「ニャロメのおもしろコンピュータ探検」赤塚不二夫先生1982年
ネットの無かった時代、情報を入手するのは書籍以外にありませんでした。しかし読解力の未熟な小学生に難解なテーマは難しい…そのニーズに応えた「学習漫画」は日本が生んだ誇るべき文化の一つだと思います。今回はその中でも隠れた名作『ニャロメのおもしろコンピュータ探検』をご紹介します。
❶図書館にあった貴重な学習漫画

第1巻『ひらけいく宇宙 天体の動き 人工衛星』は宇宙ブームもあって大人気に。図書館で何度も読み返しましたが、ある時ゴミ捨て場にあったのを回収して保存しています。
お金のなかった小学生の頃、宝の山だった図書館で「思いがけない一冊」に巡り合った感激は未だに忘れることが出来ません。現在でもネットの大海を彷徨っている最中、思わず素敵な記事を発見したりすると、あの時の遠い彼方の記憶を思い出します。

僕は当時から重度のマンガ中毒でしたが、母上にマンガの購入を厳しく制限されていて毎日禁断症状に喘いでいました。ですから図書館で大っぴらに読める「学習漫画」は片っ端から読破していましたね。やはり同じような人は大勢いたらしく、どこの図書館でも人気で貸出状態だったことを覚えています。

やはり圧倒的な人気だったのは1972年からの超ロングセラー「学研まんがひみつシリーズ」
愛らしい絵柄の内山安二先生の「コロ助の科学質問箱」や「できる・できないのひみつ」はエンタメと解説のバランスが絶妙で、学習漫画の頂点とも言えます。
現代の少年がタイムスリップして忍者修行をする「忍術・手品のひみつ」などの隠れた名作も多いですね。どの作品も暗記するほど読んでましたよ。皆さんもお気に入りの1冊があったのではないでしょうか。

そのような中で1981年に出版された「ニャロメのおもしろ入門シリーズ」はニャロメが学識で口の悪い解説役、バカボンのパパがボケ役になるという分かりやすいフォーマットで人気作品に。他にも赤塚先生キャラが総登場するのも魅力でした。


このシリーズも図書館で読んだんですが、テーマや内容がやや大人向けで、小学生の頃にはほとんど理解できませんでした。その中の一冊「ニャロメのおもしろコンピュータ探検」もかなり専門的な内容だったため、あまり印象に残っていません。
これは名著すがやみつる先生の『こんにちはマイコン』が、ナイコン族の小学生にも理解できる超初心者向けだったのと対照的だったと思います。こんにちはマイコンはボロボロになるまで読み返しました。
しかし大人になってから改めて読み返してみると、コンピュータ成立の歴史からプログラムの進化など多角的に解説されており、物凄く読みごたえがありました。特に10年後の1990年の未来の将来予測は、現在の視点から見ても非常に精度の高い内容で驚かされます。また『こんにちはマイコン』に比べビジネス寄りの描写が多いので、1982年当時パソコンが日本社会でどのような立ち位置だったのかを知る貴重な資料という側面もありました。

