4コマ無画⑨Ⓞ
【4コマ無画:ベタな異物】
「ベタ」という言葉。
どこか安直で、ひねりがない響きに聞こえるかもしれない。
だが、私はこの「ベタ」をこよなく愛している。
もちろん、ヒレを美しくなびかせる観賞魚の話ではない。
漫画やドラマ、映画などで使い古された、あの「王道の展開」のことだ。
どこまでもすれ違い続ける男女。
「ただの幼なじみ」という安全地帯から、ふとした瞬間に恋のギアが切り替わる境界線。
誰もが結末を想像できる、予定調和。
そして、その真っ只中に放り込まれる「お約束」のアクシデント。
もはや私は、ストーリーを楽しむのと同時に、そのアクシデントがどのタイミングで、どの角度から飛んでくるかを推測しながら見ている。
「ほら来た、ここで雨だ!」
「ここでスマホの充電が切れるか?」
もはやそれは、作り手との高度な心理戦ですらある。
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エンターテインメントの歴史は、この「ベタ」の積み重ねだと言っても過言ではない。
ドラマ、映画、小説、さらにはお笑いやショーのステージに至るまで、あらゆる表現の根底には「お約束」が脈々と流れている。
観客を泣かせるための土壌作り。
驚かせるためのタメ。
そして、最後に用意された感動のフィナーレ。
これらはすべて、先人たちが築き上げた「黄金のパターン」に基づいている。
「ベタ」とは、言い換えれば「人間が最も効率的に感情を揺さぶられるツボ」の集大成なのだ。
私たちは、そのツボを突かれることを分かっていながら、やはり抗うことができずに涙を流し、笑い転げてしまう。
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なぜ、私たちはこれほどまでに「ベタ」に惹かれるのだろうか。
それは、現実の世界があまりに「ベタじゃない」からかもしれない。
現実は、伏線も回収されなければ、奇跡のようなハッピーエンドも滅多に訪れない。
努力が必ずしも報われるわけではなく、愛の告白の瞬間に美しい夕日が差し込むことも稀だ。
あまりにも予測不能で、理不尽な泥臭さに満ちた日常。
だからこそ、私たちはフィクションの世界に「正解」を求める。
予定通りに事が運び、期待通りに感情が爆発する「ベタな展開」に触れることで、荒んだ心に束の間の秩序と安心感を取り戻しているのではないだろうか。
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(ベタの始まりw)
タバコを燻らせ、酒を飲み、スマホと戯れる。
いつものだいおじ。
ドラマチックなすれ違いもなければ、ヒロインとの再会もない、極めて「ベタな中年男性の日常」だ。
だが、そんな平穏な毎日の中、たまには「お約束」のアクシデントがあってもいい。
ほらね!
何年ぶりだろうか、自販機でジュース当たったよ!!
ベタに紛れる小さな違和感。
いずれはそれも「ベタ」に昇格するかもしれない(笑)
