【シリーズ第4話】弟に年金通帳を奪われた母ーそのツケは、全部私が払わされた
「弟がとっていった通帳を返してもらえない。
電気も水道も止まりそうな親を助けたのは、“都合のいい長女”だった。」
6年間の空白の間に…
私と母は、あることをきっかけに、6年間ほど疎遠になっていました。
お金のこと、家族のこと、あまりにもいろんなことが重なって、距離を置かずにはいられなかったのです。
その6年という月日の間に、弟が母の年金通帳を「預かっといてやる」と言って持ち去ったという。
「おかんが持ってても、ATMの使い方もわからんやろ?」
「お金欲しい時は俺が一緒に行ってやるから」
母は、「そうかもしれへんね」と、何となくその言葉を信じてしまった。
でもその通帳は、二度と戻ってはこなかった。
生活が苦しくなって、母が「返してほしい」と頼んでも、
弟はなんやかんやと理由を並べて返さなかったそうだ。
弟は、自分の家のローンが返せなくなることを心配していた。
それを聞いた母は、自分たちの年金から、二ヶ月に一度、こっそりお金を渡し続けていたのだった。
生活費は、父の年金と、母の月7万円ほどのアルバイト代。
ギリギリの暮らしだった。
それでも──
「弟の家が取られたら大変だから」と、母は弟をかばい続け、助け続けた。
でもその結果、苦しくなったのは、親の方の生活だった。
「返すって言ってたから」
「まさかこんなことになるとは思わなかった」
母の言い訳がむなしく響く…
電気も水道も止まりそうだった
通帳が返ってこない。
年金が引き出されていても、記帳もできない。
頼みの綱のはずの年金が使えない中で、
なんとかふたり分の生活をやりくりしていたが、もうそれは時間の問題だった。
いつしか電気も水道も、滞納。
電話も止まりそうになった。
アルバイト先の休憩時間、缶コーヒーを買うのにあと10円が足りなくて買えなかったときはそっと涙を流したそうだ。
死んだほうが楽かなとまで追い込まれていた母
あまりにやつれていて、最初は別人かと思った。
部屋には督促状の束。
父は認知症が進みかけ、会話もままならなかった。
母はアルバイトでなんとか生活を繋いでいたけれど、それも限界。
目を伏せて、ぽつりとこぼした。
「もう、死んだほうが楽かなって思ってたんよ」
そして今――
通帳の行方もわからないまま、借金と請求書だけが積み重なっていた。
この続きでは、
「母が弟の家から通帳を探し出した日」
「暗証番号を変えて、弟の支配から抜け出した瞬間」
「今、私が通帳を管理している意味」
を赤裸々に書いています。
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