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【社交ダンス小話】①競技ダンスに飛び込んでみたらプリけつになった話💃

15年にわたるアマチュア競技人生を、夢中で過ごしてきました。

悲喜交々、書きたいことがあんまりにもたくさんあって、うまく書こうとするときっと永遠に書けないだろうな、という予感がするので、思いつくままに五月雨式に書くことにしました。

父と母が夢中になっている社交ダンスを、ちょっとダサいな、くらいに思って育った私の中で、社会人になって随分経ったある時、突然「踊ってみたい!」というスイッチが入りました。なんだか、自分の中の「踊りたい」というDNAが突然目を覚ましたようでした。

そういえば、私の母方の曾祖父は、かつて「銀流し」と呼ばれていたそうで、盆踊りで踊るたびに、女性たちによくもてたそうです。あんまりもてすぎて、曾祖父に似た子どもがあちこちにいたそうです。そしてとうとう、「銀流し」は妻と子どもを置いて駆け落ちしてしまいました。そのせいで祖父は、それはそれは大変な苦難に満ちた人生を歩むことになるのですが、そのお話はまた別の機会に。

さて、銀流しと父母からのDNAに導かれ、私はいくつか社交ダンスサークルを見学してみました。ベーシックだけでなかなかステップを教えてくれない教室や、なんだか雰囲気が怖いサークルがあったり。なかなか自分に合う場所がありませんでしたが、ようやくあるサークルに落ち着きました。

そのサークルでは、年に一度、他サークルと共同で開催する模擬競技のイベントがありました。
年間を通して習ったステップを生かしてフォーメーションのお披露目をしたり、ラテン・スタンダード合わせて10種目の競技を行い、本当の競技さながら順位を競ったりしました。
フォーメーションとは、何組かで同じ振り付けで演技をする、ショーのようなダンスです。衣装も合わせたりするので、統一感があって、見ていても楽しいです。

さて、そのサークルの競技会イベントに参加するために、サークルの仲間たちと、かつて池袋にあった「アカデミーダンスホール」というところに行きました。「ダンスの練習場」なるものに行ったのは、その時が初めてでした。

初めてのダンス練習場では、所狭しと、すごい勢いでダンサーたちが踊っていました。なんだろう? 競馬かな? と思うスピードでした。
こ、怖いよ……でも、カッコいい!

この時、リアル競技に出てみたいな、と初めて思ったのでした。
あのダンサーたちみたいに、ぷりっとした上向きのお尻になりたい!

さて、現在では、閉鎖に次ぐ閉鎖で、もはや社交ダンス練習場はほとんどなくなってしまいましたが、かつてたくさんあった練習場では、更衣室と大きなフロアがあり、スタンダード5種目の曲の後には、ラテン5種目の曲が流れていました。一種目に付き2曲ずつかかります。

スタンダード5種目とは、ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、クイックステップ、そしてヴェニーズワルツで、ラテン5種目は、ルンバ、チャチャチャ、サンバ、パソ・ドブレ、ジャイブです。

各種目ごとに踊っているダンサーを、絶対に邪魔してはいけません。
例えば、ラテン種目の曲が流れている時にスタンダード種目を踊ってはいけません。逆もしかりです。すごい勢いで反時計周りに進んでいくカップルたちと、フロアの各所でアクロバティックなペアダンスを繰り広げるカップルたちが同時に踊っていたら、大惨事になることは間違いないでしょう。

シャドウと言われる自主練や、カップルで動きを合わせるだけの場合は、メインフロアで踊っている人たちを邪魔しないように、すみっこで小さく練習します。

スタンダードは、フロアを反時計回りに進みながら踊ります。これをLOD(ライン・オブ・ダンス)と言います。ラテンには明確なLODはありませんが、パソ・ドブレやサンバも進行方向があるダンスなので、だいたいLODに沿って踊ります。ルンバやチャチャチャ、ジャイブは、フロアの好きな場所を決めたら、そこを中心にして踊ります。

