えていたある日
○○さんも実は同じ書き方なのでは?
という気付きが発生しましたので
その○○さんの記事と魅力のご紹介も絡めながら、私の書き方を改めてまとめてみます
ということで、本日お越しいただくのは
ちるまみー|おうち報道部📡さんです
🐧ちるまみーさんとは
ちるまみーさんは
おうち報道部(noteアカウント)の主任記者
というコンセプトで自身を定義し
『報道スタイル』という表現方法を用いて記事を構成し、発信をされている方です
おうち報道部は、
アラサー2児ママ・ちるまみーが
本気でやっている「ニュースごっこ」です。
慌ただしく過ぎていく毎日の中で、
ふと立ち止まりたくなる瞬間があります。
笑った瞬間
戸惑った瞬間
なぜか胸に残った子どもの一言。
おうち報道部は、
そうした一瞬を見逃さず、
「家庭内で起きた事案」として
丁寧に拾い上げ、
ニュースの形で記録しています。
ご紹介も兼ねて
まずは私の思うちるまみーさんの魅力を記載します
🐧ここがすごいよちるまみーさん
【ここちる①】字がきれい
ちるまみーさんの個人的推しポイントはここ
ちるまみーさんのインスタ見てみてください
字がめっちゃきれいで
絵がめっちゃ上手なんですよ!
毎回クッソ汚い手書き図を恥ずかしげもなく公開してる私とは大違いです
というか
noteもインスタもクオリティがブレず
かつそれを毎日継続されている
これって何気にすごいことだと思うんです
【ここちる②】世界観がブレない
ちるまみーさんが特にすごいのは
ちるまみー|おうち報道部📡というアカウントの中で起こることに対し
全て『主任記者』という立場で応対されること
記事が全て報道スタイルで構成されているのは勿論のこととして
ちるまみーさんの記事内のコメント
返信も全て『主任記者』として対応されてるんです
文体やスタンスに一切ブレが出ない
『おうち報道部』『主任記者』の世界観をしっかり構築している
『主任記者』としての書き方が身に馴染んでいる
思考を『主任記者』として変換するための方程式が確立されている
の何れかだと私は推測していますが
どれであろうと、私には真似のできないものだと思っています
【ここちる③】からのギャップ萌え
②とは正反対なのですが
おうち報道部を離れると素顔のアラサーママが出てくるのがちるまみーさんです
おうち報道部とは逆に、主任記者としての顔が一切出ません
そこのオンオフの使い分け
記事の外のコメントではまた別の顔として交流を持てることに、魅力を感じる方も多いのではないのでしょうか
【ここちる④】公平である
『おうち報道部』は家庭内で起きた事案を取り上げるというスタンスのもと
ご本人のうっかりもしっかりと題材にされています
主任記者とは
取り上げる題材を選べる立場にあります
母親の努力や、父親への不満など
自分にとって都合の良い報道に注力し
都合の悪い情報を握り潰すことは可能です
しかしちるまみーさんは、それをされません
あくまで『家庭内で起きた事案』という視点から、題材を取捨選択されています
その結果、読者はちるまみー家の情報を様々な角度から得ることができ
ちるまみー家をより身近に感じられる設計となっています
【ここちる⑤】ツッコミ待ちが仕込まれている
例えばこちらの記事
その後21時過ぎ、
自宅で晩酌中に第二の事案が発生しました。
(中略)
妻が苛立ちを示す中、
夫は腹を抱えて笑い、
「才能やな」と発言。
妻はこれを
第二のハラスメントと認識しています。
この一節だけでも
『ちるまみーさんご本人が晩酌好きな可能性』という情報の匂わせ
ご主人への何とも言えない感情
この2点がふんわりと仕込まれており
気づいた人が「オッ」となれる仕掛けとなっていて、そこを糸口にコメントへと誘導し、読者との関係を深める設計となっています
私はこの表現方法を
『絶妙に隠す気のないド直球なホンネ』
と表現していまして
ちるまみーさんご本人からは
「報道という鎧で隠せていると思っていた」
という証言を得ています
【ここちる⑥】報道スタイルという発明
割りとこれはすごい発明だと思っていて
私が文章を書く上で結構悩むのは
過去の自分との整合性
過去に自分が否定したこと
過去の自分の主張したこととの矛盾
あれ?
ちょっと前に言ったこととの辻褄があわないよ?
みたいなことを気にしだしてしまうと
自縄自縛に陥って身動きとれなくなるときがあります
その点
『報道スタイル』は発生したことを書き、自分ではない誰かから聞き取ったことを客観的に書くというもの
整合性に縛られる必要がない(取材対象のせいにできる)ので、その点で文章が格段に書きやすくなっていると考えています
🐧はみばっちょとの共通点は?