ちなみにすがやみつる先生によると、赤塚不二夫先生ご本人はタッチしておらず、赤塚先生の長年のブレーン役だった長谷邦夫先生が中心になってまとめた本とのことです。だとすると、この「はじめに」と題された前口上も長谷先生が書かれたのかもしれませんね。
ぼくは今年の夏、日立製作所の中央研究所へ行ってきました。
中略
「……そう、コンピュータは、やらせようと思えば何でもやらせることができるでしょうね。ロボットだろうが、グラフィックスだろうが、その可能性に限界はない。しかし結局、それを作るのも使うのも私達人間です。人間の生活の役に立たぬものは、どんな性能があろうとも、意味が無いように思えますね。要するに浴衣がけでビールでも飲みながら、気軽にコンピュータを生活の中で使えるようにしていくのが私達の仕事ですよ」
先生はそうおっしゃいました。
まさにそのとおりでしょう。最先端の研究者たちは、超LSIからジョセフソン素子の実現へ向かっています。そしてガリウムを使ったものもいずれ実用化すると聞きます。それらが一体どんなもので、どんな働きをするものなのか。まるで何もわからずに、ぼくはこの作品を書き始めました。
最初のコンピュータはどういうきっかけから作られるようになったのか?「機械語」とは何なのか?プログラミングとは?
ぼくが持っている一つ一つの、最も素朴な疑問を、ぼく自身で調べ、ぼくに答えるところから、探検を始めたのです。その結果が、こうして一冊の本になりました。ですからこれは、コンピュータ大陸探検日記ですね。素晴らしいコンピュータを、ぼくたちの車や自転車のように気軽に使いこなす時代が、すぐそばにやってきています。
この本は、あなたが、その第一の扉を開けるためのキッカケ作りの、お手伝いをします。さあ、あなたもコンピュータを「食べて」みませんか。
長谷先生は文学青年だったそうですから、この惹きこまれる詩的に美しい文章にも納得がいきます。それでは僕達も1982年にタイムスリップして「コンピュータ大陸探検」に挑戦しようではありませんか。
❷コンピュータと進化の歴史




お話は全体として出版された1982年の10年後である1990年代に、どこまでコンピューターが進化していくのかを問う内容になっています。
前半は1600年代のフランスの数学者パスカルの発明した歯車式計算機まで遡り、コンピュータと進化の歴史をハードとソフトの両面から解説してくれています。
真空管を使用した「第一世代」トランジスタに発展した「第二世代」。そして1965年頃から集積回路を使用し、コンピュータが急激に普及しはじめた「第三世代」までをニャロメとパパが楽しく辿っていきます。


また出版された1982年に開始された通商産業省肝いりの国家プロジェクトで、人工知能コンピュータの開発を目的に総額540億円の国家予算が投入された「第五世代」についても言及があります。「世界で最もリードしている分野です」とのコメントには複雑な心境になります。

「第三世代」においてPC界の巨人IBMの台頭する様を赤塚先生の独特のギャグタッチで表現しているのですが、IBMに怒られなかったのでしょうか。前述したとおり日立の研究所の方々が監修されていたようなのですが、彼らがIBMをこのように見ていたのかと思うと、つい笑いがこみあげてきてしまいます😁

ハードの進化に付随してプログラミング言語の進化についても解説があります。僕は中学校のパソコンクラブの先生の「機械語やアセンブリは低級言語でBASICが高級言語」という意味がバカなので理解できず「マシン語の方がBASICより早いから高級じゃん」とずっと思っていました😁



黎明期のコンピューターの記録媒体として使われた紙テープ、「鑽孔テープ」についての解説も。昔のアニメや初期のウルトラマンなどで、コンピュータからの情報を博士が紙テープの穴を見て読むシーンは定番でした。

人工音声や音声認証に関してもかなりのページを割いています。
❸1982年のパソコン事情

わかった方コメントください🙇
中盤に差し掛かると1982年当時に実用化されていたコンピューターについてに移っていきます。内容的にビジネス向けが中心で、ホビーについての言及は殆どありません。これも『こんにちはマイコン』と対照的でした。
まず当時のパソコンで一番実用度が高かったワープロについて専門的な解説があります。プリンターとドットについても、わざわざ16ドットと24ドットの違いを視覚的に表現するなど、かなり本格的ですね。


日本のパソコンが欧米の機種よりも比較的高解像度だったのは、漢字表示が必須だったからという意見もあります。その為この解説は非常に重要だと外せなかったのでは。こうしてみるとやはりパソコン少年よりも社会人向けの内容だったのかもしれません。


記録媒体は紙テープから音楽用テープをすっ飛ばしていきなりフロッピーディスクの解説に。この頃はまだ巨大な8インチが中心で5.25インチがミニフロッピーと呼ばれていたんですね。




