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少しお茶をしないか。

 昨月に、疲れとストレスがあいまって、心の調子を崩してしまった。しかし、倒れてしまうという段階ではなかったため、週末に診察に行った。主治医からも、心の調子を崩しかけているように見えると診断され、業務の軽減をする診断書を書いてもらった。診察を受けている時は、心身ともに疲弊していた。そのせいなのか、診断を受けたとき、どんな感情で受診したのかわからないでいる。薬は安定剤を2種類服用することとなり、安定はしてきている。
 しかし、このままの自分ではいけないと焦っている自分が今でもいる。それが、つもりに積もってしまい、職場で涙があふれてしまいそうになる時もあった。
 その焦りや不安があるせいか、無理に一人暮らしの物件を探したり、本をいつもより多く買ってしまっていた。もっと、いろんなことを知ったり、いろんなことをできるようにならなくてはならないと考えていた。しかし、その気持ちと体がついていかず。結局不動産屋さんに押さえてくれていた物件をキャンセルし、読み切れていない本が積みあがっていくばかりだった。

 このままではいけない…、このままではいけない…、もっと頑張らないと…、周りの人たちに突き放されてしまう…。まるで、進む体力がなくなっている駅伝ランナーのような気持ちで日々を過ごしていた。
 そんな日々を過ごしていたある日、心の調子が悪くなったことを伝えていた読書会のメンバーのユウキさんと、読書会で出会った同メンバーのてるこさんと一緒に食事会をすることになった。きっかけは、自分の心を崩したときに、ユウキさんにSOSのメッセージを送った。それを読んだユウキさんは、てるこさんと一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。その誘いを受けたときは、嬉しい気持ちで溢れていた。だが同時に、誘ってくれた人たちに、迷惑をかけるのではないのかと考えてしまった。しかし、心のなかで霧ががった森をさまよっていた。そんな森を、一人で抜け出すのは困難だと思った。誰かに相談したら、この森の中を抜け出せるかもしれない、そう思ってユウキさんに「すみません。ありがとうございます」と、食事会に行きたいのか、行きたくないのかわからないようなメッセージを送った。

 食事会当日、食事会の開催場所である、てるこさんの自宅について、荷物を置き、少しゆっくりさせてもらった。その後、てるこさんが用意してくれた餃子のタネで、ユウキさんとてるこさんと一緒に餃子を包んだ。お話をしながら、包んだ餃子を食べたあと、てる子さんは、僕が持参したお米で、ご飯を炊いてくれた。その後、炊いてくれたご飯と、てるこさんが用意してくれたチゲ鍋を食べながら、読んだ本や最近のことについて話した。
 最後のデザートを食べるとき、僕の現状について話した。ユウキさんとてるこさんは僕の話を聞いた後、頑張ることや成長に固執している社会の風潮のことを話してくれて、成長とか頑張るとかは考えなくていいことと、嫌いなことを引き受けて頑張ることはしなくていいといってくれた。
 また、話していくうちに、様々なテクノロジーの発達や教育システム、社会システムの成熟が、"頑張る"という風潮をつくり、私たちを苦しめているかもしれないかもしれないということも話した。テクノロジーが発達すれば、労働時間が減るという経済学者の予言とは裏腹に、成長するたびに増えていく仕事。偶然性のあるものが薄れていきつつあるテクノロジーで、様々なことを”頑張らないといけない”という風潮。それは、カメラオブスクラのように、幸せになる手段が、苦しみの種となっているのかもしれない。その話をした後に、僕は日本には自己責任の風潮が広まっていることに不安があることを伝えた。それを聞いたてるこさんは、NYに旅行をしたときの話をしてくれた。

 てるこさんがNYに旅行をしていた時に、日本で東日本大震災が起きた。大きくて黒い波がまちをのみこんでいく映像をNYのテレビでみたという。その後、フライトが動くかどうかも、ジャパニーズタウンがどこにあるのかもわからない状態で、NYの街を迷っていた。そんなときに、現地の方が手を差し伸べてくれたおかげで、無事に日本へ帰国できたという。その話をした後に、窮地にたったときは誰かがきっと助けてくれるから、と優しい声で伝えてくれた。
 その話を聞いたときに、心の奥底で絡み合っていた糸がほどける音がした。今まで助けてきてもらった日々だが、自分で何度かしないと周りの人から見放されてしまうような気持ちになっていた。でも、いつか窮地に置かれたときは誰かが助けてくれる。そんな経験を忘れ去っていた。それをもう一度思い出すことができた。

 その後、てるこさんは、小さい頃の自分が写った写真に話しかけることによって、自分の状況やしたいことを見つめ直すことができるよと教えてくれた。その後、お話をしながら、てるこさんが淹れてくれたお茶を飲みほした後、携帯の時計を見ると18時00分を回っていた。僕とユウキさんは帰ろうとしたときに、てるこさんはついでに散歩もかねてと言って、最寄りの駅まで送ってくれた。

