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あえて健康を語る(病気編)

題名の通り、今回は「健康」を語ります。
内容は、よくある健康ライフハックでも偉人の言葉を使った自己啓発でもありません。
書こうと思ったきっかけは、後述する体験から1年が経ち、この1年で健康に対するわたしの価値観が大きく変わったからです。

自分の体験なので、誰の参考にもならないけど経験したわたしだけが言える「健康」を語ってみようかと思います。

「当たり前」ができなくなった1ヶ月

ちょっと本題まで長くなりますので、前編後編に分けます。
「あえて健康を語る」後編(こちらが本編)もご興味があれば読んでいただけると幸いです


突然の体調不良 

AI画像。仕事にイベントに予定盛り沢山でした

1年前の5月末、私は予定をパンパンに詰め込んでいました。
初めて市のバドミントンの大会に出たり、友人と旅行に行ったり、ピラティスを始めてみたりと毎日がすごく楽しかったし、イベントを一つ一つこなせるよう緊張と安心を繰り返しながら過ごしていました。

そんな生活をしていたある朝、違和感程度の頭痛を感じました。
普段頭痛をほとんど発症しないため(おかしいな…)と思いましたがその日も予定があったので休むことはせず外出。当日は友人と中野に出かけましたが、どんどん頭が痛くなってきて夕暮れ頃には頭を抱えるほどの痛みに悪化していました。

(はー、頭痛ってこんなにしんどいんだ…)という感覚で、歩くのにもふらふらになりながら何とか帰宅。
なんとなく微熱も出てきたので(風邪ひいちゃったかなー?)と休まなかったことを反省し、その日は気絶するように眠りました。

が、ここからが・・・


悪夢の始まり

まさにここからが「悪夢の始まり」でした。

AI画像。こんなかわいいもんじゃなかったけどイメージ

気絶するように眠ったはずが、頭痛がどんどん悪化していき痛みで目が覚めてしまいます。同時に突然の吐き気と嘔吐に襲われ落ち着いてはまた眠り、気持ち悪さと頭痛で起き、嘔吐してまた落ち着くと眠る…そんな地獄のようなループを1時間おきに繰り返しました。

吐き気が辛かったので(…変なものでも食べたか?)と思いましたが、便意はないし食事にも思い当たることがありません。

もう嘔吐もできないくらい胃の中が空っぽになりますが、気持ち悪さは変わらず…。
ほとんど寝ることができず朝を迎えました。
この時はまだなんとなくでしたが、カーテンから漏れる朝の陽の光にわずかな不快感がありました。

朝を迎えても症状は治まらず、吐き気と頭痛、微熱から徐々にあがり、38度になりました。
当時はインフルエンザを疑いましたが動ける気力がなく、まずは市販の薬でどうにかならないかと眠って解熱に努めました。

謎の症状を発症してから3日後。

動かず食べずだったからか吐き気は落ち着いたものの、頭痛と熱はどんどん悪化していきピークは40度になりました。

いくら休んでも市販薬でも症状が楽になることはなく、カーテンから漏れる光が眩しすぎて目や頭が痛くなる症状も出てきました。

この光程度でも不快感と目の奥が激痛になりました…

フラフラになりながら必死にカーテンを閉じたのを覚えています。


わたしを病院へ連れてって

家族とは離れて暮らしていたので誰にも頼らずに何とかしようと思っていましたが、自力ではもう考える余裕もない程しんどく、症状が一向に良くならない事に不安を感じ、職場の先生に車を出していただき病院へ連れて行ってもらいました。

この頃には歩くだけで息も絶え絶え、動くと吐き気が再開し止まってはその場に座り込み、診察室まで向かうのも肩を貸してもらうほどに弱り切っていました。

総合病院も混んでおり、やっと呼ばれて案内された先が謎の処置室…。
そこで受けた診断とは…!

「髄膜炎ですね。このまま入院です」

なに?…ズイマクエン?

え…入院????!

😯

まさかの即入院でした。

みなさん髄膜炎はご存知ですか?
髄膜炎とは(Wikipediaに飛びます)

【症状の簡単な解説】
髄膜炎にはメインの「重度の頭痛」に加え3つの特徴があります。
①首がガチガチに硬くなる症状(項部硬直)
②急な高熱
③意識障害

…だそうで、首はわからなかったけど高熱とフラフラとした意識障害もあったように感じます。
そして羞明(シュウメイ)という明るい光を不快に感じたり嫌がる症状も髄膜炎に該当するらしく、ほとんど当てはまっていました。←これが陽の光が眩しかった要因と後々気が付きます。

(自覚症状だけでなく腰椎穿刺もやって診断を受けました)

髄膜炎は命に関わることもありますが、わたしの場合はウイルス性髄膜炎という髄膜炎の中でも比較的軽症(軽症…?本当に軽症?)の病気でした。

ネットの情報には『1週間から2週間で自然に治る』との事でしたがウイルスの炎症を抑える特効薬はなく、免疫力で回復していくのを待つ対症療法しかないとのこと。
いつ治るのかわからない不安の中、痛みに耐える時間が始まりました…。

私にとって初めての入院…いきなり入院と言われて準備もしておらず頭がパニックでしたが、頭が痛いほうがしんどくて「とにかくこれが治まれば何でも良いです!よろしくお願いします!」と変なテンションの私(今思えば失礼)

