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LDゲーム特集③MSXの本気!CGの憧れスターファイターズ84年

映像表示にレーザーディスクを使用したLDゲームはロマンの塊でした。極めつけは当時珍しかったコンピューター3DCGを使用したタイプ。中でも貴重なMSXのオリジナルタイトルがこの「スターファイターズ」です。制作には新進気鋭の若き技術者達が集結、後世の多くの作品に影響を与えることになるのでした。まさに日本のポリゴン系STGゲームの始祖と言える作品と言えます。
しかし残念ながらSTAR FIGHTERSはヒットすることなく、歴史の狭間に消えて行きました。今回はその栄光なき天才たちの軌跡を追いたいと思います。


ブリオ(brio)さんのファンアートから。
素晴らしい完成度!まさに3Ⅾへの永遠の憧れが詰まっています。

❶84年末PCイベントでの衝撃

初代MSX規格の発表から約1年後の1984年11月1日、池袋のサンシャイン60で『朝日パソコンショー84』が開幕しました。この時期は各地でこの手のパソコンイベントが多数行われていたんですね。その中でもこのイベントはMSXが主役と言っても良いぐらいの盛況ぶりでした。ナイコン時代の僕も当然そこにいたんですよ😁


MSX新機種発表を始め、前回特集したキャプテンシステムやヤマハのシンセサイザーユニットの展示など盛りだくさんの内容でした。


パイオニアのLDゲームには特に注目が集まりました。
とにかく視覚インパクトが凄かったです。

各メーカーの展示の中で一番人気だったのはレーザーディスクとMSXを合体させてのLDゲームの展示でした。その際パイオニアから新発売のスターファイターズのオープニング映像がお披露目されたのですが、大勢のギャラリーから「おお!」というどよめきが起きたことが忘れることが出来ません。とにかく皆さん映像を見てください!4分ぐらいにデモシーンを編集してみました。

僕は興奮しまくりで

🤩「MSX本気、マジハンパねえ!」

と壮絶な大誤解をしておりました。その後見ることになるサンダーストームは小学生の僕でもアニメ映像だと理解できたのですが、スターファイターズはMSXで創られた3DCGだと勘違いしていたんですね。

1984年当時このCGと宇宙という概念は、まさに輝かしい未来のイメージその物でした。翌年に開催されたつくば科学万博でもこの二つの単語は重要なキーワードとして多用されています。LDと言う次世代映像装置とMSXと言う電子的ガジェットの組み合わせ。この二つは非常にマッチしていました。


パソコンユーザーの聖地と呼ばれた秋葉原ラジオ会館で行われたゲーム大会には千人が参加したとか。


LDプレーヤと接続でLDゲームを楽しめるパイオニア「PX-7」は憧れのMSXでした。



各地でゲーム大会が開催されました。僕もこの場にいたんですよ😁


当然MSXマガジンでも大特集されました。



当時の最新ACゲームでも不可能だった緻密なCG映像。超巨大空母に驚愕!


1984年のPC少年の心境になると感動が倍増しますよ。😅


巨大母艦、敵の心臓部への突入、僚機との発艦シーンなど男の子が泣いて喜ぶシチュエーションが目白押し!


もちろん自機の変形アニメもバッチリ


デモだけでなく通常のゲームシーンでも緻密なCG映像が使われています。


STGシーンでは引きこまれていきそうでした。


最終要塞が迫ってくるド迫力映像は必見!


最終兵器の発射シーン


そして脱出。


若き技術者達の生んだ結晶である、ワイヤーフレームから完成していくCGに感涙!🥹


吉崎武さん率いるASCII HighTech Labに集結したメンバー達


EDには才能ある人材と当時の最先端機器が惜しみなく投入されたことが伺えます。
FDDが出始めたばかりでテープが主流の時代に2G Byte と言うのが恐ろしいですよね😁

サイイボーグMSXのおすすめマークほい!

