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#16 夜についての愛を語る

 夜更けの空、辺りには誰もいなくてただポツンと灯りがついている。いったいわたしは今どこを歩いているのだろう。足元はぐらついていて、先ほどまでほろ酔い気分だった頭は冴え渡る。冬と春の狭間の中で、少し肌寒い風を浴びながらわたしは気がつけば鼻歌を歌っている。

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 深夜0時、頭の中にビリビリとした電波のようなものが迸って、コンビニへと走る。セブンイレブンに入ると、冷凍庫の中に「冷たく食べるチョコチップメロンパン」が鎮座していた。こんな星屑さえ凍ってしまいそうになる夜なのに。私は思わず手に取った。1杯のカップコーヒーと一緒に。

 自動扉を通り過ぎて、電灯が微かに揺れる夜道を歩く。メロンパンのパン屑が、ポロポロと私の手から落ちていった。金曜日の夜、私の手には冷たさと温かさが同居している。胸の中に降って沸いたのは、くるりの「ばらの花」だった。突然、旅がしたくなった。どこか誰も私のことを知らない場所へ行きたいと思った。

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 最近は会社に出る回数も増え、カレーを通じて知り合った人たちと池袋近くにあるスリランカカレー屋へと赴き、写真を撮り、車を運転し、会社の後輩とご飯を食べに行き、ただひたすら人と話をする日々が続く。その瞬間瞬間が、とても愛しい時間なのに彼らと別れる時はふと胸が空っぽになる。

 特に言葉に尽くせないほどの寂しさを伴うのは宵闇だった。星は夜空に瞬いているけれど、明るく足元を照らす月が見えない。吸い込まれるような真っ暗闇の中で、何かを見出そうとして彷徨う。移ろう言葉、さすらう記憶。滅多に人の名前なんて間違わないのに、連続して間違えた。意識すればするほど、ダメらしい。焦ってジレンマ。ひたすら反省。

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 夜は不思議と誰かと語りたくなる。さも大人の象徴であるかのようなウイスキーグラスを片手に持って。ロックアイスがカランと、心地よい音を立てる。つい1週間前には初夏がもうやってきたのか、と思っていたのに今や冬に逆戻り。この国は、夏と冬の二つの季節しか無くなってしまったのだろうか。

 最近よく見るCMで流れている曲は、シュワシュワと炭酸の音が聞こえてくるように軽快だった。「あのさ、夜がきて朝を迎えるのって怖くない?」とその人はポツリというのだ。「永遠にこの時間が続けばいいのに。陽の光を浴びるのが時々怖くなる。また同じことの繰り返しだよ。絶望しそうになる。でも空気を吸って、無意識下のうちに呼吸をしてしまうわけ」

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 そういえば、会社の先輩に24時間マラソンというイベントへ誘われたことがあって。

 10人くらいで同じトラックをぐるぐる回るのだ。ゴールはなくて、時間内にいかにどれだけ走ることができたのかという耐久レース。いつ終わるかも、わからない。ただ呼吸が乱れて、ライトに照らされた世界が恨めしかった。自分がこの場所になぜいるのかが、全く理解できなかった。

 そんな時に、恩田陸さんの『夜のピクニック』をふとした拍子に思い出した。夜を徹して歩き続ける少年少女たち。彼らはそれぞれ、あまり人が理解しにくいような事情を抱えて、見えない世界にいながら何か救いを探していた。ポツリポツリと言葉を交わし合う。告白にも近いそれは、自分を諌めるための音の連なりだった。

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 今でこそわたしが住む街は、夜が深まってもだいぶ灯りに満ちていて、あまり不安に感じることはない。

 幼い頃にひっそりと暮らしていた街では、時間が経つにつれて外灯らしい外灯の存在感が少しずつ失われていく。夜時々眠れなくなる日があって、そんな時はこっそり家を飛び出して空を見上げた。

 真っ暗で何も先を見通せない中に、パチパチと星が灯っている。時々流れ星が流れ、その度に願い事を3回唱えようとするのだけど、それがまるで泡か何かのようにあっという間に溶けて消えてしまった。

 今でもその時のことを思い出す。今刻まれている時間の中で、もしかしたら自分は本当にひとりぼっちかもしれないと思ったりする。それならそれでいいかな、1人になったら何をしようかな。そんなことを思うけれど、きっと自由と孤独は表裏一体だと思った。

 一瞬ならいいかもしれないけれど、その状況がこの先もずっと続くかもしれないと思うとゾッとする。わたしは孤独を愛しているけれど、誰よりもひとりでいることを嫌う人間だった。

 誰もわたしのことを理解しなくても仕方ないと思う一方、いややっぱりきちんと理解してもらいたいな、と複雑な感情が行ったり来たりしている。

 不安定で、どこか決定的な何かが欠けている存在。わたしも、そんなアンバランスさを持った人を愛したいと思った。自分と同じ痛みを抱えた相手を。

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 そっと玄関の扉を開くと、居間にぽっと灯りが灯っていた。思わずギョッとすると、そこにいたのは母だった。どうやらわたしが起き出した時の音で目を覚ましたらしい。小さい頃は、忍び足が苦手だった。

「外、寒かったでしょ」

 彼女が渡してくれたのは、シンプルなティーカップに注がれた柚子茶だった。一口口にすると、胸の辺りがポカポカとしてくる。

 深い闇は未だに大きな畏怖の対象ではあるけれど、同時に愛おしさも感じるのだ。あの日、ひたすら走り続けた夜のことを思い出す。何に向かって走っているかわからなかったけれど、唐突に愛を叫びたくなった。

 未だ会ったことのない、貴方に対して。


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