晩期マルクスとその可能性②
ところでぼくがカール・ポランニーの著作と初めて出会ったのは、昔、京都にあった三月書房の店主にすすめられて『経済の文明史』を読んだ時だったと思う。『経済の文明史』は今は筑摩学芸文庫に入っている。また図書館にもあるはずなので興味がある方はぜひ読んでほしい。経済学を勉強すると言ってもマルクス経済学の本だけ読んでいてはダメだと思う。マルクス主義者の中にはそういうひとが多い。ぼくはポランニーの経済人類学、そしてカール・メンガーも読んだ。もちろん当時20代でマルクスはおろかポランニーやメンガーもわかったなんてとても思っていない。が、若い時というのは意外になんでも吸収する。マルクスを読むなら周辺の著作、論敵の本ぐらいはざっと目を通しておいた方がいい。カール・ポランニー、カール・メンガーと読み進むうちに玉野井芳郎先生を著作を通して出会った。玉野井先生は学際的と言うことをよく言われていた。大学や研究室の縦割り行政をやめようという話しだと思ってもらえるといい。
玉野井先生はもともと宇野弘蔵の元で経済学を学ばれた。いわゆる宇野学派である。今、宇野弘蔵先生のものはほとんど読まないが、ぼくでも一時宇野学派を信奉していたことがある。それに宇野弘蔵の『経済原論』を読んでなんとなく価値形態論がわかった。『資本論』第一章の価値実体Wert Substanz と価値形態 Wert Form の違いがなかなかわからなかった。『資本論』第一章 商品章はある程度、哲学の訓練を経ていないと一度読んだだけではわからないと思う。ぼくは『資本論』を読む場合、2章から読むことを勧めている。そして、読み終わってから第一章に戻った方がいい。マルクスも商品章をなぜあんなに難しく書いたのかわからないが、売れなくてあたり前だ。エンゲルスやイェーニー・マルクスは内心また売れない本を書いてと思っていたのではないか?それはともかく、宇野弘蔵先生の『経済原論』や『経済学方法論』はよく読んだ。今では偉そうだが骨董品だと思っているが。ただ宇野弘蔵先生は、エッセイなどを読むとすごく謙虚に思えた。学術研究とはこういうものかとも思った。
さて玉野井先生に「宇野経済学の功績と限界」という論文がある。それをもとに宇野弘蔵ーカール・ポランニー、カール・メンガーについても述べてみたい。宇野弘蔵はある時玉野井先生にこう言ったそうである。
『君、法然上人は大蔵経を繰り返し繰り返し読んで、〈南無阿弥陀仏〉の境地へと到達し、それからつねに〈南無阿弥陀仏〉を唱えた人だそうだが、ぼくは『資本論』を繰り返し読んでーもっともその読み方はとても法然上人には及びそうにないけれどー労働力の商品化という規定に到達したようだよ。ぼくはいつも、この規定を中心において経済学を考えている。「労働力商品化」という6文字こそは〈南無阿弥陀仏〉の6文字と同じように、資本主義経済がそれによって存立している、そういう基本的な規定なのだよ」(宇野経済学の功績と限界)
ぼくに言わせると「宇野先生、労働力商品化だけですか?自然や貨幣の商品化もあったのではないですか?失礼ですが、先生のそういう経済学の枠組みの中だけで資本論を読みこんだところが、原論論から本源的蓄積を取りこぼしてしまったのではないですか?法然上人には遠く及びませんね」と言いたくなるが、これから話す話しはそういう話しだ。
アダム・スミスでは交換は原始社会における狩猟民族の間のビーバーと鹿との物々交換の比喩で説明される。また交換の動機は人間の〈利己心〉〈交換性向〉で説明される。この点はマルクス経済学も近代経済学も自らの絶対的な前提である。
しかし、カール・ポランニーは経済学の神話に対してマルセル・モースやマリノフスキーの人類学的実証研究によって「それまでに観察されるどの社会においても、そのような性向が顕著に認められることはほとんどなかったし、それはせいぜい経済生活の従属的特徴であるにとどまっていた………だが、実際には、アダム・スミスが未開人の政治的心理について示唆したことは、ルソーが未開人の政治心理に示唆したことに劣らぬほどの誤りであった」(大転換)と述べ、「もうけ仕事に対する未開人の偏愛というアダム・スミスの仮説の基礎にあったある種の19世紀的偏見を捨てなければならない」としている。まさに経済人類学によって経済学の大前提が崩壊したのである。
