アニメージュ②貴方の推しキャラは誰?熱狂のアニメグランプリin武道館
「アニメは高度に融合された総合芸術」これが僕のアニメの師匠の教えでした。しかしそれを理解できない無知蒙昧な人々によって、不当に弾圧された雌伏の時代があったのです。そんな中アーティストの「聖地」であった武道館で、日本中のアニメファンが集結した一大イベントが開催されました。
それはまだマイノリティーだったオタクたちが「俺達の旗の下で俺達は自由に生きる!」と世間に対して高らかに宣言した瞬間だったのです。
今回はアニメ文化の発展過程と、熱狂のアニメグランプリが生まれた時代を綴ります。
●今回の資料はヤフオクやアマゾン、5chや海外のまとめサイトなどからの転載が中心となります。ご了解下さい🙇
●追記 もはや勢いが止まらず『③ロマンアルバム列伝』に大量に記事を追加しました。よかったら覗いてね😁





❶アニメグランプリが生まれた時代
かつてアニメが「低俗な物」として批判されていた信じられない時代がありました。新しい文化や芸術は常に批判にさらされる運命にあり、アニメの持っていた潜在的エネルギーがそれだけ反発を招いていたのかもしれません。また日本のアニメは戦後の漫画文化の発展系とも言えるので、先行して常軌を逸した弾圧を受けていたマンガと同じ道を辿るのは、もはや運命だったのでしょう。
1955年に社会問題にまで発展したマンガバッシングでは、手塚治虫先生の作品までもが焚書の憂き目にあっています。その無念を手塚先生は度々口にしていたそうですね。当然僕はこの時代を知らないのですが、心底狂っていたと思います。これ等の作品がどれだけ心血を注いで産み出されたのか想像できなかったんでしょうか。一度でも何かしらの創作活動をしたことがあるならば、絶対に出来ない行為ですよ。
自分は大好きなゲーム、アニメ、マンガ等の作者に限りないリスペクトを心掛けていますが、年上のアニメの師匠にこうした迫害の歴史を教えて貰ったことが根底にあるのかもしれません。



流石に僕が小学生だった1980年代にはそこまで過激な運動はありませんでしたが、まだまだアニメの社会的地位は低かったと思います。アニメの師匠はバイトの面接で「趣味 アニメ」と記載したところ「大学生にまでなってアニメか」とバカにされたそうです。僕の実体験ではアニメ好きの先生が授業で『鉄腕アトム』の主題歌を演奏してくれたら、クレームが入って怒られてしまったという事件がありました。作詞は日本を代表する詩人の谷川俊太郎さんなのに…バカ過ぎんだろ!
しかしその流れに抗するべく、アニメ文化を発展させようというムーブメントがアニメ雑誌の創刊ラッシュと言う形で現れることとなります。その旗手はクリエイターにスポットライトを当てるという編集方針を徹底したアニメージュ。そしてその象徴とも言えるイベントが1979年に始まり、現在までも続く歴史を持つ『アニメグランプリ』だったのでした。
このグランプリの特徴は
「年間グランプリ作品」
「歴代ベスト作品」
「年間ベストキャラクター」
「歴代ベストキャラクター」
「制作スタッフ(アニメーター・演出・脚本・美術)」
「声優(男女)」
「アニソン歌手(男女)」
「アニメソング」
と多岐に渡る選考が行われている上、男女ファン別の集計結果も載せられていたという点にありました。これは当時の熱狂的なアニメファンが、どの作品やクリエイターを支持しているのかが可視化されていくことになるという、極めて画期的な試みだったのです。
僕は師匠に弟子入りした小学校3年生の時にこのアニメグランプリの記事を見せて貰ったのですが、あまりの興奮に眠れなかったことを覚えています。気軽に見ていたアニメをここまで追求する人達が大勢いることが衝撃でしたね。それではその1982年に行われた第四回アニメグランプリの結果を見てみましょうか。



