ジャミラと共生できるか、と現代人に問う
今年の漢字が「熊」に選ばれたという話から思ったことを綴ります。
学者ではないので生態系についてはわかりませんが、連日クマのニュースが飛び交ってた印象は確かにありました。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。
そして、今年といわずこの手のニュースだと必ず駆除せよ、保護せよという二つの意見で論争が起こっていますね。まぁ、対岸の火事な人達が無責任なことを宣っているに過ぎない、と感じていますが。
私自身、このクマ被害については「ミニサイズの怪獣」だと思っているので、考えとしては駆除一択だと思っています。可哀想だ、クマに罪はないという人達の意見を見ると、初代ウルトラマンのあるエピソードを思い出すんです。
「怪獣」と共に生きられるのか
昭和41年12月18日が放送日となっていて、間もなく59周年を迎える今も語り草の一編、第23話「故郷は地球」です。

ウルトラマン第23話 「故郷は地球」
国際平和会議の出席者を乗せた旅客機や船が爆破される事件が相次ぐ。正体不明の敵を攻撃するため、科特隊はスペクトル光線を開発し、不可視の敵ロケットの撃墜に成功する。炎の中から立ち上がった怪獣を見た科特隊パリ本部のアラン隊員は、怪獣ジャミラは人間だと語り始め、それを聞いたイデは激しく動揺する。(ツブラヤイマジネーションより引用)
元・人間であった怪獣ジャミラの悲劇を描いた名作回であります。ジャミラに同情の声が集まる実相寺監督の代表作と言っても良いエピソード、イデ隊員の台詞もまた、有名ですね。
「ジャミラ」で検索するとサジェストに「かわいそう」が出てくるほど、悲劇的な存在であるがゆえに、地球を守る為に倒さざるを得なかった科特隊、ウルトラマンにとって後味の悪い戦いになりました。心情的には救いたい気持ちがあっても、

暴れ回るジャミラとのコミュニケーションは難しいでしょう
変わり果てた姿と、危害を加えてくるその行動から駆除対象にする以外の選択肢はありませんでした。これは、現実におけるクマ被害についても同じことが言えます。先述しましたが、サイズが小さいだけでクマも怪獣と変わらないと思っているからです。
これは、暗視カメラに映ったクマの姿ですが…

ウルトラQに登場したモングラーに見えたんですね。

怪獣より小さい、とは言っても人間よりは大きかったりするわけで力でも速さでも太刀打ち出来ない存在。もはやクマは怪獣と何ら変わらないと思うんですよね。クマを殺すな~と、他人事だからこその倫理観に酔う人達には、
「ジャミラと一緒に生きていけるかを、考えてみろ」
と、突きつけてやりたいですね。
60年前に、それは無理だと特撮ドラマが解答を出しています。外敵から生活を護ることに綺麗事の入る余地はないんです。
何故クマが可愛いとされるか
そもそも、実際のクマを目にする機会は本来動物園などでしかなく、最近の様に生活圏に入り込んでくる異常事態にならなければ普通は見ることもない動物なんですよね。それゆえにか、一般的なクマのイメージとして犬や猫と同じような愛玩動物の印象があるのが、現実との(かなり大きな)ギャップに繋がっているのでは、と思います。

まぁ、この子はぬいぐるみなんですけど
昔から天災や流行り病を妖怪の仕業のように喧伝して、親しみのあるものにすり替えてきた人間の歴史もあります。人の意識としてクマも獰猛な害獣ではなく、どこかでファンタジックな生き物に変わっていたのではないかと感じるんですね。しかし、現実にはクマは「家族」になれるような動物とは言い難いでしょう。昨今のクマ被害については、幻想を捨てて認識を正しく持つ必要があると自然が訴えてきているのではないでしょうか。

みらいが後ろにいるだけ?

それはそれとして、いちごメロンパンは美味しいですね
そもそも、リアルのクマは見た目も恐ろしくて可愛くはないですよね…ここは人によりますが、私はたとえ人懐っこいとしても近寄りがたいと思ってしまいます。ジャミラも同じで、たとえ人の意識があったとしてもあの見た目では…と感じる部分があります。仮に人間大サイズだったとしても、です。見た目で判断するのはよくない、とは言います。が、そうは言っても見た目は大事ですよね。メラビアンの法則で第一印象の55%は視覚から、とも言われていますし。
…まぁ、昔、怪獣酒場でジャミラに会ったことがありましてその時は可愛くも見えたんですけどね(笑)。

そこも含めて、親しみを覚えたものですが(笑)
小学生男子は、一度くらいはシャツのネックに顔を引っかけてジャミラごっこをした経験があると言われています(独断と偏見)。知名度と相まって人気はある怪獣ですが、じゃあこれが隣にいて仲良くできるか、と言われれば話は別だと思います。
今年のクマ騒動を見て、ジャミラを思い出した特撮ファンの戯言でございました。