AI画像。私はもっとニヤニヤにしてたと思う

診察室のベッドから病室に向かうためにストレッチャーで運んでくれたイケメン看護師さんに移動中話しかけまくってた気がします笑
「いやー、まさか入院とはねぇ。初めてなんですよ〜はははー!」とアドレナリン全開でした。


痛みへの恐怖

応急処置の点滴と痛み止めのおかげで症状が落ち着きましたが、これらが切れると再び激痛に見舞われ、震えるほどの寒さと頭が割れるような感覚を繰り返し経験しました。

当時の写真…余裕そうに見えるけど身内へお知らせするために撮った精一杯の一枚。写真を撮ろうと思う余裕がなかった…。

薬の効果は6時間。その後4時間以上は同じものを服薬できず、点滴の液体が尽きる様子をベッドから眺めてまたあの痛みが来ることへ恐怖を感じていました。
「先生の指示がないと処方できないので、ちょっと待っててください」と看護師さんに言われて、そのちょっと(多分10分くらい)に絶望を感じるほど本当に辛かったです(看護師さんは悪くない…)

連続で飲み続けてはいけない強いロキソニンを絶えず飲みたくなるのは後にも先にもこの時だけです(…そうであってほしい)

きっかけは栄養ドリンク

入院前から吐き気のせいもあって食欲がなくなりましたが病院でもそれは変わらず、配膳いただく際に起き上がることも挨拶するのも億劫になってしまいました。
起き上がるとフラフラしてしまい頭を高い位置に置くのが本当に辛く【食べる<じっとしている】方が優先度が高かったのです。
トイレに立ち上がるのも最小限控え、どうしても行く場合は気合を入れてベッドから10歩程度の病室外のトイレにハァハァ息を切らしながら向かっていました。

AI画像。水だけはいつもすぐ飲めるところに置いていた。

吐き気を治めるための水だけは常にベッドの横に置いて吐かないお守りのように頻繁に摂っていました。
今思えば、若干ですが痛みと吐き気への不安症にもなっていたように思います。

何も食べずに1週間がたった頃、ついに栄養士さんが登場。

イメージだけどこんなふうに見えた笑

どうしても食べられない(起き上がれない)旨を伝えると栄養ドリンクに切り替わり「これだけでも頑張って摂ってください」と伝えられました。

栄養ドリンク125mlを必死に起き上がって飲み、飲み切れた時はとても嬉しく、誰かに褒めてほしいと思った記憶があります。(健康な時は一瞬で飲みきるのにね)

このドリンクが飲めるようになったのがきっかけで気力が湧き、入院して10日目にしてやっとシャワーにも入れる許可をもらえました。


シャワーを浴びるってこんなにしんどいのね笑

ベッドから病室横のトイレまでしか歩行が許されてなかった私が、ついにシャワーの許可をいただきました…嬉しい。

病室のすぐ外にあるトイレへ動くのも一苦労でしたから、ナースステーション裏のシャワー室に向かうまでなんて、大冒険でした。

移動に一生懸命な私が、立ってシャワーを浴び続けることなんか耐えられず、コンビニ前にたむろしてるヤンキー状態で髪の毛と身体を洗いました。

鏡に映る自分の姿は見たことがないほどやせ細っていて正直ショックを受けましたが、久しぶりに浴びたお湯はどんな温泉よりも気持ちが良かったです。

椅子にもたれ掛かり濡れた髪を休み休み乾かして、壁伝いにゆっくり自室のベッドに帰って来られた途端…感じたことのない全身への疲労感と同時に喜びや達成感、幸福感に包まれました。

復活の兆し

炎症の数値は未だに下がらずすぐには退院できませんでしたが、ドリンクを飲みきれてシャワーに入れた達成感からどんどん気持ちが上がり「早く帰りたい、これまでのような生活に戻りたい」という気力が湧いたように感じます。

まだ起き上がることも呼吸が乱れてふらついていましたし、歩くのも壁伝いや時々座り込まないと無理でしたが、頭の痛みは徐々に落ち着いてきて薬の量を減らしても1日生活できるようになってきました。

AI画像。それでも椅子には座れなかったなぁ…

お世話になったドリンクから少しづつ固形の食事に変えて、初めて配膳を完食できたのは入院して12日目の朝。

朝食後は、入院して3回目の検査が控えていましたのでこれを乗り越えるには食べて元気だよとアピールしないと!!と必死に完食し、数値の変化に緊張しながら検査を受けました。 


結果は…退院決定!!(仮)

検査結果はいまいちでしたが、痛みが減っていることや動けるようになったこと、そして精神的に参っていたため一旦帰って様子を見てもいいですよ。と担当医から告げられ脳内で阿波踊りをしました(実際は「あ、ありがとうございます…(小声)にこ^^」が精一杯)


当日の検査結果。


ただ、まだ数値が安定していないので1週間後に再検査で再び一泊入院することになりました。

退院日は入院してから13日目の朝、時系列で言うと明日の朝です。
(明日の朝!?)と思いましたが、帰れることが本当に嬉しくあれだけ嫌がっていた翌日の朝日が待ち遠しかったです。

退院当日、なんとか手続きを済ませお世話になった看護師さんたちにお礼を伝え無事に一時退院。

帰りの送迎バスでは病室の窓から見ていた街を歩く人々と同じ目線にいる自分に感激し、静かに涙していました笑

ただいま。

こうして退院し一時帰宅が決まったものの、本当の『健康』への向き合い方はここからが本番でした。


後編へ続く

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