サザンオールスターズの「デビュー記念日」に、私が「あの青」の狂気について考える理由。
今日、6月25日はサザンオールスターズのデビュー記念日。
1978年のこの日、あの衝撃的な『勝手にシンドバッド』で
彼らが日本の音楽シーンに産声をあげてから、ちょうど48年が経ちました。
SNSのタイムラインが「結成記念日おめでとう」の言葉や熱いメッセージで埋め尽くされているのを眺めながら、私は色彩心理を学ぶ身として
ある一つの「色」について考えていました。
サザンといえば、誰もが思い浮かべるのは
「湘南の海」、そして鮮やかな「青(サザンブルー)」ですよね。
でも、なぜ彼らの音楽は半世紀近く経っても
全く色褪せることなく私たちの心を掴み続けるのでしょうか?
単に「夏や海が似合うから」という爽やかな理由だけではない
色彩心理が仕掛けた「ちょっと狂った罠」について、お話しさせてください。
「青」という色が持つ、あまりにも残酷な二面性
色彩心理の視点から見ると、「青」はすべての色の中で
最もスリリングで、感情の振れ幅が大きい色です。
澄み切った青空や海のように、私たちの心をオープンにし
爽快感や圧倒的な高揚感を与えるポジティブな顔。
その一方で、英語で「Feel blue(憂鬱になる)」と言うように
「深い孤独」「哀愁」「静かな狂気」を呼び覚ます、冷たいネガティブな顔。
相反する2つの感情を
1つの身体の中に同時に抱えている色。
それが青なんです。
48年前の今日、放たれた「青」の正体
サザンオールスターズの音楽の本当の凄さは、デビューしたその瞬間から、この「青の二面性」を完璧にコントロールしていた点にある、と私は思っています。
誰もが理性を捨てて大騒ぎするようなアッパーな夏ソング
(まさにデビュー曲の『勝手にシンドバッド』や『波乗りジョニー』など)であっても、メロディの裏側や歌詞の端々には
どこか「祭りのあとの寂しさ」や
「いつかは通り過ぎてしまう季節への焦燥感」が
冷たい影のようにべったりと張り付いています。
逆に、胸を締め付けるような切ないバラードの中には
じっとりとした熱い情熱が宿っている。
私たちの脳は、サザンの音楽を聴くとき
「最高に楽しい青」と「最高に切ない青」という
真逆の刺激を同時に流し込まれているのです。
だからこそ、私たちは聴くたびに感情のキャパシティを狂わされ
一瞬で心が持っていかれてしまう。
48年間、誰もあの「青い沼」から抜け出せないのは
結成当時から変わらない
この二面性に脳がハックされているからではないでしょうか。
[私の感覚]:私が描くAIアートと、サザンの青
AIを使ってたまに「青」のイラストを生成している私ですが
実は一番作るのが難しいのが
このサザンの音楽が持つような「熱を孕んだ、切ない青」です。
AIは「南国の濁りのない海の青」や「静かな冬の夜空の青」を
データの通りに美しく正確に描き分けることは得意です。
けれど、人間の泥臭いエゴや
夏の終わりに感じるあの言語化できない虚無感を
一枚の「青」のグラデーションに落とし込むの
、データには不可能な領域だな
とサザンの曲を聴くたびに少しの敗北感と、確かな感動を覚えます。
情報もエンタメも、すべてが「完璧に加工」されて流れてくる時代。
だからこそ、私たちはあの、どこか歪みを含んだ
サザンの「青」に、48年目の今日も救われ続けているのかもしれません。
もし明日、あなたの街やスマホからサザンの曲が流れてきたときは
耳だけでなく、あなたの心の中に広がる「青の濃淡」に
少しだけピントを合わせてみてください。

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