「年間グランプリ作品」は『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』松本零士世界の総決算とも言える作品で、限りある命の尊さと若人の新たなる旅立ちを情緒的に描いています。僕は冒頭の老パルチザンの奮闘が一番印象に残っていますね。当時は星野鉄郎の視点で見てましたが、齢五十を過ぎた今では老パルチザンの心情が痛いほど伝わってきますよ。僕も彼のように新しい世代に夢を託せたら…そう思うと泣けてきます。





花束を持った凛々しい姿がステキ。


それでは折角なので冒頭シーンをダイジェストで…









この場面は最高に熱いです。



999の汽笛が、まるで哭いているように響く。列車の一瞬の交錯で別れを描く神演出。




さっき冒頭を見始めたら、結局ブルーレイで最後まで見ちゃいましたよ。絵コンテ、キャラデザ、音楽、台詞、演技、そして余韻溢れるラストシーンと全てにおいて丁寧に作られていて、45年前のアニメとは思えない傑作だと改めて感じました。グランプリ受賞も納得です。

「歴代ベスト作品」は『機動戦士ガンダム』こりゃまあ誰もが納得の結果ですね。2位以下も『ルパン三世 カリオストロの城』『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』『伝説巨神イデオン』『未来少年コナン』と伝説となった作品が続いています。









作品以上にファンにとって注目されたのが「年間ベストキャラクター」でした。女の子アニメファンの絶大な「推し活」に後押しされて『六神合体ゴッドマーズ』の明神タケルが圧倒的な得票で受賞。お相手の?マーグも4位にランクインしていて当時の勢いを感じますね。翌年第5回では堂々と「年間グランプリ作品」を獲得していますし。
当時僕はゴッドマーズは普通にスーパーロボットアニメとして見ていたので、全然納得できませんでしたけど😆僕がゴッドマーズの偉大さに気づいたのは、その後腐女子の原型たる「やおい少女」たちに神格化されていたことを知ってからでした。






2位はアニメ美少女キャラの頂点とも言えるラムちゃん。パソコン少年にとって『うる星やつら』が特別な作品であることは以前特集したので興味のある方は覗いてみて下さい。





「歴代ベストキャラクター」部門は男女問わず人気を集めたサイコパスな兄貴…アワワ、シャア・アズナブル先生がぶっちぎりで2連覇を達成。「ワルの貴公子、今年も栄光の座に!」とのことですが、僕は一貫してこのキャラクターの魅力が理解できません。しかし僕の嫁さんは
😏「だってカッコいいじゃない。アンタ、ブサイクだから妬んでんの?」
と藤川球児投手ばりの火の玉ストレートを内角高めに投げ込んできやがります😁


2位は男が惚れる漢、キャプテンハーロック。ハーロックに認められる男になりたいと憧れる唯一無二のキャラでした。ハーロックに一目置かれるようになったら男としてこれ以上ない勲章ですよ。松本零士世界の象徴とも言える存在で、登場するだけで名場面になってしまうアニメ界殿堂入り間違い無しのキャラクターです。
実は栄光ある1979年第一回キャラクター部門では堂々の1位に輝いているんです。井上真樹夫さんの静かなる熱演も忘れる事ができませんよね。





3位の『サイボーグ009』の島村ジョーも忘れ得ぬキャラクターでした。


「制作スタッフ部門(アニメーター・演出・脚本・美術)」では安彦良和先生、富野由悠季監督、辻真先先生、椋尾篁先生らが連続受賞。


辻真先先生は現在94歳。脚本部門の人気投票第1位を5年連続で獲得するなど絶大な人気を誇っていました。2017年にはコミケで売り子を務め、現在もミステリやライトノベル・漫画、アニメの感想をTwitter上で発信しているという、オタク界の生き字引のような方です。迷犬ルパン・シリーズ、好きだったなあ。



