【1分小説】残された歩み
丘の上の草むらに、ひとつの靴が転がっていた。
片方だけの、泥にまみれた古いスニーカー。かつて少年の足を支え、坂道を駆け、川辺を跳ね、夕立の雨に濡れながら、共に季節を渡ってきた。けれど今では、誰にも見向きもされず、丘の上に置き去りにされていた。
ここに来てから、もう随分と時が経つ。
陽に焼かれ、雨に打たれ、土に馴染むように沈んでいく自分。
ーーこれでいい。
役目を果たしたのだ、と靴は思った。少年の足を守り、共に歩んだ日々があったのだから。もう歩かなくていい。もう追わなくていい。ただ風景の一部になって、ゆるやかに土へ還っていくのだ。
ある日の午後、小さな影が近づいた。
野原で遊ぶ子どもだった。
彼は靴に気付き、足を止め、しばらくじっと眺めていた。泥にまみれ、穴が空き、すり減った靴底。それは誰もが気にも留めない残骸に過ぎないはずだった。
だが子どもはそっと靴を拾い上げると、両手で大事そうに抱え、にっこり笑った。
「これ、いいかも」
子どもは靴をそのまま持ち帰り、庭の隅に置いた。中に土を入れ、小さな苗を植えた。
やがて、芽は緑の指先のように伸び、空へと手を伸ばした。
靴は知った。
自分の役目は終わったと思っていたが、終わりは必ずしも「消えること」ではない。新しいかたちで続いていくこともあるのだと。
風が吹くたび若い葉はかすかに揺れた。古びた靴は静かにその根を守っていた。