グラフィック   ★★★★★
ゲームシステム  ★★★
操作性      ★★★
BGM      ★★★★
ロマン度     ★★★★★

豆知識😁実はパイオニアのMSXじゃないと動きません

その後時が流れ人々の記憶からスターファイターズの存在が消えかけていた頃、意外な場所で僕はその残影を見ることになります。1993年にゲームアーツが満を辞して送り出したメガCD版シルフィードのOP。そこにはまさに宇宙とCGへの永遠の憧れが凝縮されていたのでした。


シルフィードはメガCD一番のお気に入りです。プラモも素晴らしい完成度。

勿論スターファイターズとシルフィードには直接関係がありません。それでもそのポリゴンで描かれたSF世界に魅せられた感覚は同一だったんです。

こちらは完全攻略動画。実のところゲーム内容としてはシミュレーション、シューティング、パズルゲームなどが混在していて、ちょっと詰め込み過ぎな気もします😅サンダーストームのように単純明快なシューティングゲームにした方が解りやすかったかもしれません。

❷3Dグラフィックスへの憧れ

先ほどのスターファイターズの映像を見ても「🤔ふーん、こんなもんか」と感じる人も多いかと思います。高度なCG画像に溢れた現在の感覚に慣れてしまうとそう思うのも無理はないのですが、当時のコンピュータグラフィックスはあるだけで憧れるような特別な存在だったのでした。


当時はこのCGでもドキドキしました。


タイムトラベルシーンは本当に時空を超えているようでしたね。

僕の記憶で一番古いCGは『タイムボカンシリーズ』の第1作目、タイムボカンのタイムトラベルシーンに使用された物です。僕の世代の方なら「あー、あれね。」と思い出す方も多いのではないでしょうか。タツノコプロさんが数話を公開してくれているので、そのシーンだけでも見てください。これは「スキャニメイト」と呼ばれる画像を走査線変形する当時の最先端CGだったそうです。


1975年放送開始なのでリアルタイムではないのですが、再放送でムチャクチャ見ました。三悪トリオは僕らの世代のヒーロですよね!

スターファイターズが発売された1984年の夏休みに公開された『SF新世紀レンズマン』には当時のスパコンの代名詞であった「CRAY-1」で製作された最先端のCGが多数使用されて話題になりました。僕は悪友FM7君と見に行ったのですが、物語がやや大人向けで理解できなかったものの、CGの迫力に圧倒されました。
ただ前回紹介したヤマトファンの師匠は「😠あんなのアニメじゃねえ」とおかんむりでした😁


『SF新世紀レンズマン』はパソコン雑誌などでも数多く紹介されました。

『SF新世紀レンズマン』は制作費12億円に対して日本での配給収入は2億5300万円と費用がかかり過ぎて興業的には失敗だったそうです。それだけ本格的なCGを製作するにはお金がかかかったんですね。この映像では数多くのコンピューターが使われた制作の裏側を知ることが出来ます。


当時のCGを製作の苦労が伺えます。

ワイヤーフレームの3DCGはそれだけで科学的で知的なイメージがありました。“最強の8ビットパソコン”とまで言われた日立のベーシックマスターS1ではイメージシンボルとして、ワイヤーフレームで描かれた疾走する馬が使われていました。1984年のこのCMも印象に残っています。


マイナーですが実力派のマシンでした。

でも実機のデモはこんな感じで悪友X1君は

🤣「こんなの日立の詐欺じゃねーか」

と笑ってました。とにかくこの時代は個人のパソコンで3DCGを描くのはムチャクチャ大変だったんです。ましてやそれをアニメーションさせるなんて夢のような話でした。


アーケード版のスターウォーズの米国版広告。米国でも当時は凄い人気で、現在も根強いファンがいます。

ワイヤーフレームの3DCGを使用したゲームとして印象に残っているのがアタリが作成したアーケード版のスターウォーズです。モニターが特殊なベクタースキャンと言う方式を採用したことも相まって、近未来的な演出を堪能できました。1983年というかなり古いゲームなのですが、僕の記憶では1987年あたりまで稼働していたロングヒット作品です。

おまけでAtari2600版スターウォーズのCM。超ハイテンションの兄ちゃんがいい味出してます🤣Atari2600の性能を考えるとかなり良くできている名作みたいですね。

と、こんな感じで1984年の3DCGについて述べてみましたが、ワイヤーフレームよりもさらに高度なポリゴンCGがMSXで遊べた衝撃を御理解して頂ければと思います。

❸集結した若き天才達

LDゲームはその特性上、映画や既存の映像の流用が非常に多く、独自であってもアーケードなどからの移植が大半でした。オリジナル映像のLDゲームは動画作成に費用が掛かるため、デモプレイ自体が広告効果に直結してインカムが稼げるアーケードゲーム主体に発展した経緯があります。前回紹介したLDゲーム版宇宙戦艦ヤマトやサンダーストーム、LDゲームの代名詞とまでなったヒット作「タイムギャル」などはその典型例と言えます。

