第56話:季節の食と身体の声
クリスマスの特別食から学んだ「普段の食事」の大切さ
季節の食材が並ぶスーパーマーケットで感じた“日本の食文化”
クリスマスが近づくと、スーパーマーケットの棚は一気に華やかになります。チキン、ケーキ、シャンパン、オードブルと、まさに「特別な日」を演出する食材が並びます。
翌日には正月料理に早変わりするのも面白い。年末は様々な色と光で輝いていますね。
季節の移り変わりとともに食材が変わる日本の文化は、本当に豊かだ。
ひな祭りにはハマグリ、節分にはイワシや豆、クリスマスにはチキン。
こうした季節食材の変遷を眺めるだけでも、ウキウキと心が温まっていく。
今年のクリスマスでは普段、飲まないシャンパンを購入し、冷凍のピザ、イチゴ、オードブルなどを揃えて、特別な食卓を演出しました。
慣れない食事がもたらした予想外の身体の反応
しかし、この特別な食事は、期待とは少し違う結果になった。普段食べ慣れていないものを急に摂取したことで、
「美味しいけれど、どこか満足感が違う」
「食後の身体が重い」
そんな違和感が残ったのです。
特に普段飲まないシャンパンの影響?チーズたっぷりのピザの仕業か?クリスマスの華であるローストチキンにびっくりしたのか?胃の負担となって質問を投げかける。なんと翌日まで残る始末だった。
妻も同じ反応で、テレビで見ると、「美味しそう、食べたぁーい」と念じたピザも、実際に食べると重すぎて、一口、二口でいっぱい、いっぱい。
最初の「わーい」の喜びと笑顔が消えていく。
若き頃はこの手が大好物だったのが、今では食べてくうちに拒否反応が出て「もういいか」となる。ただし満腹感は得られない。なにか物足りない。
本当に「年齢とともに食の嗜好は確実に変わる」ものだという事実を、改めて身体で実感し、頭に焼き付けた次第でした。
翌朝まで残る違和感が教えてくれたこと
特別な食事を楽しんだはずなのに、翌朝になっても胃に残る重さ。妻も怪訝な顔だ。
これは単なる食べ過ぎではなく、普段の食事リズムから外れたことによる、身体の反応だと気づきく。
身体は正直です。
普段の食事、普段の時間、普段の量。これらが整っているからこそ、体調も安定するのだ。
正月料理への懸念と「普段の食事」の重要性
クリスマスの経験から、正月のおせち料理も少し不安を覚える。
おせちは毎年2日目まで食べる。重箱を開けると必ず「わーい」となるが、2日目は何とか食べきらねば、という目つきに変る。
華やかな食事は見るだけで幸せなのだが、食べると何故に体調が崩れていくのか・・貧乏性なのか。
介護という今の状況では、なおさらハレの日の料理ではなく「普段の食事」が大切なのだ。毎日食べ慣れたものの方が身体に優しく、満足感も高い。これは年齢を重ねるほどに実感する真理です。
既におせちはいつものお店で予約済み。毎年同じように、31日に取りにいき顔を見せてのご挨拶。1年の恒例行事だ。1年の感謝と翌年への幸せに続くのだ。
食料価格高騰と“食習慣の急変”の難しさ
今年は、食品関係がずいぶん上がったなあ~と感じる。米も凄い勢いで値上がりした、また店頭からなくなった。
平成の時代にもそんな事があって、タイ米の美味しい食べ方や、米以外のモノを食べましょうと、政府もテレビで盛んに叫んでいた。
でもね、介護や看護の世界では、高騰したからといって「急にパン食に切り替える」そんな単純にはいかない。
やはり、毎日食べているモノが主食となり、美味しく食べられるから満足して食べ続けられるのだ。空腹を満たすだけの食事は、高齢者にとっては苦痛になるのだ。
身体は長年の習慣に合わせてできているため、急激な食習慣の変化は受け付けない。「体は正直」今回の体験を通じて、より深く胸に響きました。
普段の食事こそが身体と心を整えてくれる。そんな当たり前のことを、改めて深く考えたクリスマスでした。