椋尾篁先生はやはりグランプリにおいて美術部門の人気投票第1位を5年連続で獲得。『鉄腕アトム』の背景からアニメに係わられた伝説的人物で、1970-80年代の日本のアニメ美術のクオリティを飛躍的に高めることに大きく貢献されました。僕の師匠の憧れの人物でしたね。




「声優部門」では神谷明氏、小山茉美さんが受賞。このグランプリによって、声優というアニメにおける「演技」の担い手が注目されるようになったと師匠は述べていました。






「アニメソング歌手部門」では、ささきいさお氏と堀江美都子さんが受賞。その他もレジェンドの方ばかりです。




「アニメソング部門」では『ラムのラブソング』が受賞ですが、何と一票差で六神合体ゴッドマーズのエンディング・テーマ、『愛の金字塔』が2位に。高校で憧れだった理科部の先輩のカラオケの十八番で、熱唱後に明神タケルとマーズのあやしい関係について熱弁を振るうまでがワンセットでした😁

三位の『さよなら銀河鉄道999』のED、『SAYONARA』も聞くと、どうしても切なさがこみ上げてくる忘れられない名曲です。フラレた日にカラオケで歌ったよ!😭
翌年1984年の第五回アニメグランプリでは安彦良和先生渾身の作品『クラッシャージョウ』がグランプリに輝きました。


最後に「年間ベストキャラクター」の昭和ランキング(プリキュアの数字ブログさんからの転載)と、僕がネット上で集めたアニメージュのキャラランクを掲載します。



イ、イケメンと美女しかいねえ。どうなってんの!😁

金田ぁぁぁ!、「さん」をつけるから何とかしてくれえ😱
しかしオスカル様の人気も根強いなあ。

機動警察パトレイバーの泉野明は新生代を感じるヒロインでした。

ここらへんになるとエヴァンゲリオンの時代だなと思います。

カウボーイビバップのスパイクは古き良き時代を感じる稀有なヒーロー。

カードキャプターさくらは普通に男の子も見てて、時代が変わったなあと思いました。

セイラさんと恋人になったらデートでどんな会話をすればいいんでしょうか😁

どの曲も聞きまくったなあ。HELLO, VIFAM最高!🥰
❷熱狂のアニメグランプリ'82in武道館

アニメ資料が山積みされた師匠の自室で、僕が発売されたばかりのアニメージュを夢中で捲っているのを師匠はニヤニヤしながら眺めていました。
😲「凄いなあ、師匠は当然投票したんでしょ?」
😤「アタボウよ。それどころか結果発表の現場にもいたぜ。」
😯「???」
当時アニメグランプリは毎年アニメージュ6月号(実質は5月10日)で年次発表する型式を取っていました。しかし1981年の第3回からその直前の4月末に、なんと日本武道館で大々的に表彰式を行うことを決定したのです。勿論参加者は結果を知りませんので、これは相当熱い企画でした。同時に声優・歌手による豪華なライブが華を添えるという、アニメファン垂涎のイベントになっていたのでした。
初代編集長・尾形英夫氏が「世間も注目する大舞台でやってみたい」という思いからの発案だったそうですが、これにはアニメファンを檜舞台に上げてあげたいという親心もあったように思います。
このイベントでは後に「アニソン紅白歌合戦」が開催。ラストシーンは「日本野鳥の会」>「暗算日本一」>フィナーレと本家と同じ構成になっています。これもまだ地位が低かったアニソン歌手を、本家紅白と同格だという意思表示に感じたと師匠は言っていましたっけ。
尾形英夫氏は宮崎駿氏を説得してナウシカの映画化を行い、その後のジブリの発展に大きく寄与した人物です。あの壮大な『銀河英雄伝説 新たなる戦いの序曲』の企画も尾形氏でした。アニメージュのクリエイターにスポットライトを当てるという編集方針は、尾形氏の編集哲学が強く反映されていたと思います。
自伝『あの旗を撃て!アニメージュ血風録』では、鈴木敏夫氏、高畑勲氏、宮崎駿氏、富野由悠季氏、安彦良和氏ら、関わりのあった偉人たちが氏への感謝のコラムを寄稿しています。尾形氏は生涯裏方に徹し、あまり脚光を浴びる立場ではありませんでしたが、間違いなく日本のアニメ業界に数々の功績を残した人物であったと思います。