そんな中で貴重なMSXオリジナルタイトルがこのスターファイターズでした。言うまでもなくゲームでの最大の特徴はアニメや実映像ではなく、緻密な3DCG映像が使われていることです。
この作品を製作されたのは吉崎武先生で、レトロPC界のレジェンドとも呼べる人物です。西和彦先生が創設したアスキー社の初期のメンバーのお一人で、『月刊アスキー』『月刊ログイン』両誌の初代編集長というパソコン少年にとって雲の上の存在です。
吉崎先生はその後ハイテック ラボ ジャパンという未来のコンピューターシステムを追求する研究所を設立するのですが、その原型となるアスキー・ハイテックラボの最初期のお仕事がMSX・LDゲームのローンチタイトル、スターファイターズの製作であったようです。


1992年のログイン。吉崎武先生へのインタビュー。
スコアによって階級章が用意されているギミックは、その後のレイドックなどに引き継がれています。


開発に使用されたスーパーミニコンVAX11

吉崎先生ご本人のTwitterの呟きに当時の経緯が書かれていますので、みなさんご覧になってください。そこには「ナムコが驚いた」という衝撃のコメントが…

実は以前僕がTwitterでスターファイターズについてポストしたところ、吉崎先生から直接コメントを頂いたことがあるんです。確かその際にこのスターファイターズが切っ掛けでナムコとの縁が出来て、その後のお仕事に繋がっていったとお話されていました。僕のアカウントが理不尽に凍結されてしまったのでアーカイブをお見せできないのが残念ですが…
このことを考えるとギャラクシアン³やスターブレードαなど、その後のポリゴン系STGゲームの始祖とも言える存在だったかもしれません。 

女子美術大学准教授である出渕亮一朗氏など、錚々たるメンバーが集結しています。

音響編集作業を行っている吉崎先生。当時のゲーム制作は全ての分野に精通天才のみが許される神々の領域なのでした。

この他にも完成したグラフィックをディスプレイ上に表示させ、これを35mmフィルムカメラで1枚ずつ撮影されたそうです。まさに気の遠くなるような作業を繰り返すことで映像を完成させたのですね。その為一部のシーンで糸くずが映り込んでいるとか💦

❹ゼビウスをも超えた?精密なデザイン


嶋村綺文氏のインタビュー記事

この緻密なCGは、VAX11/780と言う機器で専門のデザイナーが制作されています。これはその貴重な記事。1983年制作と言うことを考えると驚異的な完成度です。
CGデザインを担当されたのは新進気鋭のイラストレーターだった嶋村綺文氏で、当時のゲームとしては考えられないほどの精密な機体デザインを完成させています。


嶋村綺文氏の同人誌。当時はまだファンタジーが一般化されていなかったのでSFがオタクの最前線でした。

マニュアルも相当気合が入っています。硬派なSF考証に基づいた機体説明と上面、正面、側面図が掲載されています。この設計図からCGに描き起こしているとのこと。これは僕の想像ですが、SFマニアだった嶋村綺文氏がスターファイターズの各種設定やバックストーリーにも関わっていたような気がします。


これだけの精密な自機設定をしているビデオゲームはまだ存在していませんでした。


精密な三面図が掲載されています。


嶋村綺文氏はアマチュア時代から同人誌でSF系のメカデザインやイラストで注目されていたそうです。その後吉崎先生が『月刊ログイン』初代編集長時代に同誌で活躍され、その縁からスターファイターズの制作に加わったのではないでしょうか。


LOGiN1982年5月号に掲載されたイラスト。ポケコン用のSLG。


このエンジェルファイターがF/A-9スターファイターの原型なのかもしれません。


80年代初期らしい美少女も登場

嶋村綺文氏はその後、パンサーソフトウェアから発売されたPC-98用名作アクションRPG『HAMLET』やそのPlayStation移植作品「スペースグリフォンVF-9」のメカニックやモンスターデザインも手がけられています。何でも「グリフォンが、プレステ版でキチンと変形できたのは、嶋村綺文氏の嘘のないデザインのおかげ」とのこと。
またMSXも発売された「神の聖都」にも関わっておられるようです。詳しくはコメント欄をご覧ください。神尾憲二さん情報感謝です🙇