どのダンスにも、見ている人を意識する「面」というものがあり、例えばカッコいい決めポーズなどは、必ず観客に向かってポーズします。

初めての模擬競技会は楽しく、なんだか賞ももらった気がします。それに気分をよくした私は、本当の競技会に出てみたいな、と思いました。

たまたまサークルの模擬競技会のルンバとジャイブ種目で組んだ今の相棒は、ラテンのD級選手でした。パートナーとカップル登録を解消したばかりで、一緒に競技に出るパートナーを探していました。それで、とりあえず一緒に競技をやってみることにしたのです。

その時は、まさかダンスのリーダーが人生の相棒になるとは思いもしませんでした。

相棒が習っていた先生から、2人でカップルレッスンを受けることになりました。
毎週か隔週でレッスンを受け、週末は予習復習も兼ねて練習し、3か月に1回のペースで試合に出ていました。

試合用のルーティーン5種目すべてに、先生が振り付けを考えてくれました。1種目につき、4回〜6回ほどのレッスンで完成しますが、それを覚えただけでは競技で踊れません。細かいボディムーブメントを教えてもらい、リード&フォローで作り出せる最大の動きの幅を追求します。

不思議なことに、一人では作り出せない動きの幅が、2人のテンションがあると、びっくりするぐらい広がるのです。でも、それができるようになるためには、何度も何度も踊り込んで、ルーティーンを理解していかなくてはなりません。競技に出たいと思っても、すぐに出られるものではありませんでした。

また、級が上がっていくにつれて、振り付けも高度な動きに変化していきます。新しいルーティーンを覚えるのは大変でしたが、夢中になりました。
とても楽しかったです。

ルーティーンで踊れる種目を一つずつ増やしていって、完成したら、5種目をぶっつづけで踊る練習をします。これは試合対策で、めでたく決勝まで残った暁には、5種目をぶっつづけで踊らなくてはいけないからです。
もう倒れるかも、死ぬかも、と思いながら、最終種目ジャイブを爆発するように踊れば、もう勝ったも同然です。例え上位に残らなくても、決勝を踊り切った時の喜びは最高でした。

7センチのヒールで踊り続けるというのは、かなり過酷で、血豆ができ、外反母趾は悪化しました。ペアダンスというのは危険と隣り合わせで、リードアンドフォローよりもルーティーン重視で踊っていると、お互い覚えている振付が違ったりしたときに大変なことになります。一瞬で腕が逆にひねられたり、受け取ってもらえるはずの場所にいてもらえなかったり。また、当たってしまった手や腕で怪我をすることもよくありました。練習中は2リットルのペットボトルを一人1本空けてしまうくらい汗をかきます。

練習や試合の後は、倒れるように眠りにつき、ふくらはぎがつって悲鳴を上げて飛び起きることがよくありました。そのうち、ふくらはぎの筋肉がもりもりと盛り上がってきて、たぷたぷしていたお腹も、キューっと細くなっていきました。そして、いつの間にか、念願の、ぷりっとした上向きのお尻を手に入れていました。

思い返してみると、ダンスは最高のダイエット大作戦だったのではないかな、と思います。

ダンスを辞めて5年以上経ちました。
15年かけて築き上げてきた「踊れる身体」も、シンデレラの魔法が解けたトドのようです。人間って、こんなに太れるんだ、と我ながらびっくりしています。階段ではゼイゼイと息切れし、身体の厚みが3倍くらいになりました。

踊らなくなったことで、旅に出たり、ブログを書いたりする時間ができましたが、永遠に失ってしまったものは、わりと大きかったなあと、今さらながら思います。

それは、キラキラとした青春だったのかもしれませんね。


さて、次回は
「ラテン5種目はこの曲で踊りたい!」
という話を書いてみようかな、と思います。
おそらく、もう少し、ダンスの話が続きます。

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