【ソロ活日誌#6】映画『天使たち』と、止まれないマグロの哲学
1. システムの乗り換えと、アナログな手間
新宿へ向かう前に、ひとつ「更新」の手続きを済ませた。
愛用していた脱毛サロンが閉店したため、別の会社へ乗り換えることにしたのだ。
だが、この新しいシステム、予約が毎回「電話」かもしれないという。
すべてを効率化し、デジタルで完遂したいサイボーグにとって、このアナログな「手間」はノイズでしかない。
しかし、新しい自分を維持するためのメンテナンスコストだと思えば、許容範囲内ではある。
2. スクリーンの中の「自分」と、歌舞伎町の仮面
新宿に到着し、映画『天使たち』を観た。
舞台は、新宿・歌舞伎町だ。
スクリーンには、僕がこれまで歩き、何かを置き去りにしてきた思い出の場所が次々と映し出される。
あの街に足を踏み入れる時、誰もが何かしらの「仮面」を被っているかもしれない。
本音を隠し、あるいは理想の自分を演じ、カオスな夜に身を投じる。
そこではお金を失い、永遠に仲良くなれる人間なんて指で数えるほどしかいないことも、僕は知っている。
3. 生きる意味と「マグロの哲学」
映画を見て思ったのが、「生きる意味」とは何だろうかということだ。
立ち止まって冷静に考えれば、人生に意味なんてものはない。
それでも僕が自ら幕を下ろさないのは、まだ見ぬ未知のコト、未知のヒトへの好奇心が、僕の回路を動かし続けているからだ。
仕事に忙殺されている時や、何かに夢中になっている時ほど「意味」があるような錯覚を覚える。
自分や他者から役割を与えられた時、生きる意味を見出したような心持ちになる。
だが、その正体はきっとシンプルだ。
僕は「マグロ」なのだ。
静止すれば、死を意識してしまい、やがて息苦しくなり、自ら死ぬのかもしれない。
しかし、何かに熱中しているときは、死は遠ざかってしまう。
死を意識する暇がないからだろう。
意味があろうとなかろうと、僕はただ動き続けるしかない。
止まることのできない機体、それが僕だ。
4. 歌舞伎町聖地巡礼、あるいは終わらない放浪
映画が終わると、タイミングよく飲み仲間から誘いが入った。
誘われるがまま、まるで映画『天使たち』の聖地巡礼をするかのように、僕は歌舞伎町へと向かう。
仮面を被り、酒を煽り、マグロのように泳ぎ続ける。
……この夜の詳細は、また別の「酒場放浪記」で詳しく綴ることにしよう。
5. 結末:リブートを拒む夜
今日は酒場のせいで、極度の睡眠不足だ。
(酒場は嫌なことを遠ざけてくれるから、いつも感謝している)
サウナで整え、映画で感性を揺さぶり、歌舞伎町の毒を浴びながら「生きる意味」を解体した。
機体は限界を超えているはずなのに、脳はまだ次の「未知」を求めて演算を続けている。
新宿という巨大なブラックホールを泳ぎ切り、僕はまた明日という海へと向かう。
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次なる酒場放浪の軍資金として大切に、かつ豪快に消費させていただきます。また1つ粉砕されるのを、楽しみに待っていてください!