【37歳で乳がんになった看護師】私の乳がん
11月24日。
1ヶ月かけて受けた検査結果が出る。
これでやっと治療に進めるという気持ちと、
悪い結果だったらどうしようという気持ちが半々。
この日もヤクザルックで父が来てくれた。
前回と変わらず乳腺外科外来は混んでいて、
またヤクザと一緒にめちゃくちゃ待った。
クリニックに返却してほしいと渡されたプレパラートを、
何も分かりはしないのにずっと見つめていた。
診察室に呼ばれた。
先生から結果を紙に書きながら説明があった。
“大きさ 45×22.3×17.1mm
浸潤性乳管癌
エストロゲン 陽性
プロゲステロン ちょっと陽性
HER2 2+ 陰性
Ki-67 60%”
腋窩リンパ節は転移が怪しいとのことで後日細胞診をすることになり、
この段階ではステージⅡbと診断された。
とりあえず他の臓器に転移がなくてホッとしつつ、
いやKi-67高すぎん?
と思っていたら、
1番サプライズな発表があった。
先生「あとこれ。遺伝子検査が陽性だったよ。私もめちゃくちゃ久しぶりに陽性の人見た。」
父と2人で
「え⁉︎」
となった。
先生も家族歴からして陰性だろうと思っていたと言っていた。
この結果により、
ゲノム科への受診が決まった。
ゲノム科なんて初めて聞いた、そんな科があるんか。
また、右乳をどうするのか、卵巣をどうするのか、
考えないといけないこと、選択することが増えた。
さらに、CTで骨盤内に謎の黒い影が写り込んでいたとのことで、
婦人科にも行ってこいと言われた。
なぜだ。
受診する科がどんどん増える。
これで卵巣がんだったら笑うしかない。
…いや笑えない。
診察が終わった頃にはもう時間内の窓口は終了していて、
時間外窓口で支払いを済ませ外に出た。
もうすっかり日が暮れていた。
遺伝子検査の結果について驚きだったと、
もしかしてここにその遺伝子を持つ人間が2人おるってこと?
などと父と話をしながら駅まで一緒に帰り、
私はいとこ夫婦宅に向かった。
いとこ夫婦が作ってくれたご飯はおいしく、
みんなKi-67が高かったことは気になっていたけど、
Ki-67マウントをとってネタにしたり、
落ち込まずに笑って過ごすことができた。
私が遺伝子検査陽性だったということは、
いとこや私と血縁関係にある人たちもその遺伝子変異を持っている可能性があり、
私だけの問題ではなくなった。
知りたくなかった人もいるかもしれない。
記念にという軽い気持ちで検査して良かったのだろうかと少し反省した。
でも、ひとつ言えるのは
遺伝子変異は誰のせいでもないということ。