駅の改札前で、てるこさんと別れ、帰りの途中の駅でユウキさんと別れた後、僕はある曲を思い出してヘッドフォンを耳に当てて、スマホでその曲を再生した。聞いた曲は鳥兎さんの「こころの生き物」という曲だった。 

 人は常に傷つけあう生き物ではない。人は必ず他者の幸せを願っているこころの生き物だ。そのことを、今回の食事会で実感することができた。

 その翌日、神社の宮司さんと投稿した写真について話した後、よく通っているカメラ店にて、プリントを頼んでいた写真を取りにいった。その時に、50mmの単焦点レンズが、中古の商品棚に陳列されているのを見ていた。そのレンズは欲しいレンズの一つだ。そのレンズは、通常のレンズよりもf値を下げられるもので、花の写真や人物などにフォーカスをしやすいレンズだ。しかし、決めていた予算をオーバーしてしまう。僕は、ものに執着してしまうタイプで、欲しいものはすぐにでも欲しくなってしまう。いったん考えようと、通っている美容室に傘をとりに行った後、買うのか買わないのか頭を抱えて悩んでいた。
 頭から手を離し、顔をあげると、霧の立った森の中にいた。夜になる前なのか、霧が青紫に染まっていた。どこに行けばいいのかわからないので、必然と一人で立ち尽くしていた。すると、一人の小さな男の子が霧の中なかから現れ、僕に歩み寄ってきた。現れた子どもは、僕の小さい頃と瓜二つのような姿だった。その子は、何かが欲しいのか、口を尖らせながら、僕を見つめていた。「何か欲しいの」と、その子に問いかけると、その子は「うん。でも、いまはほしいものをかうことができないんだ。みんなはもっているのかもしれないのに…」と鼻をすすりながら答えた。僕は、その子の姿を見て、欲しいけど手に入らない、みんなが持っているかもしれないのに、自分だけ持っていないという、もどかしい気持ちがすごく伝わってきた。僕はその子を抱きしめた後、「悔しいね。でも、いつかきっと手に入れることができるよ。もし、手に入ることができなくても、また違うもので補うことができるよ」とその子を諭すように話した。

 子供は、僕の背中に手をまわして「うん…」とうなづいた。僕は、鼻をすする音が聞こえなくなったときに、その子の手を優しくほどき、霧の中の森を見渡していた。すると、「おーい!」と叫ぶ声が聞こえた。声の聞こえた先を振り向くと、すこし離れた場所で、焚火をしている人たちが見えた。一人は、パイプをくわえており、着古した緑色の服を着た旅人。もう一人は、不機嫌なのか、顔をしかめている娘だった。旅人は「この森は霧だっていて、いつ晴れるのかわからない。だから、少しお茶をしないか」と、座っていた丸太に手を置いて話しかけくれた。これ以上先に進んでも迷うだけだと思い、男の子の手をつないで、霞みながらも揺らめいている火のある場所へ向かった。
 連れてきた男の子と一緒に丸太に座ると、旅人は2つカップに、紅茶の入ったパックを入れて、焚火で熱していたポットのお湯を注いだ。お湯を注いで少し待った後、スプーンで紅茶の入ったパックを取り出し、紅茶の入ったカップを僕と男の子に手渡した。僕は、それを手に取った後、仕事のことや、ものに執着してしまうことことを正直に話した。それを聞いた旅人は、「ものに固執してちゃ、あのおばあさんみたいに、本当の自由を得られないんだぜ」とからかっているのか、少しにやけながらいった。しかめっ面の娘は、「あなたはいつまでも億秒でいたら、そのうち透明人間になった子みたいに、自分が消えてしまうわよ。自分の意見をぶつけることを覚えなさい」と少し荒げた声で言った。しかし、二人とも僕の目を見て話してくれていたので、きっと僕のことを思って話しているのだと思い、その言葉たちを、心のなかで受け止めた。
 僕は、霧の立った森の先をみて、「この霧はいつ晴れるんでしょうか。」とボソッと言った。それを聞いた旅人は人差し指を真上にさし、「上を見上げてごらん」と僕たちに言った。僕はそれに従い、顔を上に上げると、夜空いっぱいに散らばった星々と、まぶしく光った月の光が見えた。その夜空に見惚れていた時に、旅人は「こうやって夜空が見えているんだ。だから、いつかきっと晴れるさ。長く待つことも、大切な時があるんだぜ」と、焚火の火を見ながら、ぽつりと言った。僕は、その言葉を信じて、カップに入ったラズベリー風味の紅茶を少しずつ口に運んでいった。いつかはきっと晴れる。そう信じて、揺らめく焚火の火を見つめるのだった。


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