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相手に誠実でいると生きづらかった―境界線③

ー妹のLINEで気づいたこと


― 正しいことほど、人を疲れさせる ―


『部屋の中の象』に気づいたあと、
私の中で一つの結論にたどり着きました。

今日はそのことを書いてみようと思います。


最近は、重くならないように気をつけていた。

自分が少しずつ変わってきたこと。
分かってきたこと。
子どもが自立を決意したこと。

私は、前向きな報告を送っているつもりだった。

けれど妹から届いたのは、

最近、体調良くない。
私のLINE読むと気持ちが引っ張られるし、疲れるから、しばらくは急用以外連絡控えて欲しい。

というLINEだった。

正直、ショックだった。

私はもう、重い話はしていないと思っていたから。

なぜだろうと、何度も読み返し、考えた。


私は、嘘が嫌いだ。

パートナーとは対等で、
強い信頼関係を築くものだと思っていた。

何でも正直に話せる関係でないなら、
結婚している意味がないと考えていた。

だから、相手の言葉を本気で受け止めた。
流すことができなかった。
自分の意見が通らなくても、
責任感から一緒にい続けた。

家族を捨てるという選択肢は、持てなかった。

私はクリーンでいようとした。

その価値観自体は、間違っていない。

ただ、その前提が共有されていなかっただけだ。

夫は何でも言い合える関係=自分は我慢しない。と言うことだった
それを私は理解していなかった。

夫は自分に正直なだけだから、
信頼関係が第一な私には刃物になって帰ってきた。

夫にとっての「何でも言い合える関係」は、
私が思っていた信頼関係とは違っていたのかもしれない。

わたしは価値観が一緒だと思って結婚してしまったため、
夫と信頼関係を構築しようと努力してしまったのだ。

相手は仕事が忙しいとか、スパルタで妻子に対応するのが良いと言い続け、本当は逃げていただけなのに、
それを私は本心ではないと思えなかった。

何か私に言えない闇があるのか?育った環境のせいなのか?
私の愛情と責任感があれば、
夫はきっと人間らしくなると思って努力した。

信用してしまったフィルターを外せず、
仕事が忙しいのではなくて、育った環境のせいではなくて、
夫は、私とは違う価値観で生きている人だった。

それを受け止めることができなかった。


子供が幼稚園の年齢の頃、
当時の生活は、決して余裕があったわけではなかった。

税込年収は400万円以下。
月の手取りは20万円ほどだった。

私は保育園に子どもを通わせながら、週5日のパートに出ていた。
その頃から片頭痛も発症していた。

毎日を回すだけで精一杯だった。

そんな中、夫は「小遣いが2万円では少ない」と実家に相談に行った。

後から、その話を夫から聞かされた。

当時はただ、つらかった。

そして息子が高校2年生、大学受験を控えていた頃。

世帯の税込年収は500万円ほどになっていた。

決して安いとは言えないが、夫単独の年収では、大学進学後に仕送りをして妻子を扶養するには難しい現実。

世帯年収なら、2人で働けば大学進学も可能になった。

リーマンショックで年収が下がり、月収20万から10年かけて、やっと月収手取30万に戻った。

夫が家で自分の憂さ晴らしをするのをやめてくれない。年末から年度末に荒れるが、ちょうど入試の時期とリンクする。
このまま、家事を手伝わせれば不満で余計荒れるし、私が全部背負えば片頭痛が1ヶ月間続き、薬で治らなくなり退職してしまう危険があった。

