「孤高の天才未満」に関する一考察
これから、「孤高の天才未満」とはどのような概念か、考察を試みる。
未満とは。ある数に達していないこと。ある数を境に、ある数そのものは含めず、それより少ない数であること。(goo辞書から引用)。つまりは「孤高の天才」そのものは含めない、それよりも少ない、低い者を指す。
ではまず考えるべきは「孤高の天才」の概念であろう。
「孤高の天才」には二つの単語がある。孤高、と、天才。分けると、意味が異なってくる。例えば「天才」であっても、「孤高」ではない者もいるはずである。それは「孤高の天才」には含まれない。協調性の高い天才は「孤高」ではない。
(この際、「孤高」だが天才ではない者も当然「孤高の天才」ではない、ということとなるが、きっと人数が多すぎるので割愛する。)
筆者は、本物の「孤高の天才」を見つけるため、まずは「天才」を募集することとした。我こそは天才だという方は教えてください、というネットアンケートに、なんと1000人もの応募があった。「天才」がこんなにいていいのか。そう思いながらも、その「天才」からさらにアンケートをとった。
「友達はいますか。」
いない、と回答をしたのが90%だった。筆者の予想どおり、天才には、理解者は少ないものだ。そういうわけで、10%の「孤高ではない天才」は外すこととし、残り90%は「孤高の天才」であると、仮定した。
その中でも選りすぐりの孤高の天才に筆者は会いに行くことにした。気にしたのは「孤高」という響き。「孤独」ではなく「孤高」。彼らは高いところにいなければならない。だから、アンケートの中から一番標高の高いところにいる人を選ぶことにした。馬鹿馬鹿しいが、なんせ仮の「孤高の天才」は900人いるのだ。全員には会いに行けない。何か選別する必要があった。
その人はとにかく山の上に住んでいた。筆者は慣れない登山の準備を整え、山に登りはじめた。すぐに後悔した。道なき道を行き、ロープがかかっている急勾配をひしと掴んで登った。何度か死ぬかと思った。空気が薄くなって耳がきーんとなるのを感じながら、やっとその山小屋についた。よくこんなところからインターネットができるもんだな、と思うその山小屋で、その「孤高の天才」は一人で住んでいた。
「よくこられましたね」
その初老の男性はただ普通にセーターを着てジーンズを履いていたが、筆者には仙人に見えた。筆者が苦労して登ってきたからかもしれないが、とにかく神々しかった。
孤高だ。
これがまさに孤高ではないのか。
男性は穏やかだった。暖炉に火を入れてくれて、冷え切った筆者の体は暖まった。
「天才、なんですよね?」
筆者は期待を込めて聞いた。男性は頷いた。おもむろに隣の部屋から戻ってきたその手には、尺八を持っていた。
「尺八?」
「はい。私の尺八の腕前は天才的ですよ」
そう言って、おもむろに彼は尺八を口にもっていった。
どんなに神々しい音が聴けるのだろうか。筆者は期待した。とても期待した。
男性は息を吸い込む。そして吐く。
ふううう
息の音がそのまま、尺八を通り抜けていった。
え?
そのまま、ひたすら息の音だけが響く。尺八が鳴る音は聴こえない。男性は目を閉じ、うっとりと、恍惚としているように見える。
「あの、何も聴こえないんですけど・・」
筆者はおそるおそる声をかけてみた。男性は目を開いて、息を吐くのをやめた。そして、まるで筆者を蔑むような、可哀想な子、という目を向けて、言った。
「今素晴らしい音楽が鳴っていたではないですか。あなたにも聴こえないのですね」
私の奏でるこの音はこんなに素晴らしいのに、誰にも聴こえないようなんですよ。男性はそう言って寂しげに笑った。
ここで筆者ははたと思い至った。
自称「天才」の可能性に。
その「孤高の天才」は、誰も聴いていない場所で、自分にしか聴こえない音を奏でている。それは確かにものすごく「孤高」ではあるが、「天才」かどうかを決めるのは、結局は自分ではなく、他人なのだ。
こんな山の上で筆者はやっとそのことに思い至る。
それであればと、筆者は男性に言った。
「私も、誰もが感動しておいおい泣くような、素晴らしい小説を書いているんですけどね」
頭の中で。
「誰にも認められないんですよ」
寂しげに微笑んだら、男性はにっこり微笑んだ。
「そうですか。僕たちわかりあえるかもしれませんね」
わかりあいたくなかった。筆者は山を降りた。高い授業料だった。
そういうわけで、本物の「孤高の天才」にはまだめぐりあえていない。
だから、「未満」と言われても、全員が「未満」ではないかな、と思うだけなのだった。残り899人の中に、本物の「孤高の天才」がいるかもしれないが、もう探す気がしない。
