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イラストレーターを人生で3回諦めた話

3月!おわりとはじまりの季節!
というわけで、強引ですが今日は3にまつわるお話をします。

こんにちは。イラストレーターのたかまつかなえです。

2020年に開業してから、今でこそ途切れることなくイラストのお仕事依頼をいただけている私ですが、実は人生で過去3回イラストレーターになることを諦めた瞬間がありました。その3つのエピソードを書き残しておきます。
注:脱線多めの4,200字です。

胸の内にやりたいことがあるけれど、周りの声や状況に流されがちかも…という方に参考になるところがあれば嬉しいです。



イラストレーターを諦めた瞬間 その1:小学生編

小学校で一番仲良しだったお友達が将来の夢イラストレーターと言った時

めちゃくちゃ些細な出来事だな…と今となっては微笑ましく感じるのですが、当時は学校の中での関係性が自分の全てだったんですよね。

5年生の時に、ななちゃんというお友達が出来て、すごくおしゃれな子でお互い絵を描くのが好き・りぼんっ子(集英社の少女まんが雑誌「りぼん」の愛読者)という共通点から仲良くなりました。
学校帰りにななちゃんのお家に遊びに行くと、部屋中がスイマーやスーパーラヴァーズのグッズ、PEZなどのアメリカ雑貨で覆い尽くされていて、そんなキッチュ&ファンシーな空間でお互い黙々と漫画を読むのが日課でした。

ある日、小学校の卒業文集で「将来の夢」を書くことになります。
それまではぼんやり”幼稚園の先生”だったり”ケーキ屋さん”など、幼少期のイメージから地続きの職業しか頭になかった幼なすぎる私でしたが、その時初めてななちゃんの口から「私はイラストレーターになろうと思ってるねん」と聞かされ、なんその大人っぽいかっこいい職業は…!と衝撃を受けました。

ななちゃんからこーであーでと話を聞いていると、なるほど絵を描いたり漫画を読むのが好きな人間にはうってつけの職業で、私の将来の夢ってまさにこれやん!とそこで気が付いてしまったのです。が、時すでに遅し。私も私も〜!とアホな顔で挙手するハートの強さは持ち合わせておらず、他にはこんなんもあるよ、と流れで教えてもらったのが『グラフィックデザイナー』という職業でした。

当時ちょうど、新しいもの好きの父が初代iMacボンダイブルーを買ってきたタイミングでもあり、パソコンの画面上で絵を描くのにハマっていた私は、私の将来の夢ってまさにこれやん!とすぐさま軌道修正。
そして卒業文集には大きな文字で、私の将来の夢はグラフィックデザイナーです。と書かれることになったのです。
急浮上したイラストレーターの夢は、そっと手の平で押し戻され、胸の奥に仕舞われることになりました。

イラストレーターを諦めた瞬間 その2:就職編

就職するかひとり立ちするか迷った時

将来の夢『グラフィックデザイナー』は、その響きのよさもあり中学生になってからも自分の中に君臨しつづけました。

すると自然と、高校を選ぶタイミングでグラフィックデザイナーになるために近道になりそうなのはどこやろか?と考えるようになりました。…というのは建前で、あまりにも中学が荒れていたので、一刻も早くここの人達から離れたいという気持ちが一番強かったのです。そして唯一、学区外でも受験できる市立の高校というのが、ものづくりに特化した工芸高校でした。
当時はかなり人気があり学力も必要な学校で、中2で深夜ラジオに夢中になりドロップアウトしていた私は、学校と塾の先生陣から絶対落ちると太鼓判を押されておりました。そこを気合いでくぐり抜けて受かります。

高校は中学とは真逆で、毎日ほんとうに楽しくて、課題に明け暮れ、行事には本気を出し、軽音部とソフトボール部に打ち込み、愛すべき変わり者の友人達に恵まれ、最高の日々でした。
この最高の日々がどうか続きますよう…と進学先に選んだのは、工芸高校のすぐお隣にあるデザイン教育研究所という公立2年制の専修学校(専門学校)でした。運良く推薦で受かって、あっというまに2年が経過。
就職活動の話がちらほら耳に入ってきます。そんなことより卒業制作を仕上げねばと半ば現実逃避していた私は、そもそも就職せなあかんって誰が決めたん!?そんなん知らんし!と尖り散らかして世間に牙を剥いていました。

ある日、家でメソメソ泣きながら、「私は絵が描きたいし、好きなものを作りたいねん。だけど就職したらきっとそんなん出来んくなる。だから就職活動なんかせんと自分で独立する」と見通しが甘すぎるけれど切実な持論を打ち明けます。すると父がのんびりした口調で、「せやかてお前、まだ一回も就職したことないやん。やったことないのにそうなるって、なんでわかるん?いっぺん就職してみて、やっぱりあかんかったら辞めて、またその時にどうするか考えたらええんちゃうの」と。
それを聞いた私は、すぐさま納得。それもそやな。とあっさりデザイン事務所への就職を決めたのでした。
心のどこかでは、いきなり一人で絵を描いたりものを作ることで独立するなんて、出来るわけがない。と現実的な冷めた目でこちらを見ている自分にも気付いていました。