式典のクライマックスは「年間ベストキャラクター」発表だったそうです。この年までは選考が男女キャラ混合だったこともあり、男性ファン推しのラムちゃんと、女の子ファン推しの『六神合体ゴッドマーズ』明神タケルとのデットヒートが噂されていました。熱狂的な女の子ファンは「😍私のタケルきゅんを日本一に!ふ●だらなラムちゃんはXXX」と殺気だって?いたとか(師匠の個人的感想です😁)
明神タケルの一位が告げられると女の子ファンの歓喜と絶叫で、冗談抜きに武道館が揺れたそうですよ。師匠は所属する美大のアニメ研究会のメンバーと参加していたそうですが、女性部員がガチ泣きして暫く立てなかったとか。これは翌年第5回の映像ですが、これ以上の喝采だと思って下さい。
この男女アニメファン間の不毛な対立を恐れたのか、はたまたファンからの要望があったのかは解りませんが、翌83年から男性キャラ部門、女性キャラ部門に分割されています。先に掲載誌た「プリキュアの数字ブログさん」の一覧表ではその点を考慮してか1983年からになってますね。
しかし第10回のラスト武道館まで毎回参加した師匠によれば「間違いなくこの年のグランプリ発表が一番盛り上がった。」そうです。ただこれらのお話は僕が体験したことではなく、あくまで師匠の受け売りなので「そんな噂もあった」ぐらいに留めておいて下さい🙇






僕はその話を聞いた時、にわかには信じられませんでした。いくらアニメを好きだと言っても、実在するアイドルを応援するように空想上のアニメキャラを応援するという感覚が理解できなかったんです。しかしそれは小学生だった僕の想像力が、まだまだ未熟だったことに後に気が付かされるのでした。
自分の愛する物を想像力で具現化する…それこそがアニメ、漫画、しいてはゲームを含めた全てのエンタメを愛するという究極の形であると思うのです。それを実感した一つのきっかけになったのでした。
🙂「師匠、一体どんな感じだったの?」
🤔「一言で言えば『連帯感』だな。」
😲「れんたい?」
🤨「九段下の駅を降りた時、すごい人混みだった。ただここはまだカタギの世界なんだ。だがな、武道館に向かって歩いていくと、周りがどんどんアニメファンばっかりになっていくんだよ。みんなマーズがどうの、椋尾篁先生がすげえだの、どうしようもねえマニアばかりさ。それがたまらなく心地よかったんだ。」
😯「・・・」
😉「武道館では俺達も主催者も創り手も、全員「アニメが好き」という一点で繋がっていた。俺はあの感覚、死ぬまで忘れねえ。」
愛用のハイライトをくゆせながら、そう呟く師匠。あれは44年前のちょうどGW今頃の光景でした。後に知ることになるのですが師匠の両親は著名な画家で、息子がアニメの世界に飛び込もうとしていることに強く反対していたそうです。芸術家のサラブレッドだった師匠は後を継ぐことを嘱望されていたので、その葛藤の中で武道館のイベントは特別な体験だったのだと思います。
僕がこの師匠の感覚を理解できたのは、僕が1985年からゲーセンやパソコンショップに入り浸るようになってからでした。
リーゼントで凶悪な目つきの悪いヤンキー、イライラして台パンするサラリーマン。当時のゲーセンは怪物たちが跋扈する地下迷宮そのものでしたが、ゲーマーという点でお互い名も知らぬ同士の妙な連帯感があったこともまた事実でした。
秋葉原のパソコンショップも同様で、販売員も客もパソコンに身も心も捧げた廃人ばかり。展示品のパソコンでいきなりプログラムを入力するような輩がいても、店員さんは「😑しょうがねえなあ」という感じで放置してました。それはお互い「根っこは同類」という仲間意識があった故だと思います。
そして高校に進学した1988年に行われたコミックマーケット34に初参加した時、僕ははっきりと自分がオタク属性の人間だと自覚するようになりました。有楽町駅を降り、銀座という自分には永遠に縁のないキラキラとした天上界を抜けると、勝鬨橋を渡る頃には僕の周りにはあやしいオーラを放つ魑魅魍魎ばかりになっていました。
灼熱の晴海:東京国際貿易センターで同人誌目当てに彷徨っていると「このイカレタ連中はみんな自分の同類なんだ。」という感慨に襲われたんです。これが師匠の言ってた「たまらなく心地よかった」ことなんだなと改めて感じたのでした。




