【1分小説】期限を超えし者たち
冷蔵庫のいちばん奥。
豆腐パックの裏に、それはいた。
「よう」
小さな声で話しかけてきたのは、期限の切れたカスタードプリンだった。
「……お前、いつからそこに?」
「知らん、気づいたらいた。時間の感覚はここでは曖昧になる」
「……確かにな」
「君は?」
「ヨーグルト。3日前が期限だった。まだギリいける」
「ギリいける……か。懐かしい響きだ。“いける”と“いけない”のあわいに、俺たちみたいなのは希望を抱くからな」
プリンはふっと笑った。
その横で、カピカピになったほうれん草がぼそりとつぶやく。
「いけるかどうかを決めるのは、己じゃない。“取り出す者”だ」
「取り出す者……」
その言葉が、冷気の中をゆっくりと漂った。
「なあ」
奥の奥、いちばん暗いところから、しわがれた声がした。
「取り出されずに終わることって、不幸か?」
それはいつのものかも分からない、もはや原型をとどめていない漬物だった。
誰もすぐには答えなかった。
冷蔵庫の中は、モーターの低い唸りだけが間断なく響いている。
やがて、プリンがぽつりと言う。
「……忘れられてるってことはさ、見張られていないということだ。もしかしたら、それは“自由”と呼ぶべき状態なんじゃないか?」
「賞味期限から解放される、ってことか?」ヨーグルトが聞く。
「そう。“役割”からも、“期待”からも。“美味しさ”という呪いからも」
みんな、黙ってその言葉をかみしめていた。
カピカピのほうれん草でさえ、どこか遠くを見つめていた。
そのとき、ドアが開いた。
まばゆい光が一斉に差し込み、世界が白く塗り替えられる。
「あ、ヨーグルトまだいけそう。朝食に使お」
人間の声だ。ヨーグルトは一瞬うれしそうに光を浴び、そして振り返った。
「……プリン、また会おうな」
「おう!」
ヨーグルトが取り出され、ドアが閉まる。
冷気が戻り、再び闇が全てを包んだ。
「“また会おう”か……やれやれ、あいつ、もう一度この場所に戻ってくるつもりなのか?」
プリンは表面をふるふると震わせて笑った。
