【ショートショート】季節調整局の来訪
9月の終わり、町はまだ夏の名残を感じさせる暑さに包まれていた。ある夜、夏喜は突然の来客を迎えることになった。玄関を開けると、そこには奇妙な姿のがあった。男は薄暗い中でもはっきりと見えるほど青白い顔をしており、季節外れの長いコートで全身を包んでいた。
「こんばんは、夏喜さん」
しかし男の声は穏やかだった。
「私は季節調整局から来ました、秋山です」
夏喜はその得体の知れない雰囲気の男警戒心を抱きながらも、家の中に招き入れた。柔和な雰囲気と、季節調整局などという聞いたことのない組織に興味をそそられたのだ。
男はリビングのソファに座り、話を始めました。
「実は、夏の終わりに向けて、季節を調整するために派遣されました。私たちは、季節が円滑に移り変わるように見守る役割を担っています」
「そんなことができるんですか!?」
「はい、もちろんです」
秋山は笑顔で答えた。
「ただ、今回は少し問題が発生しているのです。夏が終わるべき時期に、何かが原因で季節が変わらないのです」
「何が原因なんですか?」
夏喜が聞くと、秋山は少し顔をしかめた。
「どうやら、誰かがこの町で時間を止めるような行動を取っているのです」
夏喜は眉をひそめ「時間を止める?そんなことができる人がいるんですか?」
秋山は首を振りました。
「それは違います。実際には、物理的な原因があるのです。私たちの調査によれば、この町で夏の風物詩が異常に集中している場所があるのです。それが季節の移り変わりを妨げているようです」
その瞬間、夏喜は自分の家を思った。彼は夏が大好きで、自宅を夏の風物詩で埋め尽くしていた。家の中には風鈴、蚊取り線香、かき氷機、扇風機、うちわ、浴衣、線香花火、虫取りアミ、スイカ割りセットなどが所狭しと並んでいたのだ。
「まさか、僕の家が原因なんですか?」
秋山は静かに頷きました。
「そうです。あなたの家には、夏を象徴するものがあまりにも多く集まりすぎています。それが季節の移り変わりを妨げているのです」
夏喜はショックを受けた。
「でも、僕は夏が好きなんです。これらのものに囲まれてると、いつでも夏を感じられて楽しいんです」
すると秋山は優しく微笑んだ。
「あなたの気持ちは分かります。しかし、季節は移り変わるものであり、それぞれの季節に楽しみもあります。夏が終わっても、新しい季節を楽しむことができるはずです」
夏喜は夏以外の季節も家で夏の気分を味わいながら、夏の到来を心待ちにしていた。けれどまさか季節の移り変わりを妨げてしまうなんて夢にも思わなかった。
「分かりました。しっかり整理して新しい季節を迎える準備をします」
秋山は涼しそうな顔で微笑み頷いた。
「ありがとうございます。これできっと秋を迎えることができます。それでは私は次の町へ向かわなければなりません」
夏喜が夏の風物詩を片付け終えると、翌日から周囲の空気が微かに変わり始めた。風が涼しくなり、夜の虫たちが秋の訪れを告げるかのように鳴き始めた。
しかしさらに翌日の夜、再び来客を迎えることになった。夏喜が玄関の扉をを開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「こんばんは、夏喜さん」
女性は柔らかな声で言いました。
「私は秋の使者、栗山と申します」
彼女の頬は、ほのかな紅葉を思わせる美しい色合いで、その健康的で穏やかな雰囲気が、秋の柔らかな空気と見事に調和していた。
夏喜は驚いたが、すぐに状況を理解した。「こんばんは。もしかして季節調整局の方ですか?昨日も秋山さんという方が僕の家に訪ねてきて…」
栗山は微笑んで頷きました。
「はい。秋山はよく働きますね。さて、私は秋の到来を告げるためにここに来ました。あなたが夏の風物詩を片付けてくれたおかげで、秋が無事に訪れることができそうなのですが…」
夏喜は安心した。
「良かった。これで季節が正常に移り変わるのですね」
すると栗山は真剣な表情になった。「実はまだ夏の終わりを妨げる問題が残っています」
「まだ何か残っているんですか?」
栗山は静かに頷いた。
「はい。少しお邪魔させてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、いいですけど…」
夏喜は栗山をリビングに通した。
「夏喜さん、理由は分かっていますよね?」
「さぁ…」
「この部屋、エアコンと加湿器で夏の気候を再現しておられますね。他の部屋もそうでしょうか?それにこの音は何ですか?」
「これは、その、セミの鳴き声のBGMです…」
栗山は小さくため息をついた。
「夏喜さんの夏を愛する気持ちを尊重したいところではありますが、季節の移行を止めるわけにはいきません」
「はい…」
夏喜は叱られた子供のように俯いていた。夏喜の夏への並外れた執着を、季節調整局は見逃さなかった。
「でも、僕は夏が大好きなんです。その気持ちを手放すのは難しいです」
「夏喜さんは、夏以外は家からほとんど出ないそうですね」
「はい…」
しかし今にも泣き出しそうに萎縮している夏喜に対して栗山は微笑み、優しく諭すように言った。
「大切なのは、季節ごとに新しい楽しみを見つけることです。秋にも素晴らしいものがたくさんありますよ。紅葉、収穫祭、お月見、ハロウィン、そして涼しい風」
夏喜は夏以外の季節を満喫してる自分の姿など全く想像できなかった。
「今年は少し勇気を出して一歩踏み出してみませんか?きっと夏喜さんが思っているほど、他の季節も悪いものではありません。それに…」
栗山はイタズラっぽい笑みを浮かべて
「素敵な出会いの予感がします」
夏喜は息を飲んだ。
「僕なんかに好意を持ってくれる人がいるのでしょうか?」
「もちろんです。夏喜さんはとても素敵な人ですよ」
その瞬間、夏喜は心に清涼な心地よい風が微かに吹き込んだのを感じた。同時に新しい季節への期待に初めて胸を膨らませた。
「ありがとう、栗山さん。僕は秋を楽しみに待ってみようと思います」夏喜は栗山に感謝した。
栗山は満足そうに頷くと「それでは、私は次の場所へ向かいます。秋を楽しんでくださいね」
栗山が去った後、夏喜は窓を開け、秋の到来を感じながら深呼吸をした。彼の心は軽くなり、今度こそ新しい季節を迎える準備が整っていた。
翌朝、夏喜は目を覚まし窓を開けると、家の中に心地よい秋の風が吹き込み、外では木々の葉が少しずつ色づき始めていた。夏喜にとって夏以外の季節は、未知の世界だった。けれど今は、その未知の世界に期待を膨らませ、新しい季節の始まりを感じながら、心から楽しみにしている自分を見つけたのだった。