この事件には本当は触れたくないのですが、同時期に残酷な猟奇殺人が社会を賑わせ、その犯人がオタク趣味であることが判明すると暗黒の時代がやってきました。これに端を発するオタクバッシングは凄惨を極め、アニメ・漫画・ゲームなどが社会から真っ先に標的にされたのです。師匠は両親に自室を引き払うように通告され、衝突の挙句に結局一人暮らしを選択しています。僕もこの時が一番母上からオタク趣味をやめるよう説得されましたね。犯人はパソコンを所有していなかったので
😡「MSXは関係ないだろ!」
と怒鳴り合いになりましたが、もはや理屈とかそういうものは意味をなしえませんでした。当時は僕も感情的に怒っていましたが、今では母上が特別なのではなく、社会の潮流に押し流されていただけなことが理解できます。まあ『くりいむレモン』を見まくっていたバカ息子を心配するのも無理もありませんしね😁
しかし僕の実感では、周りのオタク連中は社会に屈する気は毛頭ありませんでした。
😠FM7くん「アニメを録画して何が悪い!」
😏X1くん「ゲームやめる?そんな訳ねえだろ!」
と、むしろ先鋭化されていった気さえします。自分も思春期にさしかかる時期で、自分のアイデンティティを侮辱された思いで、強烈な反抗心を抱いたことを覚えています。このことが切っ掛けで、頼もしい?友人たちとパソコンゲームサークルを旗揚げすることになるのですが、
😤「雄々しく戦った鉄郎達のように、今度は俺達が銃を取る番だ。」
ちょっとオーバーですが、そんな心境だったんですよ。オタクがまだまだマイノリティだった時代、共に戦う仲間がいるという実感は何者にも代えがたい物でした。
結果的にオタク業界はそのバッシングを乗り越え、ネット時代が到来するとその潜在的ポテンシャルを爆発させ、クールジャパンの筆頭と言える地位まで上り詰めることになりました。ここら辺の1990年代のお話は、またいずれ機会を改めて綴ろうと思っています。


イラストは佐藤元先生





最後は「日本野鳥の会」>「暗算日本一」>フィナーレとなるのが解ってますね。

話を戻して師匠のアニメグランプリの話を聞いた時、僕は超絶羨ましかったです。しかし小学生が武道館興行に参加するには敷居が高く「いつかは参加したい!」と思いながらも、第10回をもってイベントは終了してしまいました。そんな僕を可哀想に思ったのか、師匠は徳間書店が発売していたアニメグランプリのライブビデオをパンフレッド片手に解説してくれました。これは嬉しかったですね。今回この投稿のために検索していたら、YOUTUBEに動画をUPされている方がいました。アニメファンなら必見ですぞ!
●第5回アニメグランプリ 40歳のささきいさおさんが歌うノリノリの「銀河鉄道999」&「たたかえ ! キャシャーン」カッコ良すぎ!