スペースグリフォンVF-9はPS初期の傑作。重厚なシナリオと高いゲーム性が魅力🥰

もはやワクワク感しかないスターファイターズのボックスアート。「強大な恐怖が動き出した・・コンピュータクライシスの総反撃!!」のキャッチコピーに、ときめかないMSXパソコン少年がいたでしょうか?いや、いません(反語😁)


高くて手が出ませんが、このボックスアートのためだけに入手したいです。


裏面はCG満載


内側はこんな感じ。MSXは子供用というイメージを吹き飛ばす凄さ。

このイラストはMSXやPC6001など、多くのゲームのボックスアートを手掛けている永清文明先生が担当。そのゲームの一覧がコチラ。懐かしいタイトルが並んでいます。


MSXではこのスターシップシュミレーターとか


ターボートなど。レトロチックなSFメカが素敵です。

この前年1983年のゼビウスではバックストーリーが細かく設定され、ゲーム世界観の確立が定着しようとしていました。その中でもこのスターファイターズの設定の拘りは抜きに出ていたと思います。まさに早すぎた名作と呼べる作品です。

❺「残酷な天使のテーゼ」の大森俊之氏


大森俊之さんのインタビュー記事。機材が超豪華です。

スターファイターズはどうしてもCGだけが注目されがちですが、実は音楽も非常に豪華です。製作機材はヤマハの大ヒットシンセサイザーDX7と、ローランドから発売されたデジタル・シーケンサーMC-4の組み合わせ。当時の最先端技術によって作曲されていました。恐らくゲームミュージックにMIDIを使用した最も初期のゲームになるのではないでしょうか。

DX7とMC-4の豪華タッグ

音楽の担当は大森俊之さんで、あの新世紀エヴァンゲリオンのOP「残酷な天使のテーゼ」の編曲者の方です。小学生の頃から作曲を始め、高校から多重録音による音楽制作をされていたそう。この手の分野の草分けのような方ですね!

このようにスターファイターズの制作には当時の若い才能が集結していたのでした。恐らくセールス的には不振だったのでしょうが、このような実験的作品がMSXで生まれたことはMSXユーザーの一人として嬉しく思うのです。


MSXマガジンの特集記事。MSXの可能性は何だか凄そうだぞ😁



別冊ログインの特集記事

❻吉崎武先生の偉大なる足跡を…


現在でも精力的に活動されている吉崎武先生

吉崎武先生はその後「AKIRA」「王立宇宙軍 オネアミスの翼」などの伝説的なアニメ映画でのCGアニメーションを担当された後、ポリゴン系シューティングゲームの頂点とも言えるギャラクシアン³やスターブレードαなどの制作にも関わっています。しかしその原点とも言えるスターファイターズはあまり話題に登ることもなく、ネット上の資料も僅かでした。ですからMSXユーザーの一人として、その偉大なる足跡を残しておきたかったのでした。


1991年発売のギャラクシアン³の16人版は、背景はあらかじめ作成された映像をレーザーディスクで流し、そこに敵機やビームなどを合成する方式に変更されています。ある意味LDゲームの最終進化系とも言えるのではないでしょうか。
ちなみにコンソール画面の表示はMSXで開発されているとか。マジかよ!

現在吉崎先生はマイコンの歴史を未来世代に伝えるべくマイコン博物館を開館し、その館長に就任され精力的に活動されています。
MSXの更なる発展に尽力される西和彦先生や、子ども達にプログラミングの楽しさを伝えているマイコンBASICマガジン初代編集長、大橋太郎先生など、パソコン業界のレジェンドの先生方の活動には常に感銘と勇気を頂いています。
人は幾つになっても成長し、感動を与えることが出来る。そんなことを教えてくれた偉大な先生方に出来る恩返しは、その偉業を次世代に語りついでいくことだと思うのです。

正直な話、僕がスターファイターズをプレイしたのはイベント内での僅かな時間でした。しかし昨日の晩御飯のおかずも忘れがちな僕の脳裏には、あの40年前のCGが鮮明に焼き付いているのです。
僕はまだ残念ながらマイコン博物館に見学に行くことができていません。何時か機会を作り吉崎先生に1984年の感動の感謝を伝えに行くことを、今から楽しみにしています。素晴らしいゲームを作成してくれた吉崎先生のご活躍を心から祈り、この投稿を〆させて頂きます。
                       サイボーグMSX

いつもスキ💛やXでの紹介ポスト、暖かいコメント感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥰


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