「愛子内親王殿下を皇太子に」という議論に対する、皇室の歴史と制度からみた懸念
「過去にも男系女子の女性天皇はおられた。男子に限定したのは明治以降なのだから元に戻し、愛子内親王殿下を皇太子にすべきだ。歴史的にも問題はない」という意見を耳にすることがあります。
しかし、皇室の伝統と現在の法制度に照らし合わせると、この議論には非常に大きな懸念と矛盾が存在します。
1. 皇室典範と法制度上の問題
まず、現在の皇室典範(第3条、第4条、第8条など)に基づけば、すでに決定している皇位継承順位が存在します。
国民の世論や人気投票のような形でこれを覆すことは、皇室の制度的安定性を損なうだけでなく、現在継承順位をお持ちのお二方の存在や人格を否定し、深く傷つけることになりかねません。 民間が安易に介入すべき領域ではないと考えます。
2. 「女性天皇」と「女系天皇(そもそも歴史・日本語として存在しない概念)」の決定的な違い
仮に愛子内親王殿下が「男系女子」の天皇として即位されたとします。しかし、真の問題はその「次の世代」にあります。
愛子様のお子様(いわゆる女系)には、従来の皇位継承権はありません。
多数決や人気の勢いで押し通したとしても、誕生するのは従来の「天皇の公理(男系継承)」とは全く異なる存在です。そもそも日本の歴史上「女系天皇」などというものは存在せず、言葉としても成り立ちません。
継承されたとしても、それは歴史的連続性を持った「天皇」ではなく、実質的な「第一代国王」とも言うべき全く別の存在になってしまいます。
3. 旧宮家に受け継がれる「覚悟」と「すめらぎ」の真諦
このような強行が進めば、かつてGHQによって臣籍降下させられたように、他の宮家も民間人として新しい王室から遠ざけられることになりかねません。愛子様ご自身が、そのような事態を望まれているでしょうか。
「第1代国王」なるものがうまれ、たとえ臣籍降下となり、国家予算がつかず、王城(旧皇居 赤坂御用地などの宮邸)を出て団地の一室で暮らすことになったとしても——旧宮家の方々は男系の128代天皇を擁立し、国民の安寧を毎日祈る「すめらぎ」を守り続けていかれるのではないでしょうか。
どんな環境におかれようとも、国民のために祈り、伝統を守り抜くこと。それこそが「すめらぎ」であり、すめらぎに連なる方々の真の責務なのです。その「祈り」の中に国民が存在することこそが「すめらぎ」の本質です。
まとめ
「歴史的に問題ない」と一言で片付けることはできません。伝統の継承と制度の重みを無視した議論は、皇室の根本を揺るがすことになります。目先の人気や多数決ではなく、皇室がこれまで歩んでこられた歴史と公理に思いを馳せることが必要ではないでしょうか。
