35歳にしてイラストレーターになれた2020年
大晦日ですね〜。こんにちは、たかまつかなえです。
長野県の北アルプスの麓で、フリーランスのイラストレーターときどきグラフィックデザイナーとして活動しています。
はじめてのnoteということで、自己紹介を兼ねてイラストレーターとして活動し始めた経緯と、2020年の振り返りをしてみます。
(一番下まで辿り着かなかった人のために、イラストのポートフォリオを置いておきますね▽)
簡単な自己紹介
1984年、関西人の父と九州人の母の間に生まれる。幼少期から絵を描くことが好きで、何の疑いも無くものづくりに特化した工芸高校に進学。3年後には高校の隣にあるデザイン学校に進学。合計5年間、美術の基礎・写真や映像・デザインを学ぶ。
卒業後は、大阪のデザイン事務所でパッケージデザイナー▷東京の幼児玩具メーカーで企画開発デザイナー▷パソコンの前に座り続ける生活に限界を感じ、絵の次に好きだった植物に触れるためフローリストの資格を取り花屋勤務▷なんやかんやあって結婚・出産を機に、夫の出身地である長野県に移住。
現在は4才2才の元気いっぱい姉妹と夫、猫3匹と田舎暮らしを満喫中。

イラストレーターを始めるきっかけ
2016年に長野に移住、長女を出産してから、知り合いが一人も居ない慣れない土地での「はじめての育児」が始まりました。それはこれまでの人生経験をぴょーんと軽く超える大変さで、あっという間に心身共にいっぱいいっぱいの状態になりました。
1日の大半を幼い子どもと二人きりの小さな世界で過ごし、わずかな外の世界との繋がりも子どもを介したものだけ。頭の中は常に子どものことでパンパンに膨らんでいて、次第に自分の輪郭がぼやけていくのを感じていました。
そんな中、会社員として働いていた夫からふいに「ここにイラスト描けたりする?」とチラシに載せるイラストを頼まれました。そのお仕事は夫が個人的に入れたいと希望したものだったので報酬は抹茶味のアイスでしたが、久しぶりに古いペンタブを引っ張りだしてきて絵を描くことに緊張したのを覚えています。
結果的にそのイラストを職場の方々が目にしてくださり、こういうの描けるならお願いしたい!といった感じで少しずつですがご依頼をいただくようになりました。
育児しか残ってないやんと思っていた手の中に、また外の世界と繋がれる芽があることに気付いた私は、その芽をどうにか育てていくことにしました。

どうしたら育児しながら仕事できそう?
とはいえ、今の自分にとって一番大切なのは子どもの成長を見守ること。
両手に2つ以上の物を持つと必ず1つ失くすような、ど不器用な人間であることは自覚していたので、子供を見ながら会社勤めの頃のようにバリバリ働けるイメージは1mmも湧きません。
時々隙を見てクラウドワークのコンペに参加しては、採用されたりされなかったりで消耗していました。そんな時テレビCMでスキルを販売できるアプリの存在を知り、当時一番人気のあった似顔絵サービスを販売し始めました。
実績ゼロではじめから思うように売れるはずも無く、家族に買ってもらうなど泥臭い裏工作もしましたが、当時は他に無い絵柄だったからか運良くトップページに掲載されるようになりました。そこからはコンスタントにご依頼が入り、お客さまに喜んでもらうことがそのまま自分の喜びとやりがいになっていました。
自信と覚悟
個人のお客さまからのオーダーに応えるうちに、ウェディングのイラストも描くようになりました。するとそのイラストがPinterestにアップされていたようで、それを見た企業の方からお仕事のご依頼が来ました。
会社員時代に一通りの実務経験を積んでいたにも関わらず、妊娠出産と子育てで一旦離脱してしまった自分にとっては、身ひとつで対企業のお仕事をしていくことに漠然とした不安がありました。けれど、やってみるとなんてことはなく…自分がこれまで培ってきた技術や知識、提供してきたサービス内容は、対企業であってもちゃんと通用するのだという事がわかりました。
そうこうしている内に、2018年に二人目を妊娠・出産。その間にもっと手軽にイラストが描けるようにとiPadとApple Pencilを手に入れ、わずかな隙間時間を使ってインスタに絵日記をアップし始めたり、ツイッターでイラストレーターさんと交流を始めたり、セミナーに参加して情報収集したりと下地を整えるような期間がありました。そして、下の子が1歳を迎え、保育園に預けられるようになったのがこの2020年でした。(やっと!)
年明け早々、覚悟を決めて「イラストレーターズ通信」に入会の申込みをしました。申込みにはまとまった数のイラストが必要で、これまで細々と描いてきたものをかき集め祈るような気持ちで送信ボタンを押しました。