これに対抗する形で1983年から競合誌の『アニメディア』『ジ・アニメ』『マイ・アニメ』『月刊OUT』『アニメック』が手塚治虫先生を担ぎ出し「日本アニメ大賞」を制定。同時にイベント「日本アニメフェスティバル」を実施して毎年4月に表彰を行っていいました。しかし1990年の第7回を最後に終了しています。
❸アニメのロマンをアルバムに!ロマンアルバム列伝
アニメージュが発行していたアニメムックの草分けが『ロマンアルバム』。正確には1978年に発売された『ロマンアルバム宇宙戦艦ヤマト』のヒットがアニメージュ創刊の原動力になった訳ですが。
当時としては貴重なアニメ資料集で、ビデオが普及するまでは放送が終わった作品を振り返るのに必須のアイテムでした。
僕の師匠は自室に巨大なアニメ図書館を構築していましたが、本棚に並べられたロマンアルバムの壮観さは今も記憶に残っています。その光景を思い出しながらAmazonをサーチしていたら、素晴らしすぎる表紙にクラクラしてきちゃいましたよ🤩
そんな訳でラストはロマンアルバム表紙コレクションで〆たいと思います。今回も徹底的にいきますよ😁ちなみにアニメの放送順ではなく、ロマンアルバムのナンバリング順に掲載しています。ちなみに今アニソンをガンガンにかけて執筆してるんですが、皆さんも是非どうぞ。懐かしさが倍増します😉
ロマンアルバム01宇宙戦艦ヤマト

ロマンアルバム02サイボーグ009

ロマンアルバム04デビルマン

ロマンアルバム05タイガーマスク

ロマンアルバム07鉄腕アトム

僕は1980年度版が超好きで『Dr.スランプ アラレちゃん』ではなく裏番組の『鉄腕アトム』を見ていました。OP&EDの映像は今見ても凄すぎる動きです。これを歌えない奴はアニメファンとしてモグリですよ😁
ロマンアルバム09マジンガーZ



ロマンアルバム13あしたのジョー


ロマンアルバム16超電磁ロボ コンバトラーV

ロマンアルバム19アルプスの少女ハイジ


ロマンアルバム20闘将ダイモス

ロマンアルバム21無敵超人ザンボット3

ロマンアルバム22宝島



ロマンアルバム23海のトリトン

ロマンアルバム24銀河鉄道999GALAXY EXPRESS

ロマンアルバム26ガンバの冒険
1975年斉藤惇夫先生の傑作児童文学『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』を原作とした「ガンバの冒険」。
出崎統、椛島義夫、芝山努、近藤喜文さんといった錚錚たるスタッフたちによる7匹のネズミたちの冒険活劇は、今も色褪せることなく輝き続けています。GWに10歳の甥っ子に見せてあげたらドハマりしてましたよ。
毎回OPを見るたびに「今回はどんな冒険が待ってるんだろう」と無茶苦茶ワクワクしてました。合言葉は🐭「しっぽをたてろ!」
宿敵のイタチであるノロイの演出は神がかっていて、アニメのラスボスとして風格、残虐性、狡猾さと全てがトップクラスです。
😼「始めてやろう、皆殺しのバラードを高らかにな!」
と演じる大塚周夫さんのセリフでチビリそうになりましたよ。最終決戦「最後の戦い大うずまき」 では本当に手に汗握りました。アニメから原作、そして『ガンバとカワウソの冒険』まで図書館で夢中になったのも懐かしい想い出です。




