成人した子どもへの影響③ 息子の涙と「餓鬼畜生」―その連鎖から降りる決意
民法は通じない
夫と夫の家族は餓鬼畜生の道を選んでいた
私は息子の話を聞きながら、
法律の条文では説明できない違和感が、胸の奥に溜まっていくのを感じていた。
これは、法の問題ではない。
人として、何が見えているのかという問題だ。
そう思った時、
「民法は通じない」という感覚とともに、
餓鬼畜生という言葉が、腑に落ちた。
ロールキャベツと息子の話
私の作り過ぎたロールキャベツを、もらってくれないかと夫と暮らす息子にメールをした。
入院前日はおかゆセットになるので、食べ残すのはもったいない。作ってから2、3日は食べていたが、さすがに食べきれなかった。
しかも今日は、少し早いクリスマスディナーの楽しみとして、フレンチのオードブルを予約していた。1.5人前の量だとお店の方から聞いていたから、今夜と明日はそれを食べる予定だった。
〜DV状態では判断力が奪われ、
別居はその状態から抜け出すための“回復の入り口”になります。
回復は一直線ではなく、体と心が少しずつ戻っていく過程です。
DV講座で、回復には別居して、好きなことをする、好きなものに触れる、
自分が心地よいと感じる空間に身を置くことが大切だと聞きました。
別居後も相手の生活がどうなっているのか気にならないわけではありませんが、
今はそれよりも、自分の回復を優先する時期だと考えています。
私はこれまで、すべてを我慢して家族のために生きてきました。
だからこれからは、好きなことをする、と心に決めています。
節約のために毎年クリスマスケーキを手作りしていましたが、
今年はやめました。
特別な料理も作りませんでした。〜
日曜日に返信はなかったが、今日は「入院前で食べられるものが限られている」と付け加えて連絡すると、来てくれることになった。
そして、食べて帰るということで、息子は私の作った料理を、私はオードブルを食べた。
息子は、フレンチは冷たいから要らないと言い、「お母さんの料理を食べるの、久しぶりだね」と言って、喜んでくれた。
息子は、本命の大学受験直前に夫から心無い全否定の言葉をかけられて以来、
家族で食事を一切しなくなった。
大学進学後、帰省しても家ではほとんど食べず、外食する日々だった。
もしかしたら、それは彼なりの心の抵抗だったのかもしれない。
私が夫婦のことを洗いざらい話し、
離婚に至る理由を打ち明けて以来、
息子は少しずつ私を信用し始めたようだった。
離婚の原因を話をしたあと、
夫が裏で印象操作をしていたことを打ち明けてくれた。
幼い子どもは、
どちらを信じたら良いのか分からなくて、
どちらも信じられなかった。
それは私が夫との本当の事を打ち明けてから、
ゆっくりと話してくれるようになっていた。
私は、父親として息子が落胆するような内容は、あえて伏せてきた。
絶えず口論になる夫婦の家庭環境の中で、
息子は
「どうしてお母さんは、お父さんに解決方法として正論を提案しても、話が終わらないのだろう……」
と、
見て考えていたそうだ。
息子は、私より、ずっと大人だった。
そして、幼い頃を思い出して涙ぐみながら話をしてくれた。
自我が芽生えた頃から、私の居ないところで、
夫は子どもに圧力をかけて、支配(DV)していたことを知りました。
夫婦喧嘩を見せて面前DVをするほかにも、別のDVもしていたのか…
私は守っているつもりで、守りきれてなかった。
息子の仲の良い友達が、
奥さんに対して横暴なのを目の当たりにしたそうだ。
友達に、それはダメだと言っているのだと言う。
友達は、子煩悩だと言う。
とても可愛がっている。
しかし、子どもに自我が芽生えた頃、
奥さんにするように厳しい事を言ったり、
理不尽なことをするのではないかと心配していた。
自分のように辛い思いをしないように、
『子どもの相談相手になるんだ。』と、
涙ぐみながら話してくれた。
よほど辛かったんだろう。
だから、
小学生になってから息子は心のシャッターを下ろしていたのか…
やっと理由が分かった。
夫は、
近所の公園に連れて行ったり、
体遊びをしたり、
肩車をしたり、
親らしいことをすることはなかった。
子どもが小学生の頃から支配しようと、そんなことに力を注いでいたなんて…
そんなに子どもに勝ちたいのか?