夫次第の家庭環境を打破するために、
私の一人分の家事を減らしてもらい、
夫の感情に振り回されず子供へ影響しない生活を提案した。

1年間、実家に戻って欲しいと、夫に頼んだ。

夫が自分をコントロールできるなら別居せずに済ん。
しかし、
夫が心を入れ替えると宣言しても、
夫の機嫌は2週間も持たない。

実家に戻ってもらって、
夫は1年間ではなく、1ヶ月で実家を追い出されて戻ってきた。

そのとき、私は義父からの電話で、こう言われた。

「あなたが仕事をやめるか、家事を夫にやらせないか、どちらもできないなら離婚しなさい」

さらに、家族会議をするから私の母を連れてくるようにとも言われた。

義父は、教育費は全額奨学金でまかなうべきだとも言っていた。

離婚しても、援助するつもりはないという姿勢だった。

当時は、ひどい父親だと思った。

けれど今なら、少し違う見え方もする。

義父は、自分の息子が家庭を協働で支えるタイプではないことを理解していたのかもしれない。

そして、その前提が変わらない限り、どこかで限界が来ることも感じ取っていたのかもしれない。

私は「努力すれば築ける」と信じていた。

でも義父は「性格は簡単には変わらない」と見ていた。

前提が違っていたのだと思う。

私は母とともに、夫の実家には行かなかった。

それは問題を解決するのではなく、
ただ引き延ばしただけだったのだと、今は思う。

相手の価値観は変えられない。

結婚したら全員家族のために生きると思っていた。

浮気する人は理性をコントロールできない人で、そもそも論外で、家庭人ではないと思っていた。

そんな他に女を作っている義父でも、息子と私の性格を分かっていたのだろう。

それでも私は、協働できる形を探し続けた。

信頼関係を築こうと、
無理をしてでも支えようとした。

でも、前提が違う場所で頑張り続けることは、
確実に心身を削っていく。

体調を崩したのは、
私が弱かったからではなく、
抱え続けたからだったのかもしれない。



世の中には、

表では合わせながら裏で調整する夫婦もいる。
早く見切りをつける人もいる。
深く受け止めない人もいる。

それは悪ではない。

ただやり方が違うだけ。

私は、それができないタイプだった。

私はクリーンでいたかった。

もし相手も同じ価値観だったら、
うまくいっていたかもしれない。

でも一つだけはっきりしていることがある。

支配は、価値観の違いでは乗り越えられない。

誠実さや努力で解決できる問題ではない。

だから、見切りは必要だった。



妹のLINEは、拒絶ではなかった。

「もっと生きやすくなれるように」

その言葉の意味が、やっと分かった。

生きやすさとは、
正しさを貫くことではなく、
自分を守ることだった。

私は誠実だった。

ただ、境界線を持たなかった。

これからは、誠実さを自分を守るために使う。

価値観が成立しない関係に無理に留まるより、
一人のほうがいい。

距離を取るのは、逃げではない。

強さの向きを変えるだけだ。


型で整理してみた

私は、誠実前提型・正面突破型だった。
  •   対等であることが前提
  •   本音で話し合う
  •   嘘をつかない
  •   問題は正面から解決する
  •   家族は運命共同体だと考える

だから、流せなかった。

一方で、世の中には
柔軟現実型・消耗回避型の人もいる。
  •   全部を受け止めない
  •   正論で戦わない
  •   無理なら距離を取る
  •   自分の生活を崩さない

これは冷たさではない。
自己防衛。

私の話は誠実前提型の言語だった。

でも、柔軟現実型の人が聞くと、

「そこまで背負わなくてもいいのに」

となる。

だから共感が返らなかったのかもしれない。

どちらが正しいわけではない。

ただ、誠実前提型が
支配型と組み合わさると消耗する。

それだけのことだった。


私のように、深く考え、誠実に生きようとすると、傷が深くなることもあります。

誰かが全部を分かってくれることは、きっとない。

それは冷たさではなく、人の限界なのだと思います。

だからこそ、強く傷付いているときは、身近な人だけに頼らなくていい。

女性相談などの専門機関を、選択肢のひとつに入れてみてください。

今までの関係性の中で抱えてきたものを受け止めてもらうには、
相手にも限界があります。

専門家は、あなたの人生を背負わない代わりに、
安全な距離で話を聞いてくれます。

そして、自分を苦しめている思考の癖を、少しだけ緩めてみる。

誠実さは、あなたの強さです。

その強さを、これからは自分を守るために使っていく。

私も、まだ練習の途中です。


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