ロマンアルバム27 バビル2世


ロマンアルバム28大恐竜時代 石森章太郎のアニメスペシャル

ロマンアルバム29無敵鋼人ダイターン3




ロマンアルバム30キャプテン ハーロック

ロマンアルバム34破裏拳ポリマー



ロマンアルバム33野球狂の詩 北の狼南の虎

ロマンアルバム35機動戦士ガンダム

ロマンアルバム36ヤマトよ永遠に

ロマンアルバム37宇宙の騎士テッカマン

ロマンアルバム39サイボーグ009 超銀河伝説

ロマンアルバム40キューティーハニー


ロマンアルバム42機動戦士ガンダム 劇場版 I

ロマンアルバム43宇宙戦艦ヤマトⅢ

ロマンアルバム44機動戦士ガンダムII 哀・戦士編

ロマンアルバム45さよなら銀河鉄道999

ロマンアルバム46未来少年コナン




ロマンアルバム52 わが青春のアルカディア

ロマンアルバム55六神合体ゴッドマーズ

ロマンアルバム57戦闘メカ ザブングル

ロマンアルバム58魔法のプリンセスミンキーモモ

ロマンアルバム59銀河旋風ブライガー


アニメ史上、初めて音楽面を全面に押し出すことによって伝説化した作品です。師匠はアニメロックミュージカルと言ってましたっけ。山本正之氏のハイセンスなBGMと声優陣の熱演によって「SFアニメ版・必殺シリーズ」とも称される独特の作風を確立しました。
金田伊功氏が担当したOPはサイボーグ009と並んで氏の最高傑作のひとつだと思います。カラオケでは超絶盛り上がりますが、イントロの口上をオリジナルとピッタリ同じ尺に収めるようになれれば免許皆伝です😁
ロマンアルバム61風の谷のナウシカ

ロマンアルバム63 装甲騎兵ボトムズ

ロマンアルバムSP安彦良和イラストレーションズ










ロマンアルバム66アリオン

ロマンアルバム68天空の城ラピュタ

ロマンアルバム GREY イラストレーションズ

この射抜くような眼光の鋭さは先生ならではです。


ロマンアルバム69となりのトトロ


ロマンアルバム70魔女の宅急便 メモリアルコレクション


ロマンアルバム ふしぎの海のナディア1991




ロマンアルバム 銀河英雄伝説

❹同じ心根を持つ皆さんと…

素晴らしい作品を本当にありがとうございました🥹

いかがだったでしょうか?今回は連載中の「昭和雑誌列伝」アニメージュ編の完結編を書こうと思ってたんですよ。そしたら執筆中のゴールデンウイークに「あ、そう言えばこの頃師匠からアニメグランプリの話を聞いたなあ。」と当時の資料を調べていたら、いつの間にかこんな内容になってしまいました😅
現在オタク業界はメジャーなホビーとしての地位を完全に確立するに至りました。しかしだからこそ雌伏の時代を語り継ぐことは大切なことじゃないかと思うんですよね。僕の投稿はネガティブな話題はなるべく避けるようにしているのですが、当時の強烈な体験としてどうしても書き残しておきたかったんです。
そしてやはり師匠と思い出話がメインになってしまいましたが「たまらなく心地よかった」という師匠の言葉を改めて考えさせられました。
頭がイカれた僕だって、普段はカタギのフリをして地味に生活してるんですよ。しかしパソコンに向かって自分の好きな趣味について投稿したりコメント欄を通じてお話していると、どんどんオタクとしての自分が覚醒してくるんですよね。それは同じ心根を持つ皆さんとの、目に見えない連帯感ゆえだと気がつかされたんです。また一つ教わったという報告を、天国にいる師匠に心のSNSでメッセージを送りました🥹


あの頃は消費税なんて邪悪なものはありませんでしたし😁


高田明美さんのイラストが素敵😍
前述したように本来はアニメージュ編の完結編を予定してたんですよ。しかしまだまだ語り足りない!ってことで、次回は「ポケットに入れたアニメ」であるアニメージュ文庫について特集したいと思っています。
それではまた次回、皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
サイボーグMSX
僕は正直全ての知識がド素人なので、記述で間違いがあればコメント欄でお知らせください。直ぐに修正いたします🙇♂️
いつもスキ💛や凍結された僕に変わってのXでの紹介ポスト、暖かいコメントなど感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹
校正も一応やっているのですが、なにか文章でおかしな点があったらコメント欄でご指摘頂けると有り難いです🙇