家庭の中で一番偉くなりたいから、
愛する我が子を傷つけていたとは…
やはり家庭を持ってはいけない人だったのだと、改めて思った。
食事をしながら、供養後に起きた息子と夫の話を聞くことになった。
姑の話は供養後の食事でも聞いていたが、
今回あらためて夫の言動を聞き、
あの母子(夫と姑)は人間としてどうなのだろう……と、
確信に近いものを感じた。
目の前にいる23歳の若者が困っているかもしれない、ということにすら、思いが及ばない人たち。
夫が提示していた「扶養に入れるためのプレゼン」が行われたようだった。
ただでは扶養に入れてはやらない、という考えのため、息子は紙に書いた文章を提出して話し合いをしたとのことだった。
日頃から夫は、
「なぜか、妻子の話は信用できない」
そう口にしていた。
夫婦で話した内容はほとんど覚えていない。
理解できないというより、
最初から受け取ろうとしていないようにも、
今なら思えた。
息子は、仕事を辞める前に、私に助けを求めてきた。
「仕事を辞めるから、家に住まわせてほしい」
もちろん、この話は夫にも伝えている。
だが夫は、「住まわせてやる」という一点だけを想定していたのだと思う。
まさか、
住む家と、水道・ガス・電気だけを無償で提供すれば十分
だとは思っていなかったのだろうか。
息子は、
・自分の国保・健保
・食事
・日用品
・身の回りのこと
すべてを自分で賄っていた。
私は、その状況に強い違和感を覚えた。
同時に、夫の感覚にも。
ここは、会社なのだろうか。
それとも、家庭なのだろうか。
生活を「最低限のインフラ」だけに分解し、
人が生きる現実を切り捨てていく。
相手の立場や不安、これから先の見通しには目を向けず、
「用意した」「与えた」という事実だけを積み上げていく。
この感覚こそが、
私には餓鬼畜生そのものに見えた。
夫の社保と健保の扶養に入るために必要な書類はすべて渡したから、
今日は本社に送ってくれていると思う、とのことだった。
理解はできないが、扶養に入れてもらえたのなら前進ではある。
息子の税理士になる夢を父として素直に応援できない。
その現実に、身を削られる思いではあるが、仕方がない。
無償の愛は、ないのか。
息子が感じていたことを、私は代弁する形で理解していった。
家族の中でも利益主義。姑とそっくりな思想。
自ら家族のために身を削ったり、お金を削ったりすることができない人。
今、バイトの面接をしている状況で無収入の息子。
その食事代を気遣う言葉すら、かけない父親。
9か月後に学校に通い始めれば、バイト代が減るだろうから援助してほしいと息子が相談すると、「食費などは負担してあげる」と口約束をする父親。
息子は「助けてくれる」と言われながらも、決して信用しないように、自分の身を守っていた。
― 成人した子の扶養は、家庭ごとに判断が分かれる部分ですが、
親として一定の責任があることは法律にも示されています。
以下の記事にも記載していますが、
私は息子に家族カードを渡し、最低限の生活が守られるよう支えています。
現在、息子が生活に困窮する状況ではありません。
※【補足】
成人した子の扶養については誤解が多い部分ですが、
民法877条では、直系血族に扶養義務が定められています。
もっとも、その内容や程度は家庭の事情によって判断されます。
夫と息子の話。供養の話。
餓鬼畜生
「餓鬼畜生」という言葉を、私が聞いたのは水子供養のときだった。
三本の線香には意味があり、その説明の中で、僧侶がさらりと使った言葉だった。
そのときは深く考えることもなく、ただ耳に残っただけだった。
鬼畜
しばらくして、友人にメールを書いているときのこと。
ふと、「姑と夫は鬼畜だ」という言葉が頭に浮かんだ。
感情的になったというより、長く積み重なったものが、一言で形を持ったような感覚だった。
でも、そのまま吐き出す気にはなれなかった。
私はそこで、
「鬼畜とは何だろう?」
「餓鬼畜生とは?」
「餓鬼道に落ちる人とは?」
と、言葉の意味を調べてみた。
仏教における生き方の表現
調べて知ったのは、これは単なる悪口ではなく、仏教における「生き方の状態」を表す言葉だということだった。
「餓鬼道」とは、どれだけ与えられても満たされず、欲し続け、奪い続け、感謝に辿り着けない状態。
「畜生道」とは、立場の強い方に従い、弱い方を踏みつけ、考えることや共感を手放して生きる状態。
そして「鬼畜」とは、そうした状態が重なった言葉なのだと知った。
私のいた世界
調べていくうちに、「だからあの親子は餓鬼道だ」と言いたくなったわけではない。
ただ、満たされなさが連鎖する関係、
誰かを犠牲にして成り立つ安定——
そういう構造が、
静かに重なって見えただけだった。
私は誰かを裁きたかったわけではない。
自分が、どんな場所に長く居続けてしまったのか。
なぜ、どれだけ尽くしても救われなかったのか。
その理由が、感情ではなく、言葉として理解できた気がした。
餓鬼道、畜生道
餓鬼道や畜生道は、
死後に落ちる場所ではなく、
生き方の状態だと言われている。
ならば、そこから離れることも、自分で選べるのだと思う。
私は、誰かを変えることはできなかったけれど、
そこから降りることは選べた。
今は、その選択を、静かに肯定している。
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このnoteでは、
・言葉にできなかった違和感
・自己犠牲から距離を取るまでの思考
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