耳に響き始めるベルの音
そういえば、今日はクリスマスだったことをふと思い出した。
学生の頃は、クリスマスが近づくたびに、当日なんとかして予定を入れなければと躍起になっていた。年によっては恋人がいた時期もあるし、友人と過ごした夜もあるし、一人寂しくケンタッキーでチキンを食べていたこともある。今年はどうだったかというと、寒さで花が真っ赤に染まった同僚に「メリークリスマス!」と言われて、「わ、今日でしたか!」と気がついた次第である。
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幼い頃、私は中学校に上がるまでサンタクロースの存在を本気で信じていた。割と私が世の理を知った時期は遅い。微妙に真実を匂わす空気を感じてはいたのだが、どちらかというと本当にいるんだと信じたかったのかもしれない。この世界には、不可思議なことが起こりうるのだということを心に留めておきたかった。
時が経ち、私が進学した大学はミッション系の学校だった。クリスマスの時期になると、煌びやかな光に包まれたモミの木がライトアップされ、校外からもたくさんの人たちが訪れて、その美しさにとろけた表情を見せる。教会から時折聞こえてくる、ベルの音。ただただ、心が洗われた気分になった。
もともとキリスト教には興味があった。授業でもそうした講義があったし、欧米の人たちがみな当たり前のようにイエス・キリストを崇め奉ることを知って、私たち日本人にはない信心深さや尊さを羨ましく思った。真に、心の中で信じることができるものがあるというのは、たとえ大変なことがあっても救われる。
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かつて、クリスマスの時期にヨーロッパをひとりでふらりと旅したことがある。もうかれこれ10年ほど前のことだ。
ちょうど、ドイツではクリスマス・マーケットが開催されているタイミングだった。私は何にしても計画不足で、ユーレイルパスという鉄道乗り放題のチケットがあれば、なんとかなると思っていた大馬鹿者である。正直、クリスマスの時期を甘くみていた。案の定、席は埋まっており、いくつかの経由地を辿って約1日かけて現地に降り立った。
シュトゥットガルトという街で、確かドイツの中での三大クリスマスマーケットの一つである。

その頃、恥ずかしながら写真がなんぞやということが全くわかっていなくて、どうにも野暮ったい感じになっているのはご容赦いただきたい。
とりあえず、その当時あちこちに灯る眩い灯りと、楽しそうな人たちの姿がひどく印象的だったことを覚えている。彼らは、心の底から幸せそうな表情だった。肩を寄せ合うカップル、無邪気に走りまわる少年少女、お年寄りは軽快な様子で私に「Hello!」と言ってくる。
思わず私はその雰囲気に飲まれて、ホットワインを浴びるほど飲んだ。シナモンとシュガー、クローブのなんともいえないほろ甘さが後を引く。その時、私はたった一人で旅しているのだという寂しさから逃れ、その場に居合わせた人たちみんな、自分と同志だという気さえしてきたのである。

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その夜私が泊まった安宿では、クリスマスディナーなるものが特別に提供されていて、確か¥1,000くらい払ってご相伴に預かった気がする。席はランダムで指定されており、私の前にはサマンサというブラジル女性が座った。
一人旅をしていると、なぜだか日本人は欧米の人から軽視される時が時々あるのだけど、彼女に至っては気さくな感じで私を受け入れてくれた。不思議と盛り上がり、もう一人確かスペイン人のブライアンが合流して、厳粛なキリスト教徒であるサマンサの計らいによって、夜近くの教会へとこっそり忍び込んだ。
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中にはすでに大勢の人たちがいて、空気がピンと張ったような感じだった。私は特にその時特定の宗教を信仰していたわけではなかったので、若干体が硬っていたのだが、サマンサは「そんなに気を張らなくても大丈夫。イエス様は、どんな人でも受け入れてくれる」と言った。
やがて、みんながオルガンパイプに合わせて合唱を始める。朗々として、伸びやかな歌声だった。ベルが、どこからか再びカランカランと聞こえてくる。真夜中にもかかわらず、だ。教会を最初訪れたときは、正直寒い寒いと思っていたのに、皆が歌い始めると途端にその場の熱が上がっていく。
祝福されている気がした。誰に、かはわからない。わからないけれど、何か温かいものに包まれている。少なくとも世の中で起きている出来事は、全てが丸く収まりそうだと思った。心が、水の底を打ったかのように静まりかえる。言葉は違えど、確かな繋がりを感じた。
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教会での滞在が終わったあと、サマンサとブライアンと一緒に再びお酒を口にした。これはイエス様の血なのよ、と言ってワインを体の中に染み込ませる。あまりにも楽しい夜で、次の日起きたときは軽い二日酔いになっていた。気持ち悪かったけれど、悪くない朝だった。表に出ると、凍てつく空気が頬を刺し、息は白かった。
そのまま、オランダ行きの電車に急いで乗る。もう止まっている暇なんてないのだ。到着すると、同じようにマーケットが軒を連ねているところがあり、覗いてみるとカラフルなストッキングが並べられている光景を見て、思わず吹き出した。

こうして少しずつ少しずつ、余韻を伴いながら生活が彩られていくのだろう。この色とりどりのストッキングは、誰が買っていくのか。明日に親しみを込めて、きっと手慣れた様子でするすると足に着けるに違いない。
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