【考えごと】過剰なおそれと安心
行政のお墨付きを得たネーミングは、時に周りの人を必要以上に怖がらせてしまうことがあるのだと感じました。
1.ことのはじまり
少し前ですが、個人的にちょっと考えさせられる騒動を目にしたので、それを題材に、思うところを書いてみようかと思います。
難しい法律論や判例を持ち出して専門家然として語るつもりはなく、感覚的な話です。
ある地域の商工会が、その地域に点在する飲食店に対して、あるネーミングの使用料を請求した、という話が急にニュースに上がってきました。
そのネーミングは、その地域名と商品「焼そば」を単純にくっつけたもの。
10数年前から地域内の飲食店等がそのネーミングを使って焼そばを販売・提供していて、地域内外にはいわゆるご当地グルメとして一定の地位を得ていたようでした。
そして、2017年に地域の商工会がそのネーミングについて商標登録を取得。
行政のお墨付きである登録商標というカードを持っていることを根拠に、いわばそのネーミングは商工会の持ち物なのだ、お金を払ってくれと、言い張ったわけです。
飲食店が使用料を払わずにネーミングを勝手に使ったら、権利侵害。
最悪は損害賠償にまで発展すると匂わせられてしまうと、ネーミングを使うのをやめるか、使用料を支払うかの二択か、ということにならざるを得ません。
勝ち取った商標登録を根拠に使用料を請求して、商工会の監視のもと、適正に地域内でそのネーミングが使われるように働きかけるというのはよくある話なのかもしれません。
ただ、今回ことさらにこの件が取り上げられたのは、そのネーミングの商標登録がされたのが2017年とかなり前で、そこから数年経って急に使用料請求を突きつけてきたという唐突感が一つにはあったのだと思います。
おそらくその地域の飲食店の多くは、そのネーミングが商工会の登録商標として守られていることを知らなかったでしょうし、すでにそのネーミングを知らずに長らく事業を進めてきた飲食店にとっては寝耳に水だったことでしょう。
登録(出願)と同時の警告ならともかく、そこから8年も経ってから、降ってわいたような使用料請求というのはあと出し感が否めないでしょうし、支払うのには抵抗があります。
一方で、使用料を払わないかわりに商品のパッケージやチラシなどからそのネーミングを一切削除するというのも大変な話です。
しかも今回のネーミングは「その地域名」+「焼そば」というごくごくありふれた、使い勝手の良いなまえなので、ヘンなことをしていないのにそのネーミングが自由に使えないというのはどうもおかしいように思います。
えっ普通に使えないの?と。
商工会側の事情はさておき、ちょっと横暴を感じざるを得ないというのは、少なくとも感情論としては残ります。
この騒動、結果として、その登録商標はよくよく見たら指定商品・役務(どの商品やサービスに対して使われる商標を守るかの指定)の中に、飲食店でのそのネーミングを使った「焼そばの提供」は含まれていなかったため、飲食店は使用料の支払いを免れ、一方で道の駅などでお土産的に焼そばを販売することについては指定商品に入っていたため、当初どおり使用料を払うことが必要になったということでした。
線引きが明確になり、支払うべきお店が使用料を支払ったりネーミングを変えたりしたのか、その後のトラブルもさして報じられず、事態は一応沈静化したものと思われます。
2.残念な結末
この件を目にしたとき、時として「商標登録」は望まない人までも傷つけてしまうのではないかということを感じました。
支払い請求された飲食店の中には、ネーミングの使用料を支払いたくないから、支払い請求がされてすぐにお店のメニューからそのネーミングを削除してしまった、という飲食店もあったようです。
先に書いたように、商工会が取得した登録商標の効力は、飲食店でのその焼そばの提供には及ばないため、知らんぷりして使い続けても問題はなかったのですが、その飲食店としては別名称を選択したということでした。
本来、商標登録がなされるのは、すでにあるネーミング(これに限りませんが)に対して、他の人があえて紛らわしいネーミングを使って、そのネーミングが誰の持ち物であるかわからず世の中が混乱してしまうのを防ぐ、という目的が一つにはあります。
今回は、その地域内の飲食店が、メニューの一つとして提供するご当地グルメにそのネーミングをつけて一定期間販売等してきたわけで、いくら商工会といえど、いくら登録商標といえど、誰かが混乱しているとは考えにくいです。
複数のお店が同じネーミングで焼そばを販売していたとしても、それを目にした我々一般客は、そのネーミングは誰か特定の持ち物というよりは、もうこの地域全体の共有物なのだと捉えるはずです。