さて、ここから本題
(前振りが長いぞと、てんの声)
私とのどういった部分と共通点を感じたかです
🐤ネガポジを一定にしている
なので、暗い話を明るくするために
逆に言うと、明るすぎる話をポジハラ認定されないように若干明るさを落とすために
内容の明るさや重さを一定のラインに調整するために、『躍動感』や『臨場感』につながる表現で調整しています
私は『躍動感』『臨場感』という表現方法により、文章がネガポジどちらかに傾きすぎないよう調整していますが
ちるまみーさんは『報道スタイル』という表現方法によって、調整をかけていると見ています
『報道スタイル』とは起こったことを客観的に取り上げた書き方ですから
起こったことの『良い面/悪い面』どちらを強調さるかを書く際に選べる、コントロールに適した書き方だと思います
🐤一歩引いた視点から書いている
仮にはみばっちょの本名を『エクセル小林』
ちるまみーさんの本名を『ドスコイ花子』
とした場合
私の書き方って
はみばっちょという『アカウント』がエクセル小林という『人物』を題材にあれこれ書いている
みたいな感じなんです
なのでよくよく読むと
自分のことなのに何処か他人事のような、一歩引いた視点からの書き方をしてるんです
ちるまみーさんはもっと分かりやすく
おうち報道部主任記者という立場から『ドスコイ花子』を題材にした取材記事を書いている
そんな書き方
自分を一歩引いたところから客観的に書くということは、文章に自分の感情を乗せづらい面はありますが
他方で、自分の感情に飲まれず客観的に書ける
ということで、実は上記ネガポジコントロールの補強となるスタンスだったりします
🐤隠せない欲しがり感
上記【ここちる⑤】でも触れましたが
確信的にツッコミ所を文章に仕込んでいる、ちるまみーさん
はみばっちょも同様であります
このツッコミ所とは
『○○さんなら食いついて来そうだな~』
みたいな具体的個人を想定する場合もあれば
『ここには誰か食いついてくれるかな~』
みたいにターゲットを定めない場合もあり
何れにしても
仕込まない人は全く仕込まない
むしろ肌感的には、仕込む方が少数派
ということで、仕込む派欲しがりちるまみーさんに親近感を覚えずにはいられません
🐤そもそも素直じゃない書き方
私及びてん子さんに共通し、ついでにちるまみーさんに共通するであろう最大ポイント
起こった出来事、書きたい事象を
素直に言葉にせず独自の変換装置に通して文字にしていること
この変換装置というのが
私及びてん子さんの場合『平成を拗らせたもの』
皮肉や比喩やボケを仕込まずにはいられない
そしてちるまみーさんの場合は『報道スタイル』
報道言語と構文に置き換えて思考を再構築
使っている変換装置が違うだけで
やっていることは同じなんです
最初にここに気づいたときに、ちるまみーさんへの親近感が一気に急上昇し
ついでに、ちるまみーさんの中の人が文章を通して見えるようになりました
🐧何でここまで見えたのか
お約束ではありますが
ここまでのちるまみーさん評は私の独自解釈です
私が好き勝手書いてるだけです
外れてたら赤っ恥というものです
しかし、なんでここまで妄想考察で書けたか
それは私、ちるまみーさん、そしててん子さんも
自分の言葉で毎日振り絞って書いてるからではないでしょうか
私とてん子さんは100%お手製で文章を書いていますが
(でないとこんなに毎日拗らせられまへん)
確認したところ、ちるまみーさんもAI使用は校正程度で、毎日お手製で記事を仕立てているとのこと
AIが悪い訳ではないですし、使いこなせる方が賢い生き方なのは分かっていますが
それでも、自分の脳ミソをフル回転させて、毎日お手製で作り上げているものの数々
それは、継続して読むと後ろにいる人間や価値観が透けて見えるものですし
それこそが物を書く醍醐味の1つではないでしょうか
正直なところ、ちるまみーさんやてん子さんに対しこういった点を見出だすまでは
『バズりが正義』『インプレッションが正義』
な価値観から抜け出せないでいましたが
自分が書いたものを通して、価値観や手法が自分と共通する存在を得る喜び
最近はそこのところが強くなっています
そんなわけで
私の思う
ちるまみー|おうち報道部📡さん紹介
ちるまみーさんの中の人考察
ちるまみーさんをダシにした自分語り
でした
ちるまみーさん、これからも楽しい報道をお待ちしてます!