福引の賞品でバカボンの家についにパソコンがやってきた!もちろんプログラムに挑戦するのですが、この点は基本的な内容に留まっています。


僕もある博物館のイベントで見たことがあります。

この頃から実用化されていた産業用ロボットや、それに付随したコンピューターとロボットの関係などの解説にも章を割いています。アメリカのSF作家アイザック・アシモフが提唱したロボット三原則にも言及しているのがこの時期らしいですね。鉄腕アトムなどのSF作品ではこのテーマは必ず登場していました。
文中には日本は世界有数の産業用ロボット大国で、世界のシェア70%という記述があります。これは多くのロボットメーカーが日本国内に存在することで継続されています。

現在ではOAという略語で定着した感のあるオフィス・オートメーションもこの時期から提唱されていきました。情報を共有するためのツールとしての重要性が強調され、ネットワーク化についての言及が多い印象です。ニャロメのセリフ
😸「OAは単に事務作業を自動化する目的ではニャイ。生産性を向上させて人間はより高度な仕事を目指そうというということニャ」
人間の仕事に対してネコのニャロメにこう指摘されることは、現在の僕達にも考えさせられるテーマですね。
バカボンパパに「失業者が増えそう」とツッコまれて、ニャロメが「パパはずっと失業して遊んでいるんだから心配ないニャロメ」と返すところが面白いです。


また原始的なスマートウォッチが登場しています。このセイコーRC1000については以前特集したのでよかったら覗いてみて下さい。


実は日本においてOA化がいち早く進んだのは資金が豊富にあったパチンコ業界なんですよね。僕の経営者時代の知人に業界の人がいて色々面白い話を聞きました。このお話はいずれ😁


ビジネス用途で着目され始めたポータブルパソコン。ここでも音響カプラが紹介され、情報ネットワークの重要性が強調されています。

残念ながらコンピューターグラフィックスの言及は僅か。これは想像ですが監修の日立の方に専門の方がいなかったからなのでは。しかし映像や写真をパソコンに取り込んで加工することを予見されていたのは流石といえます。
❹1990年のパパはサラリーマンなのだ?

最終章ではこの本の集大成として「1990年の未来予想図」をかなり具体的に描写しています。驚かされるのは2025年現在に急速に実用化に近づいている分野が多いことです。
「出勤は週に一日か二日の人も出てくるのだ」というテレワークはここ数年で定着しつつありますね。Web会議やTV会議のビジュアルは非常に正確に予測されています。

近年の最大の技術革命はインターネットという世界中のコンピューターや情報機器を接続するネットワークの普及だと思うのですが、それを完全に予見していたんですね。僕たちが最も日常的に利用しているインフラの革新だと思います。また自動翻訳も完全に定着した感があります。

身分証とマイナンバーカードの一体化は現在進行形で進められている案件です。「マイナ保険証」を利用すると、医療機関同士で電子カルテ情報を共有するという事業は2024年にスタートしたばかりです。
また電子決済システムの普及は加速度的に進化している分野ではないでしょうか。

有料情報をネットを介してコンピューターで入手することは、もう完全に定着しています。このシーンは完全にギャグですが、ネットの情報にデマや中傷の存在が考慮されていないところは流石に時代を感じます。

2025年最も進化しつつある分野がAIによる自動運転。僕が生きているうちに完全に実用化されるといいなあ。
❺僕達はまだあの時代を生きている

いかがでしたでしょうか?僕の感想として監修の専門家の方々の講義を、作者の長谷邦夫先生が漫画でまとめてくれたという印象を受けました。もしかしたらニャロメが日立研究所の岩田倫典博士で、パパが長谷先生の分身だったのかもしれません。

当時の日本のコンピューター分野のトップランナー達が将来を的確に見据えていて、そしてその延長線上に今の僕達があることに感銘を受けました。特にコンピューター単体そのものよりも、情報通信ツールとしての将来性に着目されていたことは時代が証明してくれたように思います。

このマンガに描かれた理想を追い求めた努力が、現在進行形で結実しつつあることを強く感じるのです。先人の技術者達に敬意を払い、そして僕達も又新しい未来を創ろうではありませんか!
最後になりましたが素晴らしいキャラクター達を産み出してくれた赤塚不二夫先生と、執筆された長谷邦夫先生に感謝し、この投稿を〆たいと思います。
サイボーグMSX
