【37歳で乳がんになった看護師】入院準備
2024年が明け、
いよいよ入院日が近づいてきた。
乳がんと診断されてから約3ヶ月ほど。
早く体内からこのがんを取り出してほしいと思いながら過ごしていた。
入院前の最後の通院の日。
9:00婦人科
10:00形成外科
11:00入退院支援センター
11:15乳腺外科
13:30麻酔科
合間に血液検査を受ける
という、売れっ子患者スケジュールだった。
この日は母が来てくれた。
実家から病院までは電車で2時間以上かかる。
乳がんになってそこまで辛いと思ったことはなったが、
病気にならなかったら人にしてもらわなくても良かったことだらけだな
と心苦しくなることはあった。
腋窩リンパ節の転移が怪しまれて行った生検の結果は陰性だった。
でも相変わらず先生は画像的にはめちゃくちゃ怪しいと言い、
手術の際にまた検査する予定になった。
入院期間は2週間くらい。
ドレーンの排液が少なくなったら退院できるが、
形成外科の先生はギリギリまでドレーンを抜かないらしい。
「でも形成外科でやった方が手術痕はめちゃくちゃきれいよ〜!」
と乳腺外科の先生はずっと言っていた。
乳腺外科の手術は溶ける糸を使うが、
形成外科は溶けない糸を使うそうだ。
HBOCのため、
両側の胸を全摘しちゃうのもいいかもね〜と先生に言われ、
私「たしかにこの際両方ツルッとさせた方が楽ですもんね。」
と答えると、
先生「いやいや、両方とってシリコン入れるのが1番形はきれいになるよ。」
と、いや何言ってんだこいつみたいな反応をされた。
…なるほど。
お胸の形問題ね。
乳腺外科で職場に提出する診断書を依頼したところ、
今回の主治医は形成外科になるためそっちで頼むよう言われたため、
形成外科では術後の休職期間について相談した。
みんなどれくらい休むのか聞いたら、
1週間で復帰する人もいるし人によるとの返答だった。
「好きな期間言ってくれたら診断書を書くよ。」
と言われたため、
どうせだし2月は丸々休むかと思い、
私「じゃあ3週間で。」
と言ったら、
え?そんなに休むの?必要なくない?
みたいな雰囲気になり、
ヘンテコな文章の診断書を渡された。
肝心の休職期間が書かれていないではないか…
これは書き直してもらわないといけない。
しかもこんな何の役にも立たない診断書に2千円も払ってしまった。
私はケチ…節約家なのに。
(診断書は正式に受け取る前に文章を受付で確認できるので、
その際にこれは使えないなと思ったら、いらないですと言って良いです。
そしたら料金は発生しません。)
好きな期間を言えって言ったのはそっちやんけ…
こっちは明かしたくなかった職業を明かしたのに…
俺様の手術で回復にそんな時間がかかるわけないってか?
ゴッドハンドのことが少し嫌いになった。
「じゃあ先生は背中と胸切られて仕事したことあるんですか⁉︎」
と私の中の喧嘩っ早いモンスターが騒いだが、
私の乳の将来がかかっているのでゴッドハンドの前では愛想良くした。
麻酔科ではあれやこれやと全身麻酔のリスクの説明をされ、
神経質な母が異常に心配し始めた。
先生も一応説明しとかなあかんことやから…
と母を落ち着かせた。
仕事はギリギリまでやるつもりだったが、
なぜか12月中頃から勤務先の病院でコロナが大流行していた。
転院してきた患者を検査してみたらコロナだったり、
落ち着いたと思ったらまた新しい患者がコロナになったり、
なんかこの時期は呪われていて、
年末にはとうとうインフルエンザ患者まで出た。
1月になってもコロナが猛威をふるい、
一緒に夜勤をしたスタッフが翌日コロナを発症したりもあったので、
念のため早めに休みをもらうことにした。
ある意味9月にコロナにかかっておいてラッキーだったかもしれない。
入院時の必要物品はなんとなくは分かっていたが、
子宮筋腫で私より先に入院、手術を受けた友達に役立ったものはあったか聞いたら、
めちゃくちゃ詳しい一覧をLINEで送ってくれて助かった。
感謝。
個人的に延長コードとS字フックはとても役立った。
私は結局買わなかったけど、
ベッド柵につけられるスマホスタンドはあると便利だろうなと思う。
友達の場合はお腹を切る手術だったので起き上がるのが大変だったらしいが、
私は普通に起き上がれていたので結局ストローは全然使わなかった。
手術部位によっても必要なものは変わってきそうだ。
あと術後しばらくはお風呂に入れなかったのでドライシャンプーにはとても助けてもらった。
2週間ともなるとなかなかすごい荷物の量になった。
私は明日これを担いで病院まで行かねばならないのか。
手術前日に母が再びやって来た。
一緒にスーパーへ買い物に行って、
久しぶりに母の手料理を食べた。
母用にニトリで買ったマットレスを開封するとなぜかめちゃくちゃスルメ臭がして、
2人で騒いだ。