自治体によっては商工会や組合など地域を束ねる組織が率先してネーミングの誕生から運用まできっちり管理するところもあるのかもしれませんし、この度の商工会もそういう感覚で使用料を徴収したのかもしれませんが、順番や根回しの妙で、全国的なニュースになるほど炎上してしまった。
利害や思惑が様々な事業者をそのネーミングのもとにまとめて、地域内のブランドを確立するために取ったであろう商標登録だったはずが、かえって地域内で事業者の分断を招いてしまう結果となりました。
傷つく人も多かったでしょうし、なんというか、非常にやるせないできごとだと思います
3.商標への誤解
必要以上に人を傷つける原因として、「商標登録」という言葉から感じる重さがあるのかなと思いました。
自分も商標について法律的なことを全く知らないときは(今も知っているかと言ったらそんなことはありませんが)、あるネーミングや屋号などがひとたび商標登録されれば、一切合切そのネーミングを他人が使うことはできないのだと思っていました。
商標登録をする側の目線でいえば逆に、自らのネーミングなどを登録をすることで、だれも触れられない万全な盾を手に入れたような感覚を得るのだろうなと思っていたのです。
ただ、法律を少しずつ勉強していくと、商標登録は思っているほど堅い盾ではないことがわかってきました。
例えば、指定商品や指定役務はどの範囲であるか。
商標登録出願の時に、守ってもらうことを望む商品(役務)がどの商品までかというので、権利範囲は変わっていきます。
ネーミングがどれほど周知なものなのかによっても、侵害(ロゴなんかの場合はパクリといったほうがいいかもしれません)が成り立つか否かの判断は変わってきますし、一見パクリに思えても、その表示の仕方や訴えられる側の正当な反論によって、責任を免れることも少なくありません。
特に今回のネーミングのような「地域団体商標」は、仮に他の人が無断で使っていたとしても即侵害が成立しにくい性質があります。
というのも、今回のネーミングというのは、その地域名+焼そば(普通名称)みたいなありふれたものなので、その地域の事業者なら使いたい人も多かったはず。
事実、多くの飲食店は地域おこしのためにこのネーミングを焼そばに採用していました。
ところが一転して(抜け駆けして)誰かが商標登録してしまうと、自由に使えなくなってしまう。
これは善意の事業者にとっては非常に理不尽な話です。
普通の商標なら一企業だけの利益ということになりますが、それと同じように地域団体商標を縛ってしまうと限られた人しかそのネーミングが使えず、いっこうにネーミングも育ちませんし、地域おこしも成り立たない。
商標登録をしてしまうことが、いち事業者だけの問題にとどまらず、地域全体への不利益へとつながります。
したがって、こうした商標というかネーミングは、本来ならば登録して誰かひとりに独占させるべきものではないはずなのです。
それなのに制度上例外的に登録を認めている。
こういうちょっと矛盾した性質を持っているのが地域団体商標なので、善意で使っている人までも侵害とされないような手当てがいくつかなされています。
例えば、2017年の商標登録出願より前から継続してそのネーミングを使っている飲食店などは、そもそも使用をする権利が発生しているはずですし、ありふれたロゴやネーミングにはそもそも商標の効力が及ばないというような規定もあります。
もしかしたら、そうした規定がありつつも、飲食店のそのネーミングの使用が侵害と疑われてしまう可能性があり、使用料を支払うことは避けられない状況だったのかもしれませんし、もっと込み入った事情があったのかもしれません。
ニュースで聞きかじったくらいの情報をもとに判断することはやめて、この程度の記載にとどめておきます。
ただ、ともかく言いたかったのは、他人が商標登録したからといってその使用を断念したり言われるがまま使用料を支払ってしまうのはあまりに早いということです。
しかし、商標登録という言葉の重みが、使用をためらわせてしまった。
登録商標に対しての、使いたい者の過度なおそれと、登録した者の過度の安心とが重なって、強固な防護柵が完成してしまっています。
染みついた誤解を解くことは簡単なことではないかもしれませんが、本来守るための制度が善意の誰かを傷つけることがなくなればなぁと思うばかりです。
ところで、この件に関しては、商標などのトラブルがあった際の、駆け込み寺としての弁理士の知名度の低さや、そもそもの間口の狭さも気になりました。
このあたりはまた別の記事で触れたいと思います。