責任を持って名乗ったら起きたこと
運良く、イラ通の入会審査に通り、それまで心のどこかでイラストレーターと名乗ることに抵抗を感じていた自分と決別することが出来ました。
(▽私のWebイラ通ページはこちらです)
他にも先輩方から背中を押してもらったり、色々な要素があったのですが、SNSで「私のイラスト見て〜!」と宣伝する事にも抵抗が無くなりました。
するとさっそく雑誌の挿絵のご依頼が舞い込んできました。雑誌や書籍に自分のイラストを使っていただくのは将来的にいつか実現できたらいいな〜、くらいの気持ちだったので、メールを目にした瞬間は思わず椅子からお尻が浮きました。
その後も続けて、ネットを介してライターさんや編集者さん、デザイナーさんや、知人の紹介、応募したコンテスト、参加したセミナー、手がけたデザインなど、様々なところで見つけていただいたり出会った方々からお仕事をいただくようになりました。今年は3月頃からなるべく人との対面を避けていましたが、それ以前の行動が種まきになっていたようでした。
夏前頃から忙しくなり、11月頃まではマラソンのように走り続けていた気がします。書籍の締め切りがズレて重なった時期は、子どもを寝かしつけてから夜中に描くこともありました。イラストのお仕事は難しさや苦しみもあるけれど、楽しくて、時間さえあればずっと描いていられるなと思ってしまう、そんな幸せを感じられた1年でした。
とはいえ、家族の健康や心地良い生活という土台があってこそのお仕事なので、来年はもう少し上手くコントロールして家族に迷惑が掛からないようにしたいです…。
[ 2020年の主な制作実績 ]
書籍の挿絵
・成美堂出版『いちばんわかりやすい 家事のきほん大事典』
・フォレスト出版 『人生が変わる!心と体を温める料理教室』
・永岡書店『今度こそスッキリわかる!カメラのきほん練習帳』
・小学館『患者が絶えないカリスマ眼科医がやっている 失明しない習慣』
雑誌の挿絵
・KADOKAWA レタスクラブ
『教えて池上彰さん!明るいニュースはないですかー?』
『冷蔵庫とラク家事はつながっている!』『家事お助け家電』
・白泉社 kodomoe『読み聞かせQ&A』
・PHPスペシャル『ほめるだけで、自分もまわりもハッピーに!』
その他
・スプラッシュトップ株式会社 公式webサイトメインビジュアル
・ヘーベルハウス 季刊誌ヘーベリアン 記事内挿絵
・信濃大町移住ガイドブック 表紙メインビジュアル、挿絵、漫画

転がる方に進め!
突然ですが、我が家の家訓です。5年前に移住を決めたのも、今イラストのお仕事をしているのも、自然と転がる方に身を任せて進んで行った結果でしかないです。そうです、勘でここまで生きてきました!宣言すると恐ろしいですね。
ひとつだけ大事にしていることは、その時その時の心の動きに正直で居ようということです。
以前は、1つのことを続けるのが苦手で行き当たりばったりにも見える自分の性質を悪いものと思い込んでいました。それが今年イラストのお仕事をしていく中で、これまで経験してきたことはすべて今の自分を構成する要素になって生きているということに気がつきました。
来年以降も、イラストに限らずやりたいことがいっっっぱいあります。
やりたい!と思えるのは、やれそう!と思えることが増えたからです。やれそう!と思えるようになったのは、この1年で関わってくださった皆さんから私の良いところや可能性を教えていただいたからでもあります。
最後は明るく終わりたくて、良かったところばかりピックアップしましたが、、2020年は本当に大変な1年になりましたね。まだまだどうなるかわからない日々が続きますが、引き続き共に楽しくがんばっていきましょう。
はあ長…長かったですね…今年を振り返るつもりが人生振り返ってました。最後まで読んでくださってありがとうございました。
よかったらイラストのポートフォリオも見てってください。いつかどこかでご一緒できたらとても嬉しいです。
それでは皆さま、良いお年を〜。
たかまつかなえ
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