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雄誉上人伝記 現代語訳(濡れ髪童子と忘れ傘)

『雄誉上人伝記 四』から濡れ髪童子の部分を現代語訳しました。
翻刻はこちら
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ある大晦日の朝、雪が降るなか、上人はいつものように知恩院の山内を巡拝されておりました。山内の智相院の僧と、片山土佐という者がお供をしていたところ、輪蔵(経蔵)の前にさしかかったとき、髪の濡れた童子がひとり現れ、上人に向かって礼拝しました。
上人はすぐさまその童子に十念を授け、「そなたは何者か」とお尋ねになりました。
すると童子はこう申しました。「私はこの御当山に数百年住んでいる白狐にございます。長年、朝夕に上人の読経や念仏のお声を聴かせていただいておりました。しかし上人は遠からず江戸へお発ちになると聞いております。そうなれば、永遠のお別れになるやもしれません。それゆえ、この頃の御巡堂の折に、毎朝こっそりとお供をしておりました。これより先は、法を聴かせていただいたご恩に報いるため、私の子孫・眷属にも申し伝え、御当山をお守りし、火災が起きないよう守護いたします。どうか私のために、苦しみを離れ、悟りを得られるようご回向いただけますでしょうか。」
上人は「そなたの住まいはどこか。永く当山を守護してくれるならば、そなたのために祠を建て、代々回向を申し伝えよう」とおっしゃいました。
童子は艮(北東)の方角を指さして、「私の住まいはあの地でございます」と答え、さらにこう願い出ました。
「できますならば、上人直筆の書跡を一枚賜れば、子孫眷属にも大切に頂戴させます。もし火難が起きたときには、皆が勢揃いする目印といたします。」
上人はすぐに筆と硯を取り寄せられました。ちょうど雪もやんだころ、手元にあった傘に、
「濡髪童子 離苦得脱 南無阿弥陀仏」
とお書きになり、童子に授けられました。
童子は喜びいさんでそれを押しいただき、北東の方へ去っていったかと思うと、かき消えるように姿が見えなくなりました。
お供の者たちは、傘が空へ飛び去るのを目にし、驚いて上人に事の次第をお尋ねしました。そこで初めて上人から一部始終を聞かされ、皆ひれ伏して驚き入りました。〔お供の方々は先ほどから「上人は何をなさっているのだろう」と不思議に思っていたのだそうです。〕
翌日の元旦、上人がいつものように諸堂を巡られると、本堂の軒先にふと目をとめれば、なんと前日の朝、童子に渡したはずのあの傘が、そこにしっかりと挿し込まれていました。
それ以来、上人は毎朝の勤行が終わると、その傘の方に向かって読経・念仏・回向をなさいました。また近隣に火事が起きた際も、上人は濡髪童子の名を高らかに呼び、念仏を唱えられたということです。

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