宇野は形態が実体を包摂する、流通が生産を包摂するとの論理で資本論第一巻を第一編を読みこみ、第二編第4章で説いている労働力の商品化を問題視する。この点に形態による実体の包摂、〈商品、貨幣、資本は間の関係のロジックから生まれる流通形態に他ならない。これに対して労働= 生産過程は、言うなれば社会的実体の根幹に位置するものであり、流通過程が労働力の商品化を通して資本に転化するという風に説く〉玉野井前掲書しかし、労働力商品化は商品流通が漸次的に発展してきて経済が労働力を包摂するという生易しい話しではなく、資本の本源的蓄積によって暴力的に創出されたものである。宇野の流通が生産を包摂するという理解では本源的蓄積を無視してしまうことになる。しかし、本源的蓄積とは資本蓄積の土台になる蓄積である。この点がわからないと1000回資本論を読んでも法然上人のようにはなれないのである。
Wenn des Geld , nach Augier , „mit natürlichen Blutflecken auf einer Backe zur Welt kommt „, so das Kapital von Kopf bis Zehn,aus allen Poren, blut und schmutztriefend
例えば、初版資本論の目次を見ると
第一部 資本の生産過程 第一章 商品と貨幣①商品②商品の交換過程③貨幣又は商品流通の次に第二章 貨幣の資本への転化 となっており、マルクスの意図は完全な等価交換でも労働力の商品化で資本主義の下では、剰余価値は発生するということを論理的に証明したことであり、逆に宇野のように論理的なところに歴史的なものを読み込むのはおかしいのでる。
*また実体Substanz と形態Form は対概念であり遠くアリストテレスの質量ー形相まで遡る話しである。それを切り離してあれこれいっても弁証法を理解していないことを晒すだけだ。宇野はヘーゲル論理学を読んだと書いているがほんとうかどうか怪しいレヴェルの間違いなのである。
ここで宇野弘蔵先生を批判する気はないのだが、例えば宇野の段階論など重商主義段階ー自由主義段階ー帝国主義段階と単線的な時間、つまり時計で測れる物理的な時間論をマルクスがとっていたように読める記述をしているが、例えば植民地にされた側から見れば資本主義とは今も昔も暴力的な帝国主義以外の何物でもなかったということだ。マルクス自身は、もう少し多様化史観というか重層的な時間軸で歴史を捉えていたように思われる。
玉野井先生も「これまで見てきたことから明らかなように『資本論』の理論を再構成した宇野原理論は、その経験的対象を19世紀中葉のイギリス資本主義においており、また段階論は19世紀末から第一次世界大戦にかけての『金融資本』の最後の段階にとっている」と述べられているように、宇野経済学は西ヨーロッパの経済学分析を中心にしたものだ。マルクスの『資本論』も本源的蓄積章などを読む限り地理的にも時間的にももう少しダイナミックな構成をとっており、宇野経済学など日本の高度成長期に現れた特有の経済学と言えるだろう。
さて、宇野経済学をポランニー経済学と対比してみるならば、宇野経済学ーひいてはマルクス経済学の限界も顕になる。
「宇野経済学としては、なるほどこれで首尾一貫した〈狭義の経済学〉の方法的処理がひとまずなされたわけであるが、しかし21世紀も間近い今日の時点からすると、独創を誇りうる宇野経済学にも〈狭義の経済学〉としての時代的制約があることをあらためて確認せざるを得ない」としてカール・ポランニーの経済人類学との対比を試みられる。
第一に宇野経済学も、ポランニー経済人類学も「アダム・スミスや近代経済学に於ける交換の説明と大きく異なるということである。ただ私見では宇野弘蔵はアダム・スミスの経済学の神話を引きずったままで、ぼくは玉野井先生の説には与しえない。宇野もマルクスもアダム・スミスの神話を引きずっている。
重複することになるがポランニーは「事の論理は古典派学説の基礎をなすものがほとんど正反対である。正統的教義は個々人の交換性向から出発し、そこから局地的市場の必然性と分業の必然性をともに演繹し、最後には交易の必然性をともに演繹し、最後には交易の必然性を推論した。だが、現在のわれわれの知識に照らしてみるならば、議論の順序を正反対にしなければならない。すなわち真の出発点は遠隔地取引である。そしてそれはしばしば市場を発生させる。この市場によって、スミスのいう折衝やかけひきを行う『性向』が生じる。……次のように仮定するのは自然に見えるかもしれない。すなわち交易という個別的行為が与えられれば、それはやがて時とともに局地的市場の発展に導くであろうと言うこと、そしてそのような市場は一度存在することになるや、まったく同じように自然な形で国内ないし全国市場の確立に導くという仮定がそれである。しかし、それらはいずれも事実と相いれない。交換や交易という個別的行為ーこれは疑いえぬ事実であるがーは一般に、他の経済行動が支配的な社会においては市場の確立にみちびくことはない」(大転換)