イラストレーターを諦めた瞬間 その3:社会人編

イラストレーション塾でイラストガチ勢の猛者たちに出会った時

デザイン事務所で配属されたのは、パッケージデザインのチームでした。そこで私ははじめて「パッケージデザイナー」という肩書をもらいます。

上司も同僚もいい人ばかりで、ここで社会人の常識というものを徹底的に叩き込んでもらいました。就職してすぐ、フランクに話しかけてくれる先輩に対して良かれと思ってタメ口で返事するレベルの常識の無さでしたので(学生時代は学年関係なくタメ口で話すという文化があったのです)、裏では伝説の大型新人あらわると噂されていた、とのちに飲み会で知ることになります。

パッケージデザインの仕事は、主にスーパーやコンビニで売られている食品パッケージ、PLAZAなどで売られている雑貨のパッケージなどでした。中でも、多少イラストが描けるということで、たとえ捨て案であってもイラストを入れた案を作らせてもらえる時が一番楽しかったです。
シュッとしたデザイン、ゴリっとしたデザインがとにかく苦手だったので、あまりの出来なさと不甲斐なさによくトイレに逃げ込んで泣いていました。

4年ほど勤めて一通りのデザインが出来るようになってきた頃、突然「日本に生まれてきたからには、一度は東京で暮らしてみたいな〜」と思い立ち、退職。東京のデザイン事務所で働きはじめるも、あまりのブラックな環境に病んですぐさま転職。幼児玩具メーカーの企画室に拾われ、楽しい同僚にも恵まれ元気を取り戻しますが、平和は長くは続かず大手メーカーに合併吸収されます。
それまではずっと作る側の仕事がメインだったのが、急に管理の仕事がメインになり、エクセル!コスト削減!発注!みたいな自分の性質に一番合っていない分野の仕事を無理してやるようになりました。
この楽しくなさすぎる毎日をどうにか変えねば…自分にとって一番楽しかったことってなんだっけ?やりたかったことは?好きだったことは?と自分自身に話しかけ続けること半年。そうだ、絵を描くことだ、と思い出します。
そこで、MJイラストレーション塾に出会いました。

イラストレーション塾では、毎回決められた課題を描いていき、塾生みんなが見ている前にザーッと大小様々、手法もバラバラの絵が貼り出されます。絵を描きはじめて何年とか、プロとかアマチュアとか関係なく、先生が気になったものを指差して、ここが良いね・もっとこうしたら、などのコメントをもらえます。最初のうちは全くコメントをもらえず、誰の絵だかわからない、とダメ出しをくらっては肩を落としてトボトボ帰っていました。それでも講評を聞くのはとてもタメになり、苦しくも楽しく自分が描くイラストに向き合っていました。

いつもイラストの講評のあとに、短い時間ながらみんなで輪になって床に座り、先生と奥さまが用意してくださった飲み物やパンなんかを食べながら、隣の人と会話する時間がありました。
そこで、自分以外の人たちのイラストレーションに対する熱量の高さを目の当たりにします。志しだけでなく、圧倒されるような素敵な作品を描く人が何人も在籍されていました。(のちに世間に見つかることになるagoeraさんや坂内拓さんなども同じクラスでした)それでも、イラスト一本で生計を立てるのはなかなか難しい時代になってきていると耳にして、こんなにも熱量があって上手い絵を描く猛者たちがいっぱい存在していて、そんな人達ですら食べていけてないなんて!自分にはとてもじゃないけど手が届かない世界だ。
これが3回目に、本当にイラストレーターになることを諦めた瞬間でした。


それからどうなったか

と、長々と諦めてしまった話を書いてきましたが、私の現在の職業はイラストレーターです。どういうわけだか巡り巡ってこうなっています。
しかもなんと、この仕事一本で食べていけてます。

なぜなのか。それは3回も諦めるタイミングがあったのに、なんやかんやでしつこく描くことを辞めなかったから、の一言に尽きます。
それにだいぶ遠回りしてきたからこそ、今の仕事に役立っている技術や知識もたくさん身についています。恐らくそれらの経験が無かったら、上手くいっていなかった可能性の方が高いはずです。

選択が違えば早いタイミングでもなれていたかもしれないけれど、遅くてもなれた時が自分にとってはベストのタイミングでした

こうして振り返ってみると、過去3回とも自分で勝手に諦めてきたんだなと唖然とします。周りの声や状況に流され、流れに身を任せることが吉と出るか凶と出るかは誰にもわかりません。
せめてあなたの選択はそれでよかったと過去の自分に言ってあげられるように、今を過ごしていきたいと思うのでした。

これから進む道を決めなければならない、と憂鬱になっている人が居たら、色んな人の話を聞いてみることをおすすめします。その上で、どの道を選んでもきっと面白いことがいっぱい転がっていて、無駄な経験などひとつもないので、今の自分の選択に自信を持って一歩踏み出してみるといいかもよ!
と無責任にお伝えしたいです。

おしまい。

イラストレーター たかまつかなえ


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