マクドナルドで考える「愛」について。※モノカキングダムエントリー
11/23 PM7時23分
どうしよう。誰とも待ち合わせをしていないのに2時間もマクドナルドにいる。
3週間前、モノカキングダムのテーマが「あい」って発表されて、よっしゃー、ぼくが「愛」っちゅーもんを書いたる!と腕を振り回しながら自信満々にスマホと向き合ってみたのですが、いざ、書こうと胸の内を覗いてみると、あら不思議。「愛する」って気持ちがなかった。
なぜだろう?
片思い中のはずなのに。
ぼくは37年間生きてきて、今地上に舞い降りた天使と思える女性と知り合って「好きだーーー」って気持ちがまるでトレビの泉のような噴き出しているのに。
なぜ?
「愛している」って気持ちは見当たらないのだ。
まだ片思い中だからか

愛とは何だ?
iPhoneの初期画面のように考えているが答えは出ない。
「愛」はあるんか?———アイフルのCMみたい。
「好き」と「愛する」の違いは分からないが、ただ6年前に亡くなった祖母のことを思い出したら「愛している」と思った。
もちろん、祖父のことも。
おそらく。
まだ手を触れられるのに「愛している」と思うのが怖い。
「愛」ってイメージが勝手にデカくなっているのだと思う。タイタニックだったり、愛の不時着っていう物語の影響で、たとえどんな困難があっても愛は貫かないといけない。人生をかけて証明するものだってイメージがあるのだと思う。

「ローズ、ぼくのすべてを捧げてでも守り抜くんだ」
※こんなセリフあったっけ?
とタイタニックでジャックは思いながら本当に死んでしまった。
ぼくのようなサラリーマンがそんな完璧な想いを簡単に持てるもんじゃない。明日も出社をしないといけないし、そこからミーティングの資料集計をしないといけないし、上司の意図を汲み取って行動しないといけないし。
正直、1人の女性を想って命を賭けている気分になれない。

だから。
片思いの女性にも。
付き合った女性にも。
これまで「愛している」と言ったことがない。
おそらく無意識だけれど。
「好き」という言葉しか使ってこなかった。誤魔化していたのかもしれない。「タイタニックのジャック・ドーソン」や「愛の不時着のリ・ジョンヒク」みたいに自分の全てを捧げて守ってみたい。
「ファースト〇〇」
この世には「ファースト〇〇」という言葉がある。例えばファーストキスやファーストマリッジ。
今度から「ファースト愛している」ってものを加えてみてはいかがだろうか?歌舞伎町のホストが簡単に言っている「愛している」じゃない。
本当に心から言えた「愛している」だ。
それを言えたとき、薔薇を100本買ってきてお祝いをしよう。立派な大人になったねーと。30歳を越えて感じるのは、「手を繋ぐ」とか「指輪を買う」とか、そういった物質的なことは簡単にできて、気持ちを超えるっていうこのことの方が難しいと思う。
本気で「愛している」って思えたら。誰にも負けない。
もちろん、ジャック・ドーソン、リ・ジョンヒクにも負けない心から「愛している」を言えたとき。この世に生まれて立派に成長できたのかなって思う。
それをいつか言える人生だったらいいな。こっからそうなればいいな。
PM8:45
マクドナルドでこれを書き終えてみて、結局片思いの女性についてを書いてしまったなと思っているところです。
コーヒーをトレイを置くと、そこの紙に「i'm lovin' it」と書いてあった。これは安っぽい愛だと思う。例え、資本金が何兆円とあろうと、さすがにすべての客にほんとの愛を持つことはできない。
ここからがまだ成長の道だと思う。
ぼくにとっての「ファースト愛してる」が、現在、片思いをしている女性だったらいいなと思うのです。
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