第二点目も重複になるが、宇野経済学と違いポランニーは労働、土地、貨幣と言った本源的生産要素の商品化に資本主義の問題点を見ている。
貨幣の商品化についてはマルクスの『要綱』にも次のような記述がある
「価格は古くからあるし、同様に交換も古くからある。しかし、価格がしだいに生産費用によって規定されるようになるのも交換がすべての生産諸関係を包摂するのもブルジョア社会においてはじめて十分に発展したのであり、またたえずますます十分に発展しつつある。アダム・スミスが紛れもない18世紀的な様式で先史時代に措定し、歴史に先行させたところのものはむしろ歴史の産物なのである(経済学批判要綱)
宇野経済学とポランニー経済学は、資本主義の矛盾を捉える上で重なる視点をもっているものの、宇野の場合は経済学という学問の中での議論という枠組みに制約されている。しかし、ポランニーの場合は資本主義を捉える上で、歴史学、人類学、民族誌学を踏まえて経済学というパラダイムを相対化し、〈広義の経済学〉を確立しようという視点を持っている。18世紀のアフリカのダホメ経済やマリノフスキーのトロブリアント諸島のクラ交易など、非西欧社会および先史社会の視点を取り入れることにより、ヨーロッパ中心史観になりがちな経済学的な議論を相対化している。
ポランニーは玉野井さんによればカール・メンガーの『経済学原論』第二版の成果から影響を受けたようである。カール・メンガーは『経済学原論』初版を出版した後、初版を再刊させず、二版への改訂作業に向かった。「メンガー理論を一つの源泉とする新古典派経済学は、晩年のメンガーの理論的苦悩と模索をよそに、経済的ということに含まれている二つの意味が単一の概念に融合していることに対してなんの疑問も抱こうとはしない。ポランニーはこのように問題を提起しながら、経済の形式的意味と実質的意味とが事実上、一致して現れることになったのは『自己調整的市場経済』が人類の歴史に登場した最近のことであり、またそれを地球上で代表した西ヨーロッパと北アメリカにおいてであるーということに注目するのである」玉野井305
宇野経済学は、19世紀のイギリス資本主義からの演繹として原理論を形成し、ヨーロッパの資本主義経済を主な分析対象としたが、しかし、そのことは宇野経済学が〈狭義の経済学〉としての時代的制約から逃れるものではない。すでに、われわれは資本主義の最後の発展段階としての帝国主義、しかし、最後の発展段階としての帝国主義の最後を証明したかのように見えた社会主義革命とそれを生み出した社会主義体制が崩壊したなかで、資本主義がまさに地球そのものを食いつくそうとしている時点にいる。〈狭義の経済学〉の限界を見極めつつ〈広義の経済学〉を目指す必要がある。〈狭義の経済学〉の終わるところ、〈広義の経済学〉が始まる。〈狭義の経済学〉ではジェンダー、エスニシティー、環境問題、あるいは南の世界の問題は解けない。そして、ここに晩年のマルクスの苦悩を重ねてこそ〈マルクス左派〉の問題も理解できる。マルクスは晩年、ロシアのミール共同体研究、コヴァレフスキーとの出会い、マウラーノート、コヴァレフスキーノート、古代社会ノート、ヴェラ・ザスーリッチ宛の手紙とその草稿など西欧社会を相対化する研究を行った。
広義の経済学こそは「労働は、使用価値の形成者としては、有用な労働としては、あらゆる社会形態から独立した、人間の実存条件であり、人間と自然との間の物質代謝を、したがって人間の生活を媒介するための自然必然である」(資本論初版)という市場経済に根底にあり、人間の生命と生命の再生産という人間の経済のことである。労働=生産過程の根底あってこれを媒介する人間と自然との物質代謝への領域を含む経済学であり、生命の経済学と言い換えてもいい。宇野経済学やその他経済学の問題圏を超えていこうということがマルクス左派の問題意